第19話:休日デート その2
今の時点で既に総額五十万円を越えているにも拘わらず、光の勢いは留まることを知らなかった。
「メモリも最重要パーツの一つだね。一度にどれだけの量の作業が出来るか、作業机の広さにも例えられる部分だけど……数年後も考えると32GBは積んでおきたいところかな」
「じゃあ64GBで」
俺のオススメの倍を正解のラインとして、悩むことなくサクサクとパーツを選んで行く。
「次はSSD。OSや何よりも重要なデータが保存される補助記憶装置は当然最重要。最近は100GBを超える容量のゲームも少なくないし、余裕を持って4TBは――」
「だったら、この8TBのやつにしとこーっと」
他人の買い物を見て、『怖い』と思ってしまったのは初めての経験かもしれない。
「これは電源ユニット……各パーツに電力を供給するパソコンの最重要な心臓部で……もう適当に一番高いやつを買っておけばいいんじゃないかな」
「うん、そうしとく!」
その豪気すぎる買いっぷりに、解説の言葉も段々と投げやりになる。
そこから更に外部デバイスとなるマウスやキーボード、モニターも購入。
当然、それらも有名ブランドの高性能品だ。
そうして店内をグルっと一周し終える頃には、ともすればグロテスクな商品カードの最強デッキが完成していた。
レジに並んでそれを店員に渡すと、向こうも『え? この子がこれ買うの?』的な表情で光の顔と品物を交互に三度見くらいしている。
バーコードが一つ一つ読み取られていく毎に、液晶モニタにとんでもない金額が積み重なっていく。
最終的に、俺のPCが三台くらい買えそうな金額が表示されたのを見て、思わず『ひっ……』と慄く声を上げてしまう。
店員の男性も表示された金額を四度見くらいしている。
一方、光は何の問題もなさそうにスマホを取り出して支払いを完了させていた。
「にひひ、買っちゃった~」
長いレシートを手に光が嬉しそうに笑う。
「か、買っちゃったね……」
口にしたのは同じ言葉でも意味が全く違う。
七桁超えの買い物を躊躇なく行うこの胆力。
やはり、俺とは持っているものが根本的に違うのだと思い知らされた。
「在庫がなくて取り寄せになる部品もあるから、全部まとめて来週届けてくれるんだって」
「まあ、そうじゃないとそもそも持って帰れないよね」
「うん、だから来週末の予定も空けといてね」
「……というと?」
話の繋がりがイマイチ見えなかったので聞き返す。
「うちで一緒に組み立ててくれるんでしょ?」
「え? あ、ああ……そりゃあ、もちろん……」
当然、それは考えていたが改めて言葉にされると少し戸惑った。
「何その返事……もしかして、私一人にやらせるつもりだった……?」
少し答えに窮したからか、怪訝な視線を向けられる。
「いや……そうじゃなくて……光の家に行くのは初めてだから、本当にいいのかなってちょっと思っただけで……」
「何それ。いいに決まってるじゃん。変なの~」
「だ、だよね……」
とは答えたが、女子の部屋に入るなんて当然初めての経験だ。
いや、そういえば衣千流さんの部屋なら何度か入ったことはあったな……。
でも、同じ家に住んでた時期のある身内は流石にノーカンか……?。
「で、次はどこに行く?」
そんなことを考えていると、ふらっと視界に入ってきた光が尋ねてくる。
「それとも帰ってゲームする? 私はどっちでもいいけど」
「せ、せっかく来たんだし……もう少し回っていきたくない……?」
なんとか、予め決めていた言葉を口にする。
当然、今すぐ帰っていつも通り二人でゲームに耽るのが一番楽な選択だ。
けれど、せっかくの休日デートをここで終わらせたくはない。
「じゃあ、どこ行こっか。この辺りなら黎也くんの方が詳しいよね。何かいいところある?」
「えーっと……そうだなぁ……」
せめてデート中くらいは、俺が主導権を取ってみせる。。
そう考えて、眼前にイマジナリー手札を開陳するが――
・ゲームセンターに行く
・やっぱり帰る
以上
うそ、俺の手札……弱すぎ……。
まるで序盤から圧縮しすぎて逆に事故ったような自分のデッキに絶望する。
「と、とりあえずゲーセンとかどう?」
けれど、人生は配られたカードで勝負するしかないとスヌ◯ピーも言っていた。
「ゲームセンター? 前に行ったところ?」
「うん、実は今朝ネットニュース見てたら今日からでっかわの新しいプライズが入るって記事があって……前に取ったやつと二つ並べるのはどうかなーって思ったんだけど……」
「それ、ナイスアイディアかも! 早速行こ!」
光に腕を引っ張られて、ゲームセンターへと向かう。
ゴールデンウィーク中だった前回よりは少ないが、店内はそれなりの客で賑わっていた。
お目当ての『シチサン』の巨大ぬいぐるみが入った筐体は、客寄せのためか入口付近に数台まとめて並べられていた。
良いタイミングで来たのか、ちょうどその中の一台が空いたところだった。
「よーし、今すぐ助け出してうちに連れて帰ってあげるからね!」
気合を入れながら、両替してきた百円玉の束を操作盤に置く光。
俺の部屋をうちと呼んだのは、一旦聞かなかったことにしておく。
「今日は私が取るから黎也くんは後ろで見ててね!」
「あっ、うん。頑張って」
言われた通りに後方で一息つく。
急場は凌いだが、俺の手札はこれで完全な空になってしまった。
光がクレーンゲームをやってる間に、次の手を考えないと……。
女子が喜ぶといえば、やっぱり甘い物とかファッション関係の店?
