第18話:休日デート その1
『私もそろそろ自分用のパソコンを買おうかなって』
彼女の発したその一言が俺たちを街へと駆り立てた。
電車に揺られながら、五駅先の繁華街へと向かう。
「~~♪」
車体の揺れに合わせて、身体を左右に振りながら微かに鼻唄を奏でてる光。
まるで美しい人魚の歌にでも引き寄せられるように、他の男性乗客たちの視線を一身に惹きつけている。
「ところで、予算は大体どのくらい? 余裕を持って最新のAAAタイトルを動かしたいとかなら、それなりの額が必要になってくるけど……」
前の座席に座っている彼女を見下ろしながら尋ねる。
仮想通貨のマイニング需要が去り、一旦は半導体の値段も落ち着いていたが、今度は生成AI需要でまた上がり始めている。
いわゆるゲーミングPCを買うなら最低でも20万円は欲しい。
高校生にとってはかなり高い買い物だ。
「ん~……予算というか私が好きに使えるお金なら2、300万円くらいかな……?」
「桁か通貨を間違ってない……?」
とても高校生の扱う金額ではない数字が、あっさりと出てきたので聞き返す。
「んーん。私、お金使うことってあんまりなかったからお小遣いとかお年玉も貯まる一方なんだよね。後、モデルのお仕事で貰ったお金も半分は好きに使っていいって渡されたし」
「なるほど……まあ流石に二、三百万円も使わないとは思うけど……」
とにかく、予算に上限がないと考えて良さそうだ。
自分のパソコンではないけれど、好きに組めるのはオタクの血が騒いでくる。
頭の中でどんな構成を勧めるか考えている内に、目的の駅へと到着する。
電車を降り、改札を抜けて、少し歩いて今回の目的地である商業施設に辿り着く。
前回来た時は大型連休の真っ只中だったので、休日ではあるが人通りはあの時よりも少ない。
「とうちゃ~く! 前に来たのはゴールデンウィークの時だったけど、もうすごい前のことみたいに感じるねー」
「まさかまた一緒に来ることになるとは思わなかったね」
「そう? 私はまた一緒に来るんだろうなーって気がしてたけどなぁ」
「……本当に?」
「うん、なんとなくだけどね。だって楽しかったし」
そう言って屈託なく笑う光が眩しすぎて溶けそうになった。
エスカレーターに乗り、PCショップのある上階へと向かう。
「じゃあ、実はあの頃から俺のことをその……異性として意識してくれてた……?」
三階へのエスカレーターに乗り換えるタイミングで、思い切って聞いてみる。
「ん~……どうなんだろ……。はっきりと気づいたのはあの試合の最中だったし……でも、あそこで気づいたなら実はもっと前からそうだったってことだよね……。もしかして、お兄ちゃんみたいに一目惚れだったのかな?」
「それは……あのバスの中で会った時にってこと?」
「さぁ、それはどうだろうねぇ~」
ニヤニヤと笑いながらはぐらかされる。
実のところは俺の方がそれよりも数ヶ月も前に、テニスコートで彼女を見かけて一目惚れしてしまっていたわけだが……。
そんな雑談をしている間に、PCショップのある三階へと到着する。
前に光が躓いた入り口の改装工事は終わり、店構えが少し立派になっていた。
「さて、どこから見ていこうか」
「ん~……どうしよっかなぁ」
「ちなみにBTOか自作か、どっちにするかはもう決めてる感じ?」
ゲーミング用のハイスペックPCを手に入れる主要な方法は二つある。
一つはBTO――Build To Orderの略称で販売店に希望のパーツ構成を注文し、製作してもらう方法。
手軽さとカスタマイズ性を両立が最大のメリットであり、初心者でも簡単に自分専用のPCを組むことができる。
更に個々のショップのサポートや保証体制も充実しており、現代においてゲーミングPCの購入者の多くはこの方式を選んでいる。
大きなデメリットはないが、強いて挙げるならパーツの選択肢が限られる点がある。
特にケースやマザーボードなどは販売店独自のものしか選べないのが大半だ。
デザイン性や拡張性も追求したい人には少し物足りなく感じてしまうだろう。
対してもう一つはいわゆる自作PCと呼ばれるもので、文字通り自分の手でパーツを組み上げて製作する方法。
最大のメリットは無限のカスタマイズ性。
内部のパーツのメーカーから外装のデザインまで。
その一つ一つを選んで組み上げ、まさに世界に一つの自分だけのPCを作れるところだろう。
