第13話:嫉妬とレベルアップ その2
「は……? モテ……?」
あまりに唐突な質問に呆けた声で聞き返すと、彼女は小さく首を縦に振った。
真剣な表情……冗談を言っているわけではないようだ。
「いや、無い無い無い……そんな考えはこれっぽっちも無い」
「だったら、いきなりそんなガラっと変える必要なくない? なんか、前よりカッコよくなってるし……」
ムスーっと頬を膨らませるようにしながら、更に問い詰めてくる。
この距離で見る、その顔には強い既視感があった。
記憶の糸を辿ると、数日前――俺の部屋での出来事に行き着く。
俺の顔に化粧をしようとして、直前になって止めた時の不機嫌そうな表情だ。
もしかして……怒ってるんじゃなくて、ヤキモチを焼いてる……?
「ぷっ……くっくっく……」
その事実に気づくと、つい笑いが込み上げてきた。
「な、なんで笑うの……」
「いや、だって……まさか一時間目の最中に、こっちをチラチラ見ながらずっとそんなこと考えてたんだって思ったら……」
「私にとっては全然、そんなことじゃないんだけど……」
気分屋の特性が発動して、今度は拗ねたような表情を見せられる。
「ごめんごめん……でも、本当にそんなつもりじゃないから」
そんな意図はなかったが、光にそう思われたのはある種の手応えも感じた。
頭の中で、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。
影山黎也は レベル2に あがった!
自信が 1ポイント あがった!
自己肯定感が 1ポイント あがった!
特技「自惚れ」 を おぼえた!
「……ほんとに?」
「本当だって」
「じゃあ、信じるけど……念のためにその髪の毛はぐしゃぐしゃにしといていい?」
「それはちょっと勘弁願いたいかな……せっかくセットしてきたやつだし」
両手を俺の頭の上に掲げた光から逃げるように身体を引く。
今朝、数十分もかけて整えた努力の結晶。
何よりも、光が子供みたいな嫉妬心を見せてくれる武器を捨てるなんてとんでもない。
むしろ、明日からも面倒だけどセットしてこようとやる気さえ出てきた。
「う~……じゃあ、ほんのちょっとだけ……」
「ちょっとって言いながら両手で鷲掴みしようとしてない……?」
粘り強く俺の髪型を崩そうとしてくる光と、一進一退の攻防を繰り広げる。
その最中、視界の端に日野さんがこっちを見て笑いを堪えている姿が目に入った。
十分の休み時間をなんとか凌ぐと、光は恨めしそうに自席へと戻っていった。
そうして二時間目、三時間目と授業は進み――
四時間目の化学実験室へと向かうために廊下を歩く。
ここでようやく一つの事実に気がつく。
……そもそも、誰も俺のことなんて気にもしてないな。
相変わらず変な目で見られこそしているが、その変化は気にも留めていない。
しかし、それもよく考えれば当然かもしれない。
みんなが話題の中心にいるのは、どこまで行っても光だけ。
俺の存在は『身の丈を知らない陰キャ』という概念程度にしか認知していない。
そんな奴の姿形が多少変わったところで、気づくはずがない。
なんだか空回りしてたみたいで、少し恥ずかしくなってきた……。
けれど、全く無駄だったとも思わない。
もとより俺はレベル1の貧弱モブ。
いきなり、ラスボスに乗り込んで打ち倒すなんてバグ有りAny%のRTAみたいなことは出来ない。
着実に、一歩ずつ登って……いや、這い上がっていくしかないんだ。
気持ちを新たに廊下を歩いていると、進行方向に知った顔を見つけた。
緒方さんが友人らしき数人の女子と談笑しながら、こっちに歩いてきている。
見かける度にいつも違う人と一緒にいるし、本当に交友関係が広いな。
そう考えながら彼女たちとすれ違おうとしたところで、向こうが俺の存在に気づいた。
「あっ、影山くんやん! おはよう!」
「お、おはよう……」
近くに知らない女子がいるのは気が引けたが、なんとか挨拶を返す。
「おっ、もしかしてうちの助言通りに髪切ってきたん?」
「まあ、ちょうど伸びてきてたから……良いタイミングかなと思って……」
「ふ~ん……なるほどなるほど~……」
値踏みするような視線で俺の頭を見ながら、周囲をグルっと一周される。
他の女子たちは俺のことを知らないのか、誰だろうというような顔で見られている。
なんか、また違った恥ずかしさがあるな……。
「ええやんええやん! なかなか男前になったんとちゃう?」
「そ、そう……?」
「うん、やっぱうちの見立て通りやったね! そんで、心持ちの方はどう? ちょっとは自信も付いたりしたんちゃう?」
「それは……ぼちぼちかな」
「ぼちぼちかぁ……まあ、そんなすぐには変わらんか」
相手に倣って関西風に答えると、彼女は少し残念そうに肩を落とした。
「茜ー! 早く行かないと遅れるよー!」
少し先に進んでいた付き添いの女子たちが緒方さんを呼ぶ。
「ごめんごめん! 今行くからちょっと待ってー! ほな、続きはまた今度聞かせてな!」
そう言って、緒方さんは彼女らの方へと駆け出す。
自分も元の方向へと歩き出そうとしたところで、後ろから彼女らの話し声が聞こえてきた。
「さっきの誰? 知り合い?」
「ん? 影山くんって……ほら、噂になっとった光のコレやん」
「あー……! あの人がそうなんだ……!」
「へぇ~……でも、何か地味~で冴えない感じって聞いてたからちょっと意外」
「うん、イメージと結構違ったっていうか……結構カッコよかったね」
意外な言葉に驚いて振り返ると、緒方さんも同じタイミングで振り返っていた。
彼女はニカっと笑って親指を立てると、再び友人たちの方へと向き直る。
「せやろ? なかなかイケてるやろ? でも、横恋慕はあかんで?」
「あはは。朝日さん相手にそんなの勝ち目ないからするわけないじゃん」
「でも、ちょっとツバつけとくくらいなら有りじゃない? 茜、今度ちゃんと紹介してよ」
「だからあかんって! うちが光に怒られるやん!」
廊下の向こうに消えていく彼女たちを見送りながら立ち尽くす。
今の言葉がどれだけ本気でどれだけ冗談なのかは分からない。
ただ、頭の中ではまたレベルアップのファンファーレが鳴り響いていた。
他の女子にモテるつもりはないと思ってたけれど、正直嬉しいものは嬉しい。
光には少し申し訳ない気持ちを抱きながらも、この一週間で最も軽やかな足取りで廊下を歩き出した。





