第127話:初恋アゲイン
「ちょ、ちょっと……! 絢火……! そんなはっきり言わないでよ……!」
「はっきり言おうがはぐらかそうが、そもそも意味分かんないし……その自虐風ノロケに付き合わされる身にもなって欲しいんだけど……」
はぁぁぁ……と、これまた深い溜め息を吐きながら日野さんが言う。
……初恋気分?
俺からしても全く理解不能な言葉に首を傾げてしまう。
「だ、だって……久しぶりに黎也くんの顔見たらほんとに嬉しくて嬉しくて……私ってこんなに黎也くんのこと好きなんだって再確認したというか……そしたら、そういえば私ってどうやって黎也くんに接してたっけ……浮かれて変な感じで接したら引かれるかもってってなっちゃって……それで話しかけるのに躊躇してたら逆にどんどん恥ずかしくなってきちゃって……」
「……どう思う?」
「まず、ほっとした。それと、気持ち的には分からなくもないかな。俺も久しぶりすぎて、どう接すればいいのか不安だったのは多少あるし」
俺の答えに、日野さんの向こうで光が『だよねだよね』と相づちを打つ。
流石にここまでじゃないけど。
「そう。誤解が解けたのならお腹空いてるから早くご飯食べに行きたいんだけど」
「あ、ああ……ごめん、足止めさせちゃって」
一歩退いて、俺もいつもの教室に向かおうとするが――
「ごにょごにょ……」
その前に、光が日野さんに何かを耳打ちする。
「そのくらい自分で言いなさいよ……」
「いいから……言って……!」
「はぁ……光がお昼を一緒に食べないって言ってるんだけど、どうする?」
……というわけで、何故か三人で一緒に食堂へ行くことになった。
移動中も光は優勝のことで生徒や先生に話しかけられ、祝福されていた。
食堂に着いてもそれは変わらずに、大勢の人が彼女を取り囲んだ。
それがようやく一息ついて、まず座席を確保する。
普段一人で食堂を利用する時はいつも端の席に座っていたけど、今日はまるで光の特等席とばかりに中央の空いている席へとついた。
四人掛けのテーブルへと最初に腰をかけるとその斜め対面に光が、正面に日野さんが座る形となった。
光には弁当が、俺にはコンビニで買ってきたサンドイッチがあるので日野さんがメニューの注文へと向かうと必然的に俺と光が二人きりで残されてしまう。
日野さんが帰ってくるのを待っているのか、まだ弁当には手を付けない光。
視線をこっちに向けることもなく、所在なげに包の布をいじっている。
嫌な……という程じゃないけど、微妙に気まずい沈黙。
でも、こういう時くらいは俺から攻めていくべきなんだろう。
「あの……」
そう思って会話を切り出そうとした瞬間――
――ビクンッ!!
と光の身体が椅子もろとも跳ねた。
「ご、ごめん……! びっくりさせるつもりはなかったんだけど……」
謝罪すると向こうも首を左右にブンブンと振って、『大丈夫』と意思表示する。
「遅くなったけど改めて、優勝おめでとう。それと、久しぶりに会えて嬉しい」
今朝、言いそびれた言葉を合わせて伝えると、光は顔をゆでダコのように真っ赤にしながら、『ありがとう。私も嬉しい』と首を何度も縦に振る。
「決勝の相手ってすごい人だったんだよね。今、ジュニア世界ランキング一位で今年プロ転向する予定の人だって記事に書いてあった」
視線を弁当箱に落としたまま、大きく一回頷く。
……やりづらい。
以前みたいに、『うおー!!!』って感じにグイグイ来られるのにもタジタジだったけど、こっちはこっちで非常にやりづらい。
「何? まだ恥ずかしいの?」
注文を終えた日野さんが定食の載ったお盆を手に戻って来る。
「これなら元のバカップルの方がまだましだったんだけど……」
「ははは……」
そう思われてたんだと苦笑いする。
全員の食事がテーブルの上に揃い、勉強会以来の三人での昼食が始まる。
