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第128話:反動

「え? て、手……?」

「は、はい……! 恐縮ながら手を握りたいと思ってます……!」


 世界大会の決勝でもこうはならないだろうというくらいにガチガチになっている光。


 口調も何か変だし、ようやく慣れてきたと思ったらまた別の方向にいってしまってる。


「それはもちろんいいけど……なんで敬語?」

「えっ? これまでも敬語……じゃなかった……?」

「いや、敬語なんて使われた覚えがないけど……」


 同級生だから当然だけど、初対面の時から普通にタメ口だったはずだ。


「そ、そうでしたったっけ……」


 敬語とタメ口が混ざってめちゃくちゃなことになってる。


 このまま流れに任せてどこまで転がっていくのか観察したい気持ちがないといえば嘘になるけど、流石にこれ以上変な状況になったらしんどい。


「うん、敬語も使ってないし……手も普通に握ってた。こうやって」


 自分比で少し勇気を振り絞って、光の手を掴む。


 触れた瞬間に少しビクッとしたが、その感覚を思い出したのかすぐに向こうからも軽く握り返してきた。


「あっ、確かに……何か思い出してきたかも……」

「思い出してきた?」

「うん……! そう言われたらこんな感じだった気がしてきた……!」


 ……何かライト文芸の記憶喪失系ヒロインみたいになってるな。


「でも、実際はもっと……」

「もっと……?」

「いや、前の光なら……そっちからこうして指を……」


 握っていた手を少し緩めて、いつものように指の間に指を挟んでいくと――


「わ、私……! こんなことしてた……!?」


 しっかりと絡み合った五本の指を見て、光が戦慄の叫びを上げた。


「してたっていうか……しないと不機嫌になってた?」

「うそうそうそ……私、こんな恥ずかしいこと……だって、こんなのほとんど……」

「ほとんど?」

「な、なんでも……ない……です……」


 どっちがどっちの指なのか分からないくらいに絡まりあった指を見て、何を想像しているのか光が顔を真っ赤にしている。


 そうして、また歩き出して駅へと向かう。


「あっ、この駅! いつもこの駅から乗ってたよね!」


 改札を抜けて、電車に乗って……


「この電車に乗って……確か、三駅じゃなかったっけ……?」


 手を繋いだまま、もう片方の手で吊り革を掴んで電車に揺られて……


「この通りを2分くらい歩いて……ラーメン屋さんの角を右に曲がって……あ~、いい匂い~……懐かしい匂い……」


 馴染みのラーメン屋の店先から漂う匂いを嗅ぎながら歩き……


「このマンション……私、知ってる……!」


 遂にたどり着いたマンションを見上げて、光が喜びの声を上げる。


「光……」

「私、ここに来たことある……!」

「光……」

「あっ、君は……! もしかして……!」


 呼びかけに応じた光が俺の方を見る。


 元の輝きを取り戻した目で、ジッと俺の顔を見つめる彼女に――


「流石に、このノリを引っ張るのもそろそろ限界だと思う」

「えへっ、やっぱり?」


 真っ向からツッコミを入れると、向こうもおどけた様子で笑った。


「……というわけで、改めてただいま!」

「おかえり。ちなみに、どの辺から悪ノリしてた?」

「ん~……手を繋いだ辺りから?」

「そこまではマジだったんだ……」


 そんな感じで茶番(?)を終えて、久しぶりに二人で部屋へと入る。


「おじゃましま~す! わ~、久しぶりだ~! だ~いぶ!」


 部屋に入ると、何かを思い出すように光は真っ先にベッドへと飛び込んだ。


「そうそう、これこれ! この匂い!」

「に、匂いとかする?」

「うん、黎也くんの匂いがする。ずっと足りてなかったから」


 枕を抱きしめながらスーッと息を大きく吸い込んでいる光。


 ここは嬉しさよりも恥ずかしさの方が若干勝ってしまう。


「で! ここに、こうやって座っていつもゲームしてたもんね!」


 枕を抱えたまま、ベッドの定位置に座ってコントローラーを手に取る。


「してたけど……それ、まだ続けるんだ」


 さっきまでの流れをまだ引きずっている光に苦笑していると――


「だって、寂しかったんだもん!!」


 上半身をグッと近づけられて、そう言われる。


「三週間だよ! 三週間! 忘れちゃわないかとか、忘れられたりしないかって心配になっちゃうでしょ! 実際、久しぶりに会ったらどうやって接したらいいのか分かんなくなって、すっごく恥ずかしくなっちゃったし……」

