第124話:初日を終えて
「で、日野さんがなかなかストライクを取れなくてどんどんイライラしてるのが、もう大変で大変で……」
『絢火ってば、ほんとに負けず嫌いで悔しいとすぐにカーッってなっちゃって周りが見えなくなっちゃうタイプだもんね~』
「でも、意外とみんなは温かい目で見守っていたっていうか……本人は認めないだろうけど、結構愛されキャラな扱いなんだって新鮮な発見もあったかな」
帰宅したその後の深夜、俺は早速アメリカへと到着した光とビデオ通話をしていた。
『あはは、私も笑っちゃったからそれ本人には黙っておいてあげる』
「それはもちろん、お願いします……」
カメラに向かって頭を下げると、画面の中で光がコロコロと笑う。
こうして寝る前に通話をしたりするのはこれまでもよくあることだったけど、今は会えないという事実があるからか普段にも増してその笑顔が愛おしく思える。
『でも、いいなー……私も行きたかったなー……。私以外はみんな来てた?』
「いや、他にも修とか藤本さんも部活の練習があるからって来られなかったみたい」
『そっかー……じゃあ、帰ったら今度は全員で揃ってまた遊びに行きたいね!』
「うん、みんなもそう言ってた」
光の不在に思うところがあったのは、どうも俺だけじゃなかったらしい。
今日、遊んでいる最中にも『いつ帰ってくるのか』とか『帰ってきてからの予定』を何人にも聞かれた。
『ほんとに? じゃあ、今のうちにイメトレしとかなきゃ……』
スマホを片手に、その場でボウリングの投球フォームを取り始めた光に苦笑する。
「ところで話は変わるんだけど……」
『ん? 何?』
「光と日野さんって颯斗……風間と同じ小学校だったよね?」
『風間くん? うん、そうだよ』
「日野さんと風間ってその時に、何かあったりした?」
今日の一連の出来事の中、ある意味で一番気になった出来事について尋ねる。
ボウリング中……いや、遡ればその前から二人の間には何かあるように思えた。
あの雰囲気からして、本人たちに聞いても絶対に何も話してくれないだろう。
でも、同じ小学校で日野さんとも近しい光なら何か知ってるかもしれない。
別にお節介を焼きたいと思っているわけじゃないけど、もし何かあるのなら共通の知り合いとして今後の付き合いのためにも知っておきたいと思った。
『ん~……確か、小さい頃は同じマンションに住んでて幼稚園に入る前からの幼馴染だったんじゃなかったかな。それで家族同士も仲良しだったらしくて、旅行とかも一緒に行ってたみたい。だから、小学校の時はよく二人で喋ってたのも見たかな~……』
「へぇ……そうだったんだ……」
日野さん、幼馴染属性持ちだったんだ……とオタクらしい感想を抱いてしまう。
にしても颯斗のやつ、それならそうと言えばいいのになんで隠してたんだ……。
『でも風間くんがお父さんの仕事の関係で引っ越して、中学は別になっちゃったからそこからは絢火の口からもあんまり名前も聞かなくなっちゃったかな……』
「なるほど……じゃあ、もしかして……その……当時は付き合ってたり……とか?」
『う~ん……それはどうなんだろ……絢火はそういうのじゃないからって言ってたけど、やっぱり怪しかった……?』
「まあ、多少……」
俺の質問の意図を察してきた光に、こっちからも素直に答える。
高崎さん相手にデレデレしていた颯斗に対する舌打ち。
少なくともあれには幾分かの嫉妬らしき感情が混ざっているように思えた。
もし、何も思っていない相手ならあの日野さんがあそこまで感情を剥き出しにはしないだろうし。
『じゃあ、やっぱり絢火もそうだったのかなぁ~……』
「日野さん“も”って?」
『風間くんって小学校の時は女子にすっごく人気だったから』
「え? は、颯斗が?」
俺の知ってる風間颯斗のイメージとは全く違う情報に変な声が出る
『うん。運動も勉強もできて、いつもみんなの中心にいる感じ?』
光が発する言葉に、返す言葉を失ってしまう。
俺の知ってる風間颯斗は、高校デビューに失敗して昼休みは無人の教室でひっそりと弁当を食べながら陽キャへの呪詛を吐いている男だ。
いくら小学校の時とはいえ、今の颯斗の姿とは全く重ならない。
