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第129話:プチ同棲 その1

「プチ同棲……?」


 その聞き慣れない形容詞と名詞の組み合わせに首を傾げる。


「私、大会でアメリカに遠征してたでしょ?」

「してたね」

「で、昨日帰ってきて今日からオフなの。一週間」

「そうなんだ」

「だから、今日から一週間のプチ同棲!」


 なにが『だから』なのかよく分からず、頭の上にハテナを浮かべるしかない。


「じゃ、そういうわけで」


 そんな俺を置いて、光は荷物を抱えたまま、部屋の奥へと戻ろうとするが……


「ちょ、ちょっと待った……!」


 一旦、その歩みを止めて話し合うの体勢を作る。


「それって……今日から一週間俺の家に泊まるってこと?」

「ううん。違うよ」

「え? ち、違う……? じゃあ、今日は帰るってこと?」

「ううん。帰らないよ」


 眼の前で首を振る光に、困惑ゲージが更にぐんぐんと高まっていく。


「じゃあ、どうするの?」

「だから、プチ同棲」

「それって泊まるってことじゃないの?」

「違うよ。同棲だよ。いつものはお泊りで、今日からのはプチ同棲」


 頭がこんがらがってきた。


 とりあえず、光の中ではその『プチ同棲』とやらはお泊りと一線を画しているらしい。


「その違いはよく分かんないけど……お母さんは良いって言ってるの?」

「もちろん、今荷物持って来てくれたのもお母さんだし」

「それはそうか……でも、流石に今からいきなり一週間って言われると……」


 多分、お母さんの方には俺の許可をちゃんと取ったと言っているんだろう。


「やなの……?」


 段ボール箱で拾われるのを待つ子犬のように目をウルっとさせられる。


「うっ……嫌ってわけじゃないけど……」

「じゃあ、いいよね?」

「いや、でも……一週間ってなると……ほら、色々と……」

「色々って……?」


 ジッと純朴な目を向けてくる光。


 ここで男の生理がどうこうなんて言えるわけがないし、言えば藪蛇……いや、藪ドラゴンになる可能性もありうる。


「例えば……学校にバレたりしたら流石にまずいんじゃないかな……」


 校則に『プチ同棲禁止』なんて条項はないだろうけど、問題ないことはないだろう。


「それは……確かに、バレたらあんまりよくないかもね」

「だよね。変な噂とか立ったりしても……」

「でも、バレなきゃよくない?」


 何とか考慮するように誘導する俺に、光がシレっと言ってくる。


「誰にも言わなきゃバレないよね。普通にしてれば絶対バレないよねバレなきゃ大丈夫だよね」

「わ、わかったわかった。じゃあ、とりあえず今日は泊まるってことで」


 怒涛の攻勢に、あっという間に白旗を上げるしかなかった。


 最初から分かりきったことではあるけど、俺は光に甘すぎるのかもしれない。


 再び光を部屋へと迎え入れて、もう一人の甘すぎる人に一応連絡をしておく。


『――って光は言ってるんですけど、本当に大丈夫なんですか?』

『そう聞いてくるってことは、やっぱり影山くんの許可を取ったっていうのは嘘だったんだ。あの子ったら本当にもう……』

『俺の方は大丈夫なんですけど、一週間も泊まるのは流石に他の問題があるんじゃないかなと……一応、確認を……』

『ん~……まあ、確かに私の立場から問題ないとは言えないんだけど……。でも、苦手な海外遠征でも頑張って結果を出してくれたし、流石にちょっとはご褒美をあげないとね。影山くんには迷惑かけちゃうかもしれないけど、そこは……ほら、持ち前の包容力で包みこんであげて? もし、何かあったら責任は私の方で取るから』


 そんな風に、冗談めかしたいくつかの言付けを受け取った最後に――


『それに、三週間も電話越しに光を支えながら我慢してくれた君にもご褒美ってことで。しばらく試合はないし、何も我慢はしなくていいから。よろしくね』


 ……と、母親が言うには生々しすぎる言葉でその娘が俺に預けられた。


 こうして家族公認で、俺と光の一週間プチ同棲生活が始まった。


 とはいえ、その日は特に何かあるわけでもなかった。


 いつも通り一緒にゲームをして、ご飯を食べて、適度にイチャついて寝ただけ。


 光は普段のお泊りとはまるで違うように言ってたけれど、今のところその違いはない。


 ***


 翌朝、人の動く気配と何やら香ばしい匂いで目が覚めた。


 そういえば、昨夜は光が泊まったんだったと意識を覚醒させながら思い出す。


 掛け布団に包まりながら身体を少し起こしてベッドの上を見る。


 そこに光の姿はなく、寝ぼけ眼を擦りながら部屋を少し見渡すと――


「あっ、起こしちゃった? 朝ご飯、もう少しで出来るからちょっと待ってて!」


 エプロンを着けた光が、キッチンの方からこっちを覗き込みながら言った。


 その光景に、心の中でこれまで感じたことのなかった喜色が生まれる。


 なるほど……これが同棲か……。

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書籍第一巻は10月13日発売!!

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