日野さんは食堂の日替わり定食で、今日のおかずはは豚の生姜焼き。
光は女子にしては大きめの弁当箱の中に色んなおかずが入っている。
俺はコンビニで買ってきたミックスサンドイッチ。
三者三様の食事を黙々と食べていると――
「ひ、光はそれ……自分で作ってきたの?」
何か言わなければいけない気分になってきたので話題を振る。
「ごにょごにょ……」
「……そうだよ。大会で疲れて朝起きるの少し遅かったから冷食中心だけど。だって」
耳打ちされた日野さんが代理で答えてくれる。
「そうなんだ。けど、普通に美味しそうに見えるけどね」
そう答えて、サンドイッチを一口齧っていると――
「ごにょごにょ……」
「サンドイッチだけじゃ足りなさそうだし、おかず一つ食べる? だって」
また光が耳打ちし、それを律儀に日野さんが代弁してくれる。
「いや、それは流石に悪いかな。疲れてて、いっぱい食べたいだろうし」
「大丈夫。黎也くんに食べて欲しいから。だって」
「それなら……一つだけもらおうかな……」
「どれでも好きなのをどうぞ。だって」
「じゃあ、このいい具合にきつね色になってる卵焼きを……」
備え付けの割り箸を使って、おずおずと差し出された弁当箱から卵焼きを摘む。
口に入れるとほんのりとした卵の甘みが舌の上に広がった。
「うん、美味しい」
俺の家で過ごす時は大体外食か出前なので、手料理を食べる機会はあまりないけどやっぱり料理も上手だよなと感心する。
「うれしい。だって……これ、いつまでやらなきゃダメ?」
「だって、まだ恥ずかしいんだもん……」
もじもじと指先を合わせている光に、日野さんがまた大きな溜め息を吐く。
その後も三人で食事を続け、日野さんは呆れつつも代弁役を務めてくれた。
最初はこっちを見てもくれなかった光も少しずつ慣れてきて、最後の方は少しだけ言葉を直接交わすこともできた。
そうして昼休みから続く午後の授業も恙無く終わり、放課後を迎えた。
***
「じゃ、今日はこれで終わりだな。気ぃつけて帰れよ~」
担任の気だるげな締めの言葉で、今日の学業が終わった。
同時に、教室の至る所でクラスメイトたちの会話の声が湧き上がる。
この後どうするとか部活行こうぜとか。
そんな声が響く中で自分も帰り支度をしていると、ふと側に誰かの気配を感じた。
顔を上げると、まだ少し顔を赤らめた光が立っていた。
「きょ、今日って……バイトお休みの日だよね……?」
「うん、火曜日だからそうだけど」
まだ声が上ずっている光に、俺ははっきりと答える。
「だ、だったらその……い、一緒に帰らない? 良かったらだけど……」
「一緒に? もちろんいいけど」
「ほ、ほんとに!? じゃあカバン持ってくるね!」
心の底から嬉しそうにしながら光が自分の席へと駆け足で戻っていく。
そのまま隣の日野さんに何かを報告し、呆れ顔で何かを言われるとまた戻ってきた。
「い、行こ……!」
「う、うん……行こうか……」
そのまま二人で教室を出て、昇降口で靴に履き替え、正門を通って校外へと出る。
並んで歩道を歩いて駅へと向かうが、光がびっくりするくらいに喋らない。
いつもは俺が一の言葉を話す間に、十は話すのにずっと隣で照れてもじもじしている。
そんな彼女を意識していると、まるで俺まで初恋したてのようなもどかしい気分になってきた。
そのままある意味では以前よりも相手を強く意識しながら歩き続け、駅の手前にある交差点にまで差し掛かった頃――
「あ、あの……!」
不意に光が何かを決心したように口を開いた。
「な、何……?」
そんな彼女の緊張が伝播したように、俺も声が強張ってしまう。
一体、何を言われるのかと息を呑んで待っていると――
「て、手を握ってもよろしいでしょうか……!?」
まるで一世一代の大告白でもするような気迫で、そう尋ねてきた。