『当時の友達でも風間くんかっこいいよねーみたいに話してる子、多かったし』
「へ、へぇ~……」
『バレンタインの時とかもすごかったって噂を聞いたりもしたかなー……』
そんな俺の知らない颯斗のことを、つらつらと語る光に――
「じゃ、じゃあ……やっぱり、光も多少は憧れたり……?」
つい、絶対に聞かなくてもいいようなことを聞いてしまう。
『え? 私? え~……どうだろうな~……?』
即座に俺の嫉妬心を察したのか、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべられる。
『もしそうだったって言ったら嫉妬しちゃう?』
「いや、小学生の頃だし……別に嫉妬なんか……」
『そうなの? じゃあ、私の初恋の話……しちゃおっかな~……? してもいい?』
「光がしたいって言うならすればいいんじゃない……?」
過去はどうあれ今の彼氏は俺なんだから……と思いつつも、不貞腐れた声が出てしまう。
自分から聞いたくせにダサすぎて、自分が嫌になってくる。
『あ~、うそうそ。嘘だから怒んないでってば~』
「お、怒ってはな――』
そんな自分のダサさを何とか取り繕おうとしている俺に――
『私の初恋はちゃんと黎也くんだから……ね?』
画面の向こう側から光が臆面もなく、そう言ってきた。
「あ、ああ……そうなんだ……」
『そうなんだから、ちゃんと光栄に思ってよ? 思ってる?』
「はい……光栄です……」
嬉しさと恥ずかしさで、顔が真っ赤になっているのが分かる。
ビデオ通話の画質の悪さに救われた。
「と、ところでそっちはどう? 時差ボケとかは?」
こんな話を続けてると、会えないのがますます辛くなりそうだと話題を切り替える。
『いつもは大変だったんだけど、今回は全然大丈夫だった!』
「そっか。前に、海外遠征は苦手だって聞いてたから心配だったけどそれなら良かった」
『うん! それに聞いて聞いて! 着いた時に少しだけ見学させてもらったんだけど、お世話になる施設がすっごいの! コート上の動きが全部カメラで撮影&解析されててこれぞ最新鋭って感じ!! 機材がピカピカーって虹色に光ってたらもっと良かったんだけど――』
全然大丈夫という言葉通り、興奮気味にひたすら喋り続ける光。
俺は深夜の眠気を堪えながら、そんな彼女の言葉に相槌を打ち続けた。
楽しいけど大変だった一日の終わりに、ほんの束の間の幸福なひととき。
けれど、これから耐えなければならない日々の長さに対してそれはあっという間に過ぎていき――
「ふぁ……」
午前二時を過ぎた頃に、限界が近くなった身体が自然にあくびを漏らした。
『あっ、眠い? 私、夢中になって話しちゃってたけどそっちはもう深夜だもんね』
「うん……ちょうど二時を過ぎた頃……そっちはそろそろ練習?」
『ん~……もうちょっとしたらかな。練習っていうよりも初日だから軽く調整だけして後は見学って感じだけど……あっ、ちょうどお母さんが呼びに来たみたい。すぐ行くから待っててー!』
画面の向こうで振り返った光が、扉の向こうに声を張り上げる。
「じゃ、大変だろうけどいつも通りに楽しんできて。また明日の夜……そっちの昼にかけるから」
『うん! それじゃ行ってくるね! おやすみ!』
最後に光が向こうで手を降って通話が切られた。
同時に、限界を迎えた身体がベッドにドサッと倒れ込む。
残り二週間の夏休み、ゲーム開発にバイトに勉強と光がいなくてもやるべきことは多い。
それに夏休みが終わったら、今度は新学期が始まる。
高校二年の二学期は受験を前にイベントが目白押しだ。
一年の時は憂鬱だった体育祭や文化祭も、光と一緒ならきっと楽しいに違いない。
近い未来を夢想していると、意識はあっという間に微睡みに沈んでいく。
そうして、光のいない残りの夏休みはあっという間に過ぎ去っていった。
書籍第二巻発売まで一週間を切りました!!
毎回毎回、宣伝しつこくてすいません!!
でも、もっといっぱい売れて欲しいんです!!
どうか、どうか何卒よろしくお願いします!!
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