第122話:光のいない日々 その7
そのまま男子たちの投球から第二ゲームが開始された。
しかし、大樹さんに女子を取られたことで気が逸っているのか皆が失敗を重ねる。
「くそっ、ミスった……!」
「あ~ん……! はやてぃ、どんま~い……!」
一ゲーム目のMVPである颯斗も、調子を乱されたのか一投目は7ピンに留まった。
そうして、大本命――三組目の大樹さんがボールを持ってアプローチへと上がる。
本人は『なんでこんなことになってんだ……』とため息を吐いているが、女子たちからは凄まじい量の黄色い声援が上がっている。
もはや自分のペアの男子のことなんて皆、完全に忘却の彼方だ。
更にここで大活躍されたら男子たちの立つ瀬が完全になくなってしまう。
流石に、ちょっと手を抜いてもらおうかと目線で言外に伝えようとするが……
――キッ……!!
……と、日野さんがそれを制するように刃物のような眼光で睨まれた。
怖っ……と怯んでいる間に、大樹さんが投球動作に入ってしまう。
大きな歩幅で数歩歩いて、勢いよく投げ込まれる。
特に回転はかかっていない単にスピードの乗ったボールがレーンを転がり、凄まじい音を立てて全てのピンを弾き飛ばした。
モニターにストライクの演出が表示され、女子たちから更に歓声が上がる。
一方で、大樹さんは当然だとでもいうように平然と席へ戻っていく。
罰ゲームで怒りゲージが溜まっていた日野さんも、満足げに表情を緩ませている。
その点に関しては良かったのかもしれないけど……
「おい、黎也。次、お前だろ? ぼーっとしてないでさっさと投げろよ」
この後は投げづらいなぁ……。
あんな力強い投球の後に、俺のへなちょこ投球を見せるのは恥ずかしい。
けれど、やらないわけにはいかないと立ち上がってボールを手に取る。
「うわっ……見えづらいな、これ……」
罰ゲームのサングラスのせいで、レーンの向こう側が朧気にしか見えない。
ただでさえ下手なのに、これじゃまともに投げられる気もしない。
みんなが大樹さんに注目している間に、さっさと投げよう……。
転ばないように軽く助走を付けて、ヒョイッとボールを放ると――
「……おっ?」
不明瞭な視界が幸いしたのか、自分への期待の無さで上手く肩の力が抜けたのか。
投げられたボールはレーンをスーッと軽快に転がり……
「おぉ……」
並べられた全てのピンを、ドミノのように綺麗に倒してしまった。
再び、モニターにストライクの演出が表示される。
けど、さっきとは違って大きな歓声は上がらない。
皆、自分たちのレーンや大樹さんの方に注目していて気づいてさえいなかった。
まあ、俺としてはその方が気楽でいいんだけど……。
そう思って、そそくさと席に戻るとただ一人――桜宮さんだけが俺の方をじっと見ていたのに気がついた。
意外そうというわけでも、ペアのストライクに喜んでいるわけでもない。
ただ無言で、居心地が悪そうに唇を真一文字に引き絞っている。
一体それがどういう感情なのか、何故か俺には手に取るように分かってしまった。
『足、引っ張んないでよね』
あの一言が、自分自身への重圧として跳ね返ってきてしまっているのだと。
「なんか……運が良かったのかな……。当たりどころが良かったというか……」
軽くフォローしてみたけど返事がない。
次の自分の番のことで、いっぱいいっぱいになってしまっているらしい。
普段は綺羅びやかで、いつも自信満々そうに見えた桜宮さんが、まさか一皮剥けばこんなガラスのメンタルの持ち主だったとは……。
本来は俺がここまで気を使う必要はないはずなんだけど、その振る舞いにどうも共感を覚えてしまって放っておけない。
光ならこういう時は、どうするんだろう……と考えている間にも次々と順番が進んでいった。
全体的な順位は大樹さんが大活躍しつつも、相方の日野さんがそれを適度に抑えて独走とはならなかった。
颯斗と高崎さんのペアも相変わらず調子が良く、一位の後ろにピッタリと張り付いている。
そんな中で俺はといえば、サングラスのおかげか奇跡のような投球を繰り返していた。
大樹さんにこそ及ばないものの要所でストライクやスペアを取り、なんとか一位の可能性もある位置をキープできていた。
一方で桜宮さんは、俺の調子に反比例して凡ミスを重ね続けていた。