「それはまあ、そうだけど……」

「それとも、黎也くんは寂しくなかったの?」

「いや、そりゃあ俺も寂しかったよ……」

「どのくらい!?」


 それだけでは満足いかなかったのか、更に詰めてくる。


「すごく。めちゃくちゃ」

「じゃあ、態度で示して」


 むっーっと目を細めて、顔を近づけてくる。


 これって多分、そういうことだよな……。


「んー……」


 案の定、目を瞑って完全な受けの体勢を作られる。


 でも、これこそ久しぶりすぎてめちゃくちゃ恥ずかしい……。


 唇同士を重ねるなんて前の俺はよくやってたな……という気持ちにさえなってくる。


「……まだ?」


 なかなか行動に移さない俺に、シビレを切らした光が尋ねてくる。


「まだっていうか……今は、ほら……まだ日も高いし……」

「前は明るいうちでもしてたよね?」

「まあ、そういう時もあったような……」

「してたよね!?」

「はい、してました……」

「じゃあ、して? 前にしてたこと、ちゃんと思い出さないと……んっ!」


 そう言って、また唇を突き出してくる光。


 確かに、いつまでもこの微妙にもどかしい感じを続けるわけにもいない。


 意を決して、彼女の両肩に手を乗せる。


 向こうも少し緊張しているのか、身体の強張りが手のひらを通して伝わってきた。


 顔を近づけて、ゆっくりと唇を重ねる。


 三週間ぶりに触れる彼女の唇は、記憶にあるそれ以上に柔らかくて甘かった。


「思い出せた?」


 顔を離して、照れ隠しにそんな感想を尋ねる。


「ん~……思い出すには思い出したけど~……」

「けど?」

「記憶の中だと二回三回って、もっといっぱいしてたような気がする」


 ジトッとした怪訝な目を向けながら、まだ足りないとばかりに光が言う。


 確かに、一回だけで終わったことなんて記憶を遡っても全く見当たらない。


 二回三回は当然で、多い時は二桁なんてこともざらにあった。


 でも、さっきの一回で俺のHP(Hikaru Point)はもう満タンになってしまってる。


 三週間ぶりというデバフがかかったままで、これ以上の接種は危険だ。


「でも、俺の記憶が確かならもっと大事なことを忘れてない?」

「大事なこと……? チューよりも……?」

「ほら、触りだけやって途中で止めてた……」


 言いながらパソコンの前に移動して、スリープ状態を解除する。


 何のことだろうと背中に怪訝な視線を感じながらマウスを操作して――


「こ、これは……!! アーマード・リング!!」


 夏休みに発売された超大作をテレビの画面に表示させた。


「確か序盤だけプレイして続きは帰ってきてからって止めてたよね」

「うん……最初のお城をクリアしたところで……」

「だったら、その次はまじで……いや、あれは自分で確認しないと――」

「うおー! 身体が闘争を求めるー!!」


 獲物を見つけた猛禽類のように、光がコントローラーへと飛びついた。


 なんとか誤魔化せた……と、ホッとする。


 それからは光がゲームするのを、じっと横で眺めていた。


 三週間ぶりに観る彼女のプレイはやっぱり華があって、リアクションも面白い。


 何はともあれ、ようやく三週間のギャップは消え、これで全てが元通りになった。


「戦祭りだー!! うおー!!」


 画面の中で、光が召喚した仲間と共にボスへと猛攻撃を加えている。


 中盤の難敵をほとんど初見のプレイで圧倒している。


「トドメだー!!」


 光が放ったトドメの一撃を受けて、ボスが倒れる。


「ふぅ……長く厳しい戦いだった……」


 激闘を制した光が額の汗を拭う。


 時間はあっという間に過ぎ去り、時計はそろそろ十九時を指し示そうとしていた。


 明日も平日だし、今日はこいつを倒したらお開きかな。


 別れはいつも名残惜しいけど、今日からはまた明日すぐに会える。


 そう思った直後に、光のスマホが通知音を鳴らした。


 ちょうどお母さんが迎えに来てくれたんだろうかと考えていると――


「あっ、ちょうど良いタイミングで来た。ちょっと行ってくるね!」

「え? 行ってくるってどこに?」

「すぐ戻るからこのまま置いといて!」


 俺の言葉を半ば無視して、ピューっと玄関の方へと向かう光。


 そのまま部屋の外へと出ていってしまった。


 帰った……わけじゃないよな? 荷物は置いてあるし……。


 一体どうしたんだろうと放置されたゲームの画面と共に待っていると、数分もしない内に戻ってきた。


「お待たせー! ふー……重たー……!」


 家出してきたのかと思うくらいに大荷物と共に。


「……それ、何?」


 ヨイショヨイショと言いながら持って入ってきた荷物を指差して尋ねる。


 前に、『二泊三日!』と言って見せられた時の物よりも更に大きい。


 そして、そんな俺の記憶に呼応するように光は――


「プチ同棲!」


 満面の笑みを浮かべて言った。


 そう、全ては元に戻ってなんていない。


 この時の俺はまだその一旦しか感じていなかった。


 100が一旦0になり、それが戻った反動で300まで突き抜けた恐ろしさを。

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書籍第一巻は10月13日発売!!

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