でも、その手の店がこの辺りのどこにあるのかも分からない。
だったら適当に散策して、二人で探すってのはどうだろう。
でも、それだと俺がエスコートしている感はなくなってしまうよな……。
こうなったらやむを得ない……。
「やっぱり、でっかわとシチサンは二人一緒にしてあげないとだよねぇ~」
光が筐体の方に集中している間に、スマホを取り出してPINEを開く。
『今、光と◯✕モールで突発デート中。どこか彼女が喜びそうな場所を教えてください』
少し情けなくはあるが、自分一人ではどうしようもないと救援を依頼する。
「おっ、なんか取れそうな形になってきたかも……」
筐体の中では既にぬいぐるみが、いい具合に傾いてきている。
一方で、返事はまだ返ってこない。
「こうなったら後は少しずつズラしていけば落ちるんじゃないかな……」
光が100円を投入する度に、少しずつ少しずつ獲得に近づいていく。
まだかまだかと、つま先で地面のタイルを足踏みする。
「もうちょっと……もうちょっと……」
……来た!
光が最後の一押しのためにアームの調整をし出したところで、返事が届く。
『何よいきなり……うちも稽古中で忙しいんやけど……』
『ごめん! でも、もう手持ちのカードが無くなって……どうにか緒方さんの力を借りられればと思った次第です』
『しゃあないなぁ……。その辺りやと確か、最近よく当たるって評判の占いの店があるってクラスの子が言うとったけど』
占い!
俺には思いつかなかった第三の選択肢が突如として舞い降りてきた。
確かに女子の99%は占いが好きだと聞いたことがある。
やはり女子のことは女子に聞いて間違いなかった。
『なんて名前の店?』
『名前は忘れたけど、確か二階のスポーツジムの近くって言うとったかな』
『分かった! ありがとう! それと忙しい時にごめん! 舞台の稽古頑張って!』
最後にそう送信してPINEを閉じたのと同時に、ガコンと音を立ててぬいぐるみが排出口へと落ちた。
「やったー! 取れたー!!」
取り出したぬいぐるみを抱きかかえながら、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている光。
次の行き先が見つかったおかげか、それを可愛いと思える余裕も出てきた。
「おめでとう。流石だね」
「えへへ、ありがとー。前は自分で取れなくてちょっと悔しかったから大満足!」
「じゃあ、次なんだけど……実はこの近くに評判の占いの店があるって小耳に挟んだんだけど……光は興味ある?」
緒方さんに聞いたのは伏せつつ、向こうの興味を探ってみると――
「占い!? あるある! すっごい興味ある!!」
4090を手に取った時と同じくらいに興奮し出した。
「な、なら良かった……俺も行ったことはないけど、場所は大体分かるから行ってみよっか……」
「うん!」
袋に入れたぬいぐるみを俺が持って、再び目的地へと向かってモールの広い通路を歩く。
「女子って占い好きだよね」
「う~ん……言われてみれば確かに、私の周りも大体みんな好きかなー。あっ、でも絢火は全然信じてなかったかも。『占いって……そんな非科学的な……』って」
「ははは……でも、それはかなりイメージ通りかも」
「そう言う黎也くんは? 男子はあんまり信じてなさそうな人が多いイメージだけど」
「ん~……まあ、普通かな。朝のニュースとかでチラっと見て、結果が良かったらラッキーだとかは思うけど」
「ふ~ん……あっ、あれじゃない?」
数分程歩いていると、それらしき場所が見えてきた。
緒方さんの情報通り、スポーツジムの隣にそこそこの行列が出来ている。
これが本当に目当ての店かどうかを確認するために、並ぶ前に店舗の正面を覗き込むが――
『アカシック★スピラの超銀河占い』
うさんくさッ!!
店の前に掲げられた空前絶後に胡散臭い看板を見て、思わず叫びそうになってしまった。
次回は水曜日の18時に更新予定です。