しかし、全てを自分で組まなければいけないのは当然大きなデメリットでもある。
知識は必要になるし、何かトラブルが起きれば全て自分で対応しなければならない。
保証やサポートもパーツ単位でしかなく、故障すればBTOやメーカーの既製品よりも高くつく。
総じて中級者~上級者向けの選択肢と言えるだろう。
「もちろん、自作でしょ! めっちゃピカピカーって光らせたいし!」
「だと思った……じゃあ、とりあえず手前から順路に沿って見ていこっか」
「うん!」
そうして最初に訪れたのは、グラフィックボードのコーナー。
ゲーミングPC市場において、最も進歩的なパーツだけあって売り場も広い。
「おぉ~! いっぱいある~!」
読み方論争の絶えないAから始まる台湾の会社や、サングラスをかけた怪しい玄人男性のパッケージなどがガラスケースの中に並べられている。
安い物は数万円から高い物は数十万円まで。
俺たちゲーマーからすれば等価の宝石が並んでいるようなもので、光も爛々と目を輝かせている。
「グラフィックボード……いわゆるグラボだね。映像をモニターに描画する処理を司る部分で、ゲーミングPCを組むなら間違いなく最重要パーツの一つだから絶対に妥協はしたくないところかな」
頼れる男アピールに、早口で解説していく。
「だよねー。う~ん、どれにしようかなぁ……」
「とりあえず、今出てるゲームを快適に遊ぶなら最低でも4060は欲しいかな。これから先の数年も快適にって言うなら4070Ti辺りまで奮発するのもありだと思うけど」
グラフィックボードを選ぶ上で最も重要なのは、まず『どのGPUを積んでいるか』だろう。
GPUはグラフィックボードに搭載された演算処理装置で、世界的にNazohan社の一強独占状態にある。
その最新ブランドであるZTXシリーズでは四桁の数字の前二桁は型番を表し、後二桁はグレードを表している。
どちらも数字の高い方がより後期の高性能なモデルとなり、更にTiやSUPERなどの接尾語が付く上位版も存在している。
その中からどれを選ぶのかはコストやパフォーマンス、やりたいゲームなどなど……。
あらゆる面から多角的に考える必要があり、俺なら軽く三日は悩むところだが――
「よし! じゃあ4090にしよーっと!」
光は躊躇なく、その中から最も高値な商品カードを手に取った。
「よ、よんせんきゅ……ま、まじで!?」
そのサッチャー並の決断力に喫驚する。
「まじ! だって、ここが一番大事なんだから一番良いのにするのは当然でしょ!」
「そう言われればそうなんだけど……でも、コスパ的には4070Tiくらいが……」
「だめだめ。絶対に妥協はしたくないところ……なんでしょ? つまり、ここは最上位モデル一択!!」
40万近い数字が書かれた札を二本の指に挟みながら、光が決め台詞のように言う。
「まあ、光がそれでいいならいいけど……予算は本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! じゃあ、次の売り場にレッツゴー! イエーイ!」
初手でハイエンドモデルをキメて、早くもテンションが最高潮に達しつつある光を追って次の売り場に向かう。
「次はCPUかな」
「CPUってあれだよね? パソコンの脳みそ的なの」
「うん、画面の描写処理に特化したGPUとは違って、パソコン全体の汎用的な処理を行う部分だね。一時期はGPUと比べておざなりにされがちだった部分だけど、ここがボトルネックになると全体の処理が遅れて他の部分も十全な性能を発揮できなくなるからやっぱり重要なパーツだと思う」
本体となるCPUやグリス、クーラーなどが並んでいる棚の前で早口語りをしていると――
「なら、これも一番高いやつにしよーっと!」
またしても一切の躊躇なく、光は最上位グレードの商品カードを手に取った。
「じゃ、じゃあクーラーはどうする……? 冷却性能が足りないとPC全体のパフォーマスが落ちるし、何よりも熱は故障の原因にもなりやすいからここもやっぱり超重要な部品だけど……。種類は大きく分けて空冷と水冷の二種類あって……パフォーマンスを追求するなら少し手間はかかるけど本格水冷が一番――」
「なら、それにする!」
言い終わる前に、シュパっと決闘者がトップデッキでも決めるようにカードが取られる。
か、買い物の仕方がえげつねぇ……。





