第14話:嫉妬とレベルアップ その3
『ハッピーハッピーハッピー』
一週間最後の登校とバイトを終え、自宅に帰った俺はミーム動画を見ながらゲラゲラと笑っていた。
『チピチピチャパチャパドゥビドゥビダバダバ』
無事に週末を迎えた解放感からか、馬鹿みたいな動画で馬鹿みたいに笑ってしまう。
告白されて、一躍校内でも指折りの有名人になってしまって、イメチェンまでした。
慣れない日々が続いていたが、本当の俺はこういうどうしようもなく退廃的な時間を過ごす人間だと少しずつ思い出してきた。
そのままサブモニターで動画を流しつつ、メインモニターで今日はどのゲームをやるか決める。
更にここで高カフェインのエナジードリンクをキメれば、そりゃもうチピチピチャパチャパで俺もハッピーハッピーハッピーに違いない。
そう考えて立ち上がろうとした途中で、スマホが通知音を鳴らす。
「……っと、なんだなんだ?」
手に取って画面を確認すると、光からメッセージが届いていた。
『バイト終わった?』
昨日は待たせすぎたのを反省して、すぐに返信を入力する。
『終わって、今は家でダラダラしてた』
『私もさっき練習が終わったとこ』
『お疲れ様。じゃあ、今は家?』
『ぶー……不正解! 回答権は後二回です。見事正解すれば豪華景品が当たります!』
なんか朝の情報番組並に唐突なクイズが始まったんだけど……。
『帰りの車の中?』
『ぶっぶー……不正解! 回答権は後一回です』
『全然分からないんだけど……何かヒントは?』
そもそも真面目に取り合う必要があるのか微妙なところだけれど、ゲーム形式にされるとつい真剣に取り組んでしまう。
『ん~……じゃあ、大ヒント!!』
そう言って送られてきたメッセージには、一枚の写真が添えられていた。
光が、どこか見覚えのある廊下で自撮りした一枚。
……ハァ?
パソコンの画面上に映し出されている猫と自分の心情が一致する。
けれど、慌てることなく冷静にスマホを机に上に置く。
まさかな……と思いながらも、半ば確信に近い所感を抱きながら部屋を横断する。
洗い場の前を通り過ぎて、入り口の扉に手をかける。
「せいか~い!」
開いた先に、満面の笑みを浮かべた光が立っていた。
「……何してんの?」
「急に会いたくなって来ちゃった」
来ちゃったかぁ……。
「……もしかして、また家族の人と何かあったとか?」
「んーん、今日はお母さんの許可もちゃんと取ってきてるから大丈夫!」
一点の曇もない朗らかな笑顔を浮かべて言われる。
前と似たような状況的にまた家族と喧嘩したのかと思ったが、どうやら本当にただのサプライズらしい。
「なら良かったけど……その荷物は?」
光が両手で、やたらと大きな鞄を持っているのに気がつく。
普段持っているラケットバッグとも違う、旅行に持って行くようなやつだ。
俺の指摘に、彼女は『ん?』と一瞬考えるような素振り見せた後に――
「二泊三日!」
鞄を胸元まで持ち上げて、最上級の笑みを浮かべて言った。
言葉の意味を飲み込むのに時間がかかる。
「えーっと……今から俺の部屋で二晩過ごすってこと……?」
「うん!」
「うん、って……流石に唐突すぎて少し困るというか……」
「ごめん……でも、この前……一秒でも長く一緒に居たいって言ってくれたのが嬉しくって……本当に一秒でも長く一緒に居られたらいいなって……」
頬を赤らめて上目遣いに言われる。
――カンカンカンカン!!
レフェリーストップ、俺の1ラウンドTKO負け。
「本当に家族には伝えてる?」
「うん、嘘だと思うならお兄ちゃんに聞いても大丈夫だよ」
「……じゃあ、とりあえず入って」
今度から言葉はもう少し慎重に選んで述べることにしようと思いつつ、彼女を迎え入れる。
「おじゃましまーす!」
勝手知ったる我が家のように、靴を脱いで光が部屋へと上がっていく。
入り口の鍵を締めて、続いて部屋へと戻る。
ベッドの脇に荷物を置いた彼女が、そのままいつも通りにベッドへと腰掛けた。
今日は予想外だったけれど、明日は来ると思っていたので余計な物は隠してある。
「それじゃあ……見事に正解した黎也くんにはプレゼントを差し上げます!」
大きな期待と不安に押しつぶされそうになっていると、光がそう切り出してくる。
「じゃじゃ~ん!!」
彼女は自分が持ってきた鞄から何かを取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「何これ……? 雑誌……?」
「今月発売のナナティーンです!」
「ナナティーンって……十代女子向けのファッション誌だっけ?」
「そうそう。ほら、もっとちゃんと見て!」
言われて、俺もベッドに腰掛けて近くでそれを見る。
表紙には大きな文字で『夏本番に向けたスポーティファッション特集』と書かれていた。
文字の上には、数人の十代女子モデルたちが並んでいる。
その中に、よく見覚えのある女性の姿もあった。
「……これ、光?」
並んだ女子たちの中央の一人を指差す。
普段よりも一層とめかしこんでいるが、聞くまでもなく彼女だった。
「うん! 初の表紙デビュー!」
「へぇ……ナナティーンの表紙って、かなりすごいんじゃないの?」
自慢気に笑っている光にもう一度尋ねる。
詳しくはないが、ナナティーンと言えば十代女子向けのファッション誌としては俺でも名前を知っているくらいに有名だ。
その表紙……それもセンターとなれば、一握りの選ばれた女性のみに許された場所なんじゃないだろうか。
「まあ、ちょうど特集のコンセプトが私に合ってたってのもあるから運が良かったのかも」
「いやいや、運だけでできるもんじゃないと思うけど……だって、こういうのって普通は専属モデルの人が担当するんじゃないの?」
「う~ん……多分そうなのかな。他の子たちは皆そうだもんね」
そう言われて改めて、五人の女子が並んだ表紙を見る。
最大手誌の専属モデルだけあって、みんなスタイル抜群で顔立ちも整っている。
高校に通っているなら、全員がカーストの女王的なポジションに収まっているに違いない。
しかし、そんな中に混ざっていても光は全く見劣りしていない。
むしろ、他よりも一際目立っているようにさえ感じる……のは贔屓目だろうか。
「とにかく! これが今月の下旬に全国の本屋さんに並んじゃうわけなの! どう!?」
「全国……それはすごいなぁ……」
自分の存在が全国に周知されるなんて、俺の立場では考えもつかない。
「すごいって……それだけ……?」
率直に感嘆の気持ちを述べたはずが、何故か若干不満げにされる。
「それだけというか……すごすぎて、すごい以外の感想が出てこない感じ」
「む~……他に何かないの?」
「……他に?」
他にここで発露すべき感情があるだろうかと首を傾げる。
「ほら、例えばさ……これって多分……本屋さんだけじゃなくて、コンビニにもいっぱい並ぶよね……?」
「だろうね」
手に取ったことこそないが、コンビニの棚に並んでいるのは見た覚えがある。
「そしたら、男の人も結構見てくれるだろうしぃ……もしかしたら、手にとって中身も見ちゃうかもしれないよね……?」
「まあ……そういう人もいるかもね」
「その人たちはどんな感想を抱くのかなぁ~……かわいいとか、綺麗って思ってくれるかなぁ~……私としては思ってくれた方が嬉しいけど~……黎也くん的にはどうなのかな~……って」
少し大げさな口調でそう言いながら、チラチラと俺の様子を確認している光。
もしかして、これ……俺にも嫉妬させようとしてる……?





