第2話:質問攻め
「聞きたいことって……?」
「もちろん、一昨日の話に決まってるやん。君、光に告白されとったやろ?」
「え? あ、ああ……それは……まあ……どうなんだろ……」
単刀直入すぎるぶっ込まれ方に、しどろもどろになってしまう。
「……ってまあ、うちもあそこにおったから聞かんでも知っとんねんけどな」
と言って、大きな声で笑われる。
このコテコテの関西弁に加えて、デリカシーがないとも取れる距離感の詰め方。
正直言って、ファーストインプレッションは『俺の苦手なタイプ』だった。
「で、聞きたいことってそれだけ……?」
「いやいや、それだけなわけないやん! あの朝日光が遂に見初めた男子! そんな日本一の幸せ者に突撃取材しに来たんよ!」
「取材……と言われても今から飯なんだけど」
「それは大丈夫。うちもやから」
女子っぽくないシンプルな包みの弁当箱を掲げられる。
一体何が大丈夫なんだと思ったけれど、押しに弱い自分が断りきれるわけもなかった。
そのまま何故か初対面の彼女を連れて、いつもの教室へと向かう。
「へぇ~……こんな教室あったんや。いつもここで食べとるん?」
がらんどうな室内を見回しながら緒方さんが言う。
颯斗と悠真は授業の終了が遅れているのか、まだ姿は見えていない。
「ん……まあ、大体そうかな……」
「なるほどなるほど……朝日光の想い人は人気のない場所が好きと……」
メモを取るような仕草をしながら、近くの席に座ってくる。
「で、早速なんやけど……どういう経緯で光と仲ようなったん? 馴れ初めは!?」
開いた弁当を食べながら、早速例の話に切り込まれた。
「馴れ初めって……別にそんな大した事は特に……普通に知り合って、普通に仲良くなっただけで……」
「いやいやいや、あの朝日光やで!? 本人のガードも固いのに加えて、横には日野絢火もおるまさに鉄壁の女! これまで幾人もの猛者が挑んでは玉砕し続けた難攻不落の無敵要塞を普通には陥落させられへんやろ! 普通には!」
よく噛まないな……と思うような早口で捲し立てられる。
「いや、ほんとに……俺は普段通りに接してただけだし……」
言われて思い返してみてもダメ人間が、ダメ人間なりに立ち回っただけ。
普通に二人でゲームをして楽しんで、ちょっと出かけたくらい。
彼女の悩みを知ってからは多少柄にもないことをしたけど、大したことじゃない。
それが功を奏して彼女が立ち直ってくれただけでも奇跡だったのに、よもや向こうから告白されるなんて夢にも思っていなかった。
「じゃあ、ふつーにしてたら光の方から好き好き好き~ってなったってことなん!?」
「まあ、俺の視点からは……」
「なんよそれ~……かなわんなぁ……」
望んでいた答えが得られなかったからか、露骨にガッカリされる。
「でも、光がそれだけであんだけ惚れるのは流石に信じられへんわぁ……やっぱり、自分が気づいてないだけで何かあるんとちゃうの?」
「そう言われても……」
「実はこう……シェイクスピアかシラノばりに情熱的な詩が書けるとか……?」
「そんなまさか。国語の成績は平均くらいだし」
「じゃあ真の姿は伝説的な夜の王で、これまでも幾人もの美女を手玉に取ってきたとか! あるいは免許皆伝レベルの凄腕催眠術師とか!?」
「いやいや……俺は本当に、見た目通りの俺でしかないって……」
どんな漫画の設定だよと思いながらも、あくまで穏当に答える。
「見た目通り……なぁ……」
椅子ごと身体を寄せられて、間近で顔を凝視される。
「あの……緒方さん、ちょっと近いんだけど……」
朝日さんが相手でも、ここまで距離を詰められたことはあまりない。
距離感の近さに勘違いする男子が続出しているという話は、どうやら事実らしいと身を以て体感する。
「見た目は……もう少し、しゃんとすれば結構イケそうやけど……それだけやったらこれまでもよーさんおったから違うよなぁ……」
「だから……ち、近いって……ちょっと離れ――」
詰めてくる緒方さんに対して、こっちは椅子を引いて距離を離そうとしていると――