自分が勝って場を盛り上げたいという想いが、ことごとく裏目に出ているようだ。
そんな感じでどこのペアも抜け出すことはなく、遂に最終フレームが訪れた。
「あーっ……! ミスった~……!」
まず颯斗と高崎さんペアが、スペアを取り逃がしてスコアを確定させる。
一ゲーム目と同じく高スコアではあるが、次の大樹さんの投球で逆転されるだろう。
「もう少し右だったぁ~……!」
「あ~あ……じゃあ残念だけどぉ……さっきの約束はなしってことで……」
「くそぉ~……!! あと少しだったのに……」
高崎さんからの何らかのご褒美を失った颯斗がその場で崩れ落ちた。
そんな情けない姿を鼻で笑いながら、次の日野さんがアプローチに上がる。
彼女もここまでは第一ゲームより多少マシとはいえ、ほとんどスコアを伸ばせていない。
もしここで彼女がストライクを取れば、俺たちの逆転の目はほぼなくなってしまうが、その心配は流石にないだろう。
一番軽いボールを構えた彼女が、ぎこちない足取りで助走を付ける。
そのままレーン上に放り込まれたボールは、ここに来てど真ん中へと投げ込まれた。
「いけーっ!!」
珍しく、日野さんが声を張り上げた。
勢いこそないが、ボールはレーンの中心線をピッタリと捉えている。
そのまま並べられたピンの先頭に当たるが――
「も~~! なんで全部倒れないのよ!!」
一本だけ残ったピンを見て、日野さんが悔しそうに足を踏み鳴らす。
「大樹さん! 後はお願い!」
「お、おう……にしても絢火ちゃん、何か変わったというか……そんなキャラだったか……?」
ここぞとばかりに負けず嫌いの炎を燃え上がらせる日野さんと交代して、大樹さんがアプローチへと上がる。
一投目で勝負が決まるのは避けられたが、依然として絶好のスペアチャンス。
大樹さんならほぼ確実に取りきるだろう。
そうなれば、俺たちに逆転の目はほとんどなくなってしまう。
でも、せっかくここまで争ったんだから勝ちたい気持ちは俺にも当然ある。
ボールを構える大樹さんの背中を見ながら、何か策はないのか……と考えた直後、天啓が降りてきた。
『影山くん、これは真剣勝負……ルール無用の世界だよ? 勝つためには手段なんて選んでる場合じゃないの!』
それは俺と光がまだ『朝日さん』『影山くん』と呼び合っていた頃の戦いの記憶。
「あっ、依千流さん……!」
「なっ!? み、水守さん……!?」
俺の言葉に、これまでは完璧だった大樹さんのフォームが大きく崩れる。
狙いのラインを外した投球は、そのまま残ったピンの横を通り抜けていった。
結果を見るよりも先に、振り返った大樹さんが辺りをキョロキョロを見回す。
そして、目的の人物の姿がないことに気がつくと怪訝な表情で俺の方を向いた。
「おい、黎也……お前、やりやがったな……?」
「すいません。見間違いだったみたいです」
悪びれずにシレっと言うのがコツだと教わった。
それにしても、あんな漫画みたいに綺麗にハマるとは思わなかったけど……。
「この野郎……でもまあ、少しはやるようになったじゃねーか」
何故か少し嬉しそうに、弟子の成長を喜ぶ師匠のようなことを言う大樹さん。
そのまま席へと戻って、少し不服そうにしている日野さんに笑いながら謝罪している。
光仕込みの盤外戦術で何とか首の皮一枚は繋がったけれど、依然として窮地に立たされているのには変わりない。
逆転するには、このフレームで最低でも二十点以上は取らないといけない。
三組しかない他二レーンは既にゲームを終えて、全員がこの決着に注目している。
たかが遊びのボウリングとはいえ、これだけ見られると流石に緊張する。
でも、だからこそ勝ちたいと言う想いも当初より強くなっていた。
光がいなくても自分で場を盛り上げられれば、きっと大きな自信に繋がる。
俺にとっても……桜宮さんにとっても。
そのために、まずは相方が少しでも落ち着いて投球できる状況を作ろう。
「桜宮さん、前のスペアのことはあんまり気にしないで楽に――」
そう思って、隣の桜宮さんに声をかけるが――
「大丈夫、大丈夫……私ならできる……大丈夫、大丈夫……」
彼女はうわ言のようにそう言いながら、化粧の上からでも分かるくらいに顔を青ざめさせていた。