第130話:プチ同棲 その2
「みんなー! おっはよー!」
光がいつものように声を張り上げて、教室の扉を勢いよく開く。
するとクラスメイトたちが皆、それまでの行動を止めて光へと視線を集める。
普段はそれを教室の一番後ろの端の席から毎回眺めていた。
でも、今日の俺はその景色を真横から見ていた。
統制の取れたマスゲームのように一斉に、みんなの視線がこっちに向けられる。
何らかの驚愕のせいか、今日のそれは普段よりも早かったように思う。
「あれ? 二人で一緒に登校してるの珍しくない?」
女子の一人が、その驚きをすぐに疑問の言葉にして投げかけてきた。
「うん。さっき、駅でばったり会ったから」
「そ、そう……さっき、駅で偶然……」
二人であらかじめ示し合わせていた嘘の言い訳を口にする。
本当は昨晩、俺の部屋に泊まって、そのまま一緒に登校してきた。
しかも、それは一日のことではなく、今日からまだ六日も残っているなんて言えるわけがない。
そんな爆弾をこの場に放り投げてしまえば、瞬く間に連鎖爆発を起こして中等部も含めた全校舎が跡形もなく吹き飛んでしまう。
妙な追求を受ける前に、さっさと席に着こう。
そう考えて、入口から一歩踏み出そうとした瞬間――
「そっか。てっきり、お泊りしてきたのかと思っちゃった」
彼女が冗談めかして発した言葉に、二人して身体をビクッと震わせてしまう。
「ま、まさかぁ……ね? 黎也くん!」
「え? あ、ああ……うん、まさかそんな……アメリカから帰ってきたばっかりだし……」
二人して、たどたどしい否定の言葉を紡ぎ出す。
「あはは、だよね~。帰ってきた次の日にお泊りとか。二人揃ってどんだけ溜め込んでたんだよって感じだしね。流石にね」
光と一緒に、首を『うんうん』と何度も縦に振って同調する。
本当はアメリカから帰ってきた翌日に、親公認で一週間のプチ同棲生活を始めてる超弩級のバカップルなんです……とはこうなったら口が裂けても言えない。
ともあれ、そんな感じで少々の疑念を与えながらも始業前の時間はやり過ごせた。
その後、いつものように午前の授業を乗り越えて昼休みが訪れる。
***
「はい! あ~ん!」
「あ、あ~ん……」
隣から光が差し出してきたミートボールを一口で頬張る。
「美味しい?」
「お、美味しい……」
おいしい……けど……。
「じゃあ、もう一つ……あ~ん!」
「あ、あ~ん……」
続けて差し出された卵焼きを頬張る。
そんな俺たちの様子を、対面の日野さんが氷河期のような表情で眺めている。
いや、日野さんだけじゃない。
場所は食堂のど真ん中。
同級生から下級生に上級生、果ては先生たちもが俺たちを見ている。
「美味しい?」
「お、美味しい……」
天国と地獄を同時に味わう奇異な体験。
しかし、光は周囲の目なんて知ったことかと次々食事を口元に運んでくる。
「昨日はあんなによそよそしかったのに、どうしたら一日でこうなるの?」
逆に耐えきれなくなったのか、日野さんが俺の方に尋ねてくる。
「ど、どうしたらと言われると……」
まさか昨日からプチ同棲生活を始めて、浮かれ度が天元突破したなんて言いづらい。
「え~……だって、三週間も我慢してたんだからこのくらい普通じゃない?」
浮かれに浮かれた、トロットロの笑顔を浮かべながら光が言う。
その手元には、今朝早起きして作ったその浮かれっぷりを象徴する大きな弁当がある。
「全然。そもそも、元が普通じゃないレベルのバカップルだったのにそれ以上が普通なわけないでしょ」
「えへへ、そうなんだって。黎也くん」
「いや、褒めてないからね」
何を受けても回復効果に転じてしまう無敵状態の光に呆れる日野さん。
「まあ、私はもう慣れてるから別にいいけど……変な噂も流れてるし、多少は気を使った方がいいんじゃない?」
「変な噂って?」
「……私の口からはあんまり言いたくない」
少し顔を赤らめた日野さんが、視線を逸らして食事に戻る。
普段は遠慮なく何でもズバズバという彼女にしては珍しいなと首を傾げる。
また主に俺に対する中傷的な噂でも流れてるんだろうか……。
もう今さら傷ついたりはしないけど、それでもやっぱり気にはなってしまう。
そして、その噂とやらが俺の想像の斜め上を行くものだと知ったのは、昼休みが終わろうとしている頃だった。
***
昼食後、五時間目の授業が始まる直前――
「おい、黎也!」
次の授業の準備をしていると、修が扉を勢いよく開けて教室に入ってきた。
彼はそのまま力強い足取りで、一直線に俺の下までやってくると……
「お前が遂に朝日さんと一線を超えたって噂が流れてるんだけど、本当か……!?」
周りには聞こえない程度の声量で、俺にそう尋ねてきた。