「おい、黎也。例の件について詳……しく……」
「黎也くん、君に黙秘……権は……」
入り口の扉を開いて、いつもの二人が入ってきた声が背後から響く。
しかし何か見てはいけないものを見てしまったかのように、言葉尻を掠れさせている。
どうしてかと考えて、すぐに答えに辿り着いた。
ともすれば接触しそうな顔面の距離。
背中越しに見れば、何か別のことをしているように見えてもおかしくないと。
「失礼しましたー……」
「お邪魔しましたー……」
「待て待て待て!! 誤解だから!! 何もしてないから!!」
教室から出ていこうとした二人を慌てて制止する。
あの噂が蔓延してる中で、既に別の女子にも手を出していた。
そんな事実無根の話まで広まれば、俺は学校一のクズ野郎だと認定されてしまう。
「だ、大丈夫……お前が早くも二人目のS級女子もコマそうとしてたなんて誰にも言いふらさねーから……」
「う、うん……でもまさか黎也くんが、こんなにヤリヤリな男子だったなんて……」
「だから、誤解だって……緒方さんからも説明して――」
「C組の風間くんと金田くんやんな? 影山くんの友達なん?」
振り返って彼女にも弁明を求めようとすると、すでに真横まで来ていた。
縮地法の使い手かと思うような距離の詰め方だ……。
「え? まあ……一応……友達、なのか……?」
「同類って言った方が正しいかも」
「ふ~ん……ほんなら友達から見て、影山くんってどんな感じの人?」
不意の質問に、二人が顔を見合わせる。
「どんな感じって言われても……重度のゲームオタクで、いつも大工の兄ちゃんが使ってる弁当箱みたいにバカデカい携帯ゲーム機で聞いたことのないマイナーなゲームを楽しそうにやってる奴……?」
「だからゲーム関係のセール情報にだけはやたら詳しいのと……後は、すごく美人で巨乳の従姉弟さんがいて羨ましい……?」
その決して褒めているわけではない微妙な評価にも頷くしかないのが、俺という人物を確かによく表していた。
「なるほどなぁ……つまり、友達にも分からん影山くんの魅力に光だけが気づいたってことなんかなぁ……」
腕を組み、首を捻って深く思案している緒方さん。
「ん~……とりあえず、後は光が帰ってきたら直接聞くしかないんかなぁ……」
確かに多少……いや、かなりデリカシーは無い人かもしれない。
けれど、自分でさえ信じきれていない俺と朝日さんの関係を、彼女だけは『ありえない』と断じて一蹴しようとはしていない。
何か他に思惑があるのかもしれないけれど、そこに何らかの理由を探そうとさえしてくれている。
その点に関しては、少しだけ好感を覚えてしまった。
「まあ、今日のところはこのくらいにしとこか……色々聞かせてもらってありがと!」
「えっ、ああ……うん……」
「これうちのPINEやから、また何かあったら教えてな! ほなまたよろしく~!」
目にも止まらぬ早業で連絡先を交換されたかと思えば、今度は弁当をささっと片付けて足早に退室していく。
なんというか嵐のような人だったな……と彼女が出ていった扉を眺めていると、手にしていたスマホが振動した。
早速、緒方さんが何か送ってきたんだろうかと確認すると――
「あっ……」
差出人の『朝日光』の名前を見て、思わず声が溢れる。
『優勝したよー!』
短いながらも最大級の喜びを表現しているメッセージには、優勝カップを掲げて満面の笑みを浮かべた彼女の写真が添えられていた。
俺の好きな人は、ちょっと……いや、かなりすごすぎるのかもしれない。
気を抜くとニヤけてしまいそうなのを堪えていると、左右から殺気のような気配を覚える。
「なるほど、やっぱり……あの噂は事実だったってわけか……」
「黎也くん、僕たち友達だよね……?」
両方の耳が、怨念の籠もった冷たい声を同時に捉える。
「「それじゃあ、詳しく聞かせてもらおうか……」」
一難去ってまた一難。
普段は互いのことなんて禄に気にしてない二人から、この日は一生分かと思うくらいの質問攻めにあった。





