第16話:初日の夜 その1
「え? あっ、うん。京だよ。同じ学校から同じ雑誌に……それも同じページなんて、すっごい偶然だよね」
「へぇ~……」
気のない返事をしながら、改めてその写真を見る。
1ページの上段下段に三枚ずつ並んだストリートスナップ。
その中の一つに桜宮さんの写真がある。
普段からかなり制服を派手に改造している人ではあるが、私服はなんというか……すごい。
上から下まで、どれもフルプライスのゲームよりも高そうな服で固めてある。
詳しくはないが、アクセサリーやバッグも安い物ではないだろう。
親が医者だとかで金持ちとは聞いていたが、まさかここまでとは……。
ただ、俺の趣味には全く合わないな……と思っていると、光がまた口を開く。
「オシャレだよね~。このネイルとかも全部自分でやってるんだって、すごくない? 私はネイルできないから羨ましいなぁ~……」
その嫌味さの欠片もない賛辞の言葉に、また緒方さんの言葉を思い出した。
『女子の中でも、やっぱ光の側におるのは緊張するって子は結構おるし。周りから比べられてるんちゃうかーとか、自分でも無意識的に比べてしまうところは嫌でもあるんやと思うわ。逆に京なんかはめっちゃ張りおうてるけどな』
あの言葉を前提に、改めて二人の載ったページを見比べる。
紙面いっぱいに全身の写真が何ページにも渡って使われている光と、1ページの1/6に小さなコメント付きで載っている桜宮さん。
別に俺は彼女と友達でもなければ、特に好感も持っていない。
むしろ、どちらかと言えば苦手なタイプの人種だ。
向こうも俺の存在なんて、全く歯牙にもかけていないだろう。
けれど、この左右のページを見比べた時に桜宮さんが抱いたであろう感情は、まるで自分のことのように想起できてしまった。
「……で、京がどうしたの?」
同じ無敵の主人公に挑もうとしている者として僅かな共感を抱いていると、当人に訝しげな視線を向けられているのに気がつく。
「いや、ただ単に同じクラスにファッション誌の紙面を飾れる人が二人もいるなんてすごいなって思っただけ」
「ふ~ん……それだけならいいけど」
俺があっさりと切り上げたからか、光はそこまで大きな嫉妬らしき反応は見せなかった。
「じゃあ私、そろそろゲームしよーっと!」
雑誌をあらかた読み終わると、光はそう言ってコントローラーを手に取った。
その後は普段通りに、二人でゲームをやって楽しく過ごした。
しかし、今日は『また』と約束して分かれるいつもの日とは違う。
「ふぁ……眠くなってきちゃったなぁ……」
コントローラーから片手を離した光が小さくあくびをする。
既に日付は変わり、普通なら就寝する時間だ。
「寝る前にシャワー借りてもいい……?」
やや眠たげな口調で尋ねられる。
「も、もちろん……前と同じように使ってくれれば……」
「じゃあ入ってこよーっと! もう少しやるからこのまま置いといて!」
「了解。それと、ごゆっくり……」
光が持ってきた大きな荷物から色々と取り出し、浴室へと向かう。
バタンと扉が閉まる音が鳴り、微かに衣擦れの音が聞こえてくる。
たかが音とはいえ、聞くのはやめておこうとヘッドホンを装着する。
パソコンの方で動画を再生し、意識を画面に集中させる。
禅の精神で心を無にして待っていると、しばらくして光が出てきた。
「ふぃ~……さっぱりしたぁ……。先に使わせてくれてありがとね」
「いや、そのくらい全ぜ――」
椅子を回転させて振り返った瞬間、心臓を鷲掴みされたような心地になる。
光はパジャマを着ていた。
そう、パジャマだ。
「……どしたの?」
「い、いや……何も……」
別に『これぞ女子!』みたいにフワッフワしたような感じではない。
白系統の前開きタイプで、肌触りの良い生地を使ってそうな普通のルームウェア。
それでも、とにかく可愛すぎる……。
今日雑誌で色々な新しい彼女の姿を見せてもらったが、男心の刺激度合いに関してはこれがダントツのナンバーワンだと断言できる。
普段の距離感の近さに部屋着という無防備さが加わり、攻撃力を加算ではなく乗算で上昇させている。
「さーて、寝る前にもうちょっとだけやろーっと」
再びコントローラーを手に取った光がゲームを再開する。
ベッドに座られると、存在が更に生々しくなって攻撃力に別枠乗算ボーナスが加わる。
とにかく、今すぐにこの場から逃げないと死んでしまう。
「じゃあ……俺もシャワー浴びてきていい?」
「もちろん……って、家主なんだから当たり前じゃん。なんで私に聞くの?」
「た、確かに……」
笑われながら彼女の前を横切り、なんとか脱衣所へと逃げ込む。
さっさと服を脱いで、浴室へと入ろうとするが――
「うっ……!」
扉を開いた途端に、俺の知らない甘い香りが湿気に混ざって漂ってきた。
紛うことなき女子の匂いが鼻孔と煩悩をくすぐる。
前回はしばらく時間を置いてからの使用だったので気にならなかったが、今回はまるで違う。
ほんの少し前に彼女がここで、裸でシャワーを浴びていた事実を生々しいまでに突きつけられる。
ワンルームマンションの狭い浴室のはずが、まるでダメージ床が敷き詰められた広大なフィールドのようにさえ感じる。
けれど、こんなのは例えるなら『最初の王ゴッドフレイ』みたいなもんだ。
いずれ戦うかもしれない本体を前に怖気づいてどうする。
意を決して中へと踏み込み、後ろ手に扉を閉める。
密室になると、いよいよその匂いは濃密なものへと変質する。
四方八方からまとわりつき、まるで光がその場にいるような錯覚さえ覚える。
洗うものを洗ってさっさと出たいが、早すぎて変な邪推はされたくない。
そんな諸々のジレンマとも戦いつつ、身体を一箇所ずつ丁寧に洗っていく。
そうして何とか任務を完遂し、ボディスポンジを棚に戻そうとしたところであることに気がつく。
「……ん? これ、俺のじゃないよな……?」
見慣れない種類のシャンプーやボディソープが並んでいる。
間違いなく自分が買ったものじゃない。
容器から既に洒落ていて、陰キャ男子高校生が浴びれば溶けて死ぬようなやつだ。
「光のやつかな……?」
自分で買うわけがない以上、答えは一つしかなかった。
女子の髪や肌は男子と違って繊細だろうし、自分に合った物を使うのは当然だ。
宿泊用に自宅から持ってきたものを回収し忘れたんだろうと推測する。
忘れてたぞと持って行こうかと考えたが、もう一晩泊まるつもりなら明日も使うだろう。
そう判断して、シャワーノズルを元の位置へと戻して浴室を出る。
……よし、これで第一関門はほとんど突破したも同然。
後は身体と髪を拭いて、着替えて部屋に戻るだけ。
お泊りイベント全体で見ればまだ序盤だけど、この調子ならきっと攻略できるという自信もついてきたかもしれない。
と、思ったところでまた別の違和感に気がつく。
「……ん?」
洗面台に置いてある歯ブラシを入れたコップの隣に、色違いの全く同じコップが置かれている。
しかも中には俺のと色違いの歯ブラシまで入っている。。
半ば恐怖に近い感情を覚えながらタオルが置いてある棚に手を伸ばすが――
「……んん?」
またまた違和感を覚える。
普段は重ねたバスタオルが横向きに置いてある棚。
何故か今は重ねたバスタオルが縦向きに二つ並んで置かれていた。
……これ、侵略されてる?





