第35話:朝日光の初恋
私は自他ともに認めるファザコンだったと思う。
小学生の頃から練習で上手くいかなかったり、試合で負けるといつもすぐお父さんに泣きついていた。
もうテニスを辞める。
私がそう泣きじゃくると、お父さんは決まってどこか楽しいところへと連れて行ってくれた。
色んなお店があるデパートや、楽しいアトラクションがいっぱいある遊園地。
夢のような時間に、嫌なことはすぐに忘れられた。
沢山楽しんで家に帰ると、お父さんはいつも私の頭を撫でながら『今日は楽しかった?』と聞いてくれた。
私が『すごく楽しかった』と答えると、お父さんはいつも『また行こうな』と次の約束をしてくれた。
明日からテニスを頑張れとか、光なら出来るとかは絶対に言わない。
だからこそ、その次の日から私はまた頑張れた。
私はそんなお父さんのことが大好きで、大きくなったらお父さんと結婚する……とまでは言わなかったけど、なんとなく将来はお父さんみたいな人と結婚するんだろうなーとは思っていた。
その参考にするために、何度かお母さんにも「どうしてお父さんと結婚したの?」と聞いた覚えがある。
するとお母さんはいつも少し恥ずかしそうに笑いながら、「お父さんといるのが一番楽だったから」と教えてくれた。
お父さんはよく家に来た友達に、『まさかお前がこんな美人の嫁さんを捕まえるなんてな』とよくからかわれていたけど、お母さんはいつも逆だと笑っていた。
でも、そんなに好きなら普段からもっと引っ付けばいいのに……。
私なら何よりも大好きな人がずっと近くにいてくれるなら絶対にそうするけど、二人はすごく照れ屋らしい。
中学生になり、お兄ちゃんも私も大きくなったことで、元々貿易関係の仕事についていたお父さんの海外出張が増えた。
それをきっかけに、私も少しずつファザコンを卒業していった。
苦手だったメンタルのコントロールも少しは出来るようになってきたし、いつまでもお父さんに甘えるわけにもいかない。
寂しくなかったと言えば嘘になるけど、周りを見るとそれが自然だったとも思う。
それから更に時間が経ち、誰かに甘えることを忘れた私は高校生になった。
彼の存在を初めて認知したのは、高校一年生の秋……ちょうど文化祭の時だった。
自分たちのクラスの出し物の準備を終えた私は、絢火と茜の三人で他のクラスの様子を見学しにいくことにした。
最初に覗いたB組の出し物は射的場。
クラスのみんなで大いに盛り上がりながら準備をしていた。
その中でただ一人、チェックシートを片手に黙々と安全確認の作業を行ってる人がいた。
子供用の足場に、何か不備はないかと念入りに調べている男子。
安全点検係……押し付けられたかと思うような役目を一人で黙々と熟す彼を見て、『どことなくお父さんに似てるなー』と私は思った。
見た目とか立ち振舞とか、その控えめな雰囲気が全体的に……なんとなく……。
彼のことを詳しく知ったのは、それからもう少し経った頃だった。
名前は影山黎也くん。
クラスは違うけど、同級生で趣味はゲーム。
部活には入っていないけれど、どこかでバイトしているのも聞いた。
小中は別の地域で、高校進学を機にこっちへと引っ越してきたらしい。
だから知り合いが少ないのか、よく一人でいるところを見た。
何度か話しかけてみようかと思ったけど、その度にやっぱり躊躇した。
だって、お父さんに似てるからなんて理由で男子に話しかけるのは流石に恥ずかしい。
だから……というわけじゃないけれど、その日からお兄ちゃんに借りてオフの時はゲームをするようになった。
共通の話題でもあれば、ちょっと話してみるくらいは出来るかもしれない。
当初はそんなことを考えていたはずだったけど、いつの間にかただ単にのめり込んでしまっていた。
結局、話しかけるきっかけもなく、また月日は流れていった。
二年生になった私は、大好きだったはずのテニスを嫌いになりかけていた。
原因は、一年生の終わりにした左膝の怪我。
怪我自体は、かかりつけのお医者さんに診てもらってすぐに完治した。
今は何の問題もなく動けると自分でも分かっているのに、いざ踏み込もうとすると身体が固まってしまう。
もしまた、同じことが起こったら。
今度はもっと重症になるかもしれない。
もうテニスが出来なくなるかもしれない。
考えれば考えるほど恐怖に足が竦んで、練習もまともに出来なくなっていた。
お母さんはそんな私に、無理をしなくていいとは言ってくれる。
だけど、プロの道を諦めざるを得なかったお母さんは、どうしても私に期待してくれているのが分かってしまう。
お兄ちゃんがテニスを辞めたのも、お母さんの時間をもっと私だけに割けるようにするためだって知っていた。
ずっと私を応援してくれている絢火や茜にも、こんなダメな自分は見せられない。
みんなが期待してくれるからこそ、私はここまで頑張って来れたから。
なのに、今はその期待の重さを感じてしまう。
そんな自分に嫌気が差し、更に気持ちが沈んでしまう悪循環に囚われていた。
昔ならこんな時は、いつもお父さんに泣きついていた。
楽しいところに連れて行ってもらって、翌日にはいつも通りの自分になれた。
だけど、そんなお父さんも今は長期の出張で家を空けている。
そもそも自分から卒業しておいて、今更縋れない。
結局、私は誰にも頼れないまま、ストレスを全て自分の内に溜め込むことになった。
それからまたしばらく経った頃、練習中にお母さんと軽い口論になってしまった。
辛いなら少しテニスと距離を置いてみたら?
そう提案してきたお母さんに、私が反発したのが発端。
出来ない自分が悪いのは分かっているけど、それを言われたのが辛かった。
だって私はまだテニスが大好きで、距離を取りたくなんてなかったから。
口論の後、バツが悪くなった私は一人で帰ることにした。
一人で寂しくバスを待っていると、心はますます塞ぎ込んでいく。
重たい足取りで到着したバスの車内へと乗り込んだ私は、ある人の姿を見つけた。
影山黎也くん――今年から一緒のクラスになった、どこかお父さんに似てる人。
偶然の出会いに運命的なものを感じたわけでも、何かが変わるのを期待したわけでもない。
ただ気がつくと彼に話しかけていた。
「影山くん……だよね? 同じクラスの」
これが私の再起と……太陽のように眩しい初恋の物語になるとも知らないままに。
これにて、一章は完結となります。
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