第24話:共犯者
ダブルパラミツを達成してすぐに、朝日さんの帰宅時間となった。
彼女は帰る準備を、俺は送る準備を無言で淡々と進める。
まだ意識していないと言えば嘘になるが、それでも駅までの送迎は欠かせない。
先週は遠慮した彼女も、今回は何も言わなかった。
「よし……じゃ、行こうか」
「うん」
部屋の鍵を閉めて、マンションを出る。
夏が少しずつ近づいてきてはいるが、まだ五月なので十九時にはもう日が暮れていた。
足元に気をつけながら、二人で並んで夜の道を歩く。
「あー……今日も楽しかったー」
朝日さんが伸びをしながら、満足気に言う。
「まさかたった240円で、あれだけ遊ばせてもらえるとはね」
「えっ、あれそんなに安かったの!? 学食の日替わり定食の半額以下なんだ……」
低価格ゲームのコスパの良さに朝日さんが声を上げて驚く。
「でも、今度はまた協力して遊べるゲームもやりたいね」
「実は俺もそう思って、面白そうなのを何本か見つけておいた」
「ほんと!? どんなやつ!?」
「それは当日のお楽しみってことで」
「えー……気になるー……」
こうして遊ぶようになって、まだ一ヶ月程の関係。
けれど、二人だけの時間というのは思った以上に仲を深めてくれるのかもしれない。
最初は拙かった会話も、今ではこうして普通に出来るようになってきた。
そうして、駅までの道程を半分ほど進んだところで――
「ねぇ、影山くん……」
朝日さんが、囁くような小さい声で切り出してきた。
「多分……もう分かってるよね……私、今日もお昼の練習休んで来たこと……」
「え? あー……そうだったんだ」
多分そうだろうとは思っていた。
思っていたが……どう答えていいのか分からずに、曖昧な返事をしてしまう。
「うん、今回だけじゃなくて……実は前からずっと……」
「ま、まあいいんじゃない? 休みたい時は休めばさ。前にも言ったけど、俺も大概ズル休みしてるし……こんなこと言うとまた日野さんに、俺と朝日さんは違うって怒られそうだけど」
その言葉に彼女はクスっと笑うが、またすぐに憂いを帯びた表情に戻る。
「ごめんね……」
「えっ? 何が……?」
今度は突然の謝罪に困惑する。
「私、影山くんに甘えてるっていうか……すごく都合よく利用してるから……」
「り、利用……? 俺は利用されてるなんて、全く思ったことないけど……」
「……って言ってくれるんだろうなってのも分かってた。なんで休んでるのか理由を聞いて来ないのも、それでも受け入れてくれるのも……」
まるで告解でもしているように、今にも消え入りそうな声で呟かれる。
あの朝日光の言葉とは思えない、重たくて暗い罪悪感がひしひしと伝わってきた。
「だからこの前、ゲームセンターの前で絢火と会って全部バレた時に……本当はこれ以上迷惑かけちゃダメだって思って、もう来ないようにしようって思ってたんだけど……」
「……そうだったんだ」
「うん……私、ほんとダメな子だね……。影山くんだけじゃなくて、絢火にもお母さんにもずっと迷惑かけてるし……」
「確かに、それはそうかもしれないけど……むしろ、俺はそれを聞けて逆に安心したかも」
「……え? 安心?」
「だって朝日光といえば、うちの学校で一番有名な生徒で男女問わずに人気もあって……しかも成績も優秀で運動神経の抜群な完璧超人だと思ってたし」
「べ、別にそこまでは……」
眼の前で過剰に褒められた朝日さんが、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ゲームに例えるなら光属性の主人公タイプ。闇属性でしかもモブキャラタイプの俺とは全く住む世界の違う人だってね。実際、最初は迷惑をかける前に俺の方から早めに距離を取ろうと思ってたし」
あの時の感情を、改めて言葉にして吐露する。
「えぇ……そ、そうだったの……?」
自分が迷惑がられていたと思ったのか、少し寂しそうな顔を見せる。
「そりゃ、俺みたいな奴の日常にいきなり朝日さんみたいな人が現れたらそうなるって」
「……ごめん」
更にしゅんとしょげられる。
「でも、最初はそう思ってたけど……実際に二人で遊んだら普通に楽しかったし、もっとそうしたいとも思った。だから、朝日さんが練習をサボって俺の部屋でゲームしてたんだって知った時は、正直言って安心した。なんだ、俺と同じじゃんって」
「そ、それはそうだよ……私だって普通の女の子だし……」
「うん、だから俺はこれからも普通に……気兼ねなく朝日さんを誘おうと思う。もちろん、迷惑だと思われなければだけど……」
「ぜ、全然迷惑じゃない! だって、私も……すごく楽しかったし……」
「だったら、俺に悪いとか思わないで欲しいかな。それで、これからも俺の部屋でゲームをしてる時くらいは……しんどいことを一度隅に置いといて、その場で楽しいのを優先したっていいんじゃない?」
そんな刹那的享楽主義みたいな考えは、褒められたものじゃないかもしれない。
けど、俺らはまだ高校生で未熟も未熟だ。
重圧や責任、何かに押しつぶされるくらいならその前に逃げたっていいはず。
そうすることで、いずれ立ち向かわなければならない時に向かってパワーを溜められることもあるかもしれない。
「ってのが俺の考えなんだけど……。もちろん、俺には朝日さんの重圧なんて計り知れもしないから、めちゃくちゃ無責任なことを言ってるのかもしれないけど」
「ううん、私もそう言ってもらえてすごく安心できた……。影山くんってほんとに……その……優しいよね……」
俺の顔を見た朝日さんは、何か別の言葉を飲み込んでそう言う。
「優しい……? いや、どっちかって言うとこれは地の底から足を引っ張ろうとしてるわけだし、優しさとは真逆な気も……」
「確かに、それはそうかも……。じゃあ、ひどい人に訂正しとこっと」
そう言って、くすくすと笑う朝日さん。
ようやくいつもの彼女に戻ったように思えた。
「ただ……日野さんにバレた時だけは、共犯者として一緒に弁解してもらえると助かるかな」
「あはは、なにそれ」
「いや、ほんとにそれだけが気がかりで……」
「えー……どうしよっかなー……絢火、怒ると怖いからな~」
今度はニヤニヤと嘲るように笑う。
何か長々と語ってしまったが、纏めれば単純な話だ。
この光属性の笑顔が、俺にとっての弱点攻撃だというだけ。
これで彼女の重圧や罪悪感が全て消えてなくなるわけではないだろうけど、少しでも軽くなったのなら柄にないことを言った甲斐もあるかもしれない。
そうしている間に駅へと到着し、二人で「また」と次のサボリを共謀して別れる。
彼女が改札の向こうに消えていくのを見送り、夜風を浴びながら思う。
試験勉強全然やってねぇ……。
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