第120話:光のいない日々 その5
「ボウリングですけど……大樹さんこそ、なんでこんなところに?」
「なんでって、そりゃ俺もボウリングに決まってんだろ」
そう言って、戻ってきたボールを片手で持ち上げる大樹さん。
周りには他には誰も居らず、モニターにも名前は一人分しか表示されていない。
「一人ですか?」
「見りゃ分かんだろ」
「ま、まあ……それは分かりますけど……」
危うく、言ってはいけない言葉を発しそうになったのを何とか飲み込んだ。
「ちょっと、ボウリングを使った戦闘システムを思いついてな。せっかくだし、自分で投げて感触を掴んでおくかってことで……」
「はぁ……なるほど……」
一番重いボールを片手で軽々と持ちながら大樹さんが言う。
確かに昨今のゲームの戦闘システムは多岐に渡り、ピンボールやクレーンゲームを応用したものまで存在している。
ボウリングを応用した戦闘システムというのも確かにいけそうな感じはする。
それで、一人で実地に来るのは大樹さんらしいと言えばらしいのか……。
「でも、せっかくなら依千流さんでも誘えばよかったんじゃないですか?」
「み、水守さんをって……きゅ、急に誘ったら失礼かもしんねーだろ……」
顔を赤くしながら慌て気味に言う大樹さん。
変則とは言え一度デートしてるのに、未だにそんな感じなのかと内心で少し呆れる。
三歩進んで三歩下がるというか……俺も偉そうに言える程じゃないけど、こと恋愛に関しては相変わらずヘタレもヘタレだな……。
「ねえ、さっきから誰と話して……って、大樹さん」
振り返った日野さんが親友の兄を見つけて、少し驚いたように言う。
「おっ、絢火ちゃんもいんのか。で、そっちはもしかして京ちゃんか?」
「ん……あっ、光のお兄さん……お久しぶりです」
自分の名前を呼ばれて振り返った桜宮さんも、その存在に気がついて会釈する。
どうやら二人は多少の面識がある感じらしい。
「久しぶり。てか、なんだよお前。光がいなくなったその日に別の女子二人とボウリングとか」
「いやいや、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ……他にも大勢で来てますから……」
からかうように言ってきた大樹さんに、一応弁明しておく。
冗談だろうとは思うけど、そういうところから根も葉もない噂が広がったりするから気をつけて欲しい。
「おーい、影山、次、お前の番だぞ……ん? 知り合いか?」
俺の順番を呼びかけた大場くんが、大樹さんを見て怪訝そうに言う。
「あっ、うん……えっと……この人は、大樹さんって言って……」
流石に、彼とは面識がなかったらしい。
でも、かなりクセの強い人なので素直に紹介するべきなのかどうか悩んでいると――
「光のお兄さん」
隣の日野さんが、あっさりと答えた。
勝手に紹介いいのかなと思って目配せすると、向こうからも『この状況なら仕方ないでしょ……』と無言で語りかけてくる。
「へぇ~……朝日さんの……どうも、朝日さんの同級生で大場って言います」
「おう、大場な」
大場くんの挨拶に、大樹さんがやや素っ気なく答える。
そういえば、俺が初めて会った時もこんな感じだったなと少し懐かしい気分になった。
俺とはゲーム好きという共通点があってすぐに打ち解けたけど、
「ねえねえ……あの人、誰かな?」
「さあ、でもすっごくイケメンじゃない?」
「うん、背も高いしかっこいいー……大学生かな? 誰かの知り合い?」
大場くんを皮切りに、女子を中心に他の人たちもその存在に気づいていく。
「朝日さんのお兄さんなんだって」
「え!? 光って兄妹いたの!?」
「へぇ~……知らなかったぁ……でも、光のお兄さんなら納得~……」
そうして案の定、女子たちが皆ペアを放って大樹さんのところへと集まってくる。
「あのあのっ……! お名前は何て言うんですか……?」
「名前? 朝日大樹だけど……」
名前を言うだけで、女子たちがキャーキャーと色めき立つ。
このルックスに、朝日光の兄という属性が合わさってまるで人気アイドルのような扱いだ。
「大学生ですよね!? どこの大学に行ってるんですか!?」
「東大の理Ⅱだけど」
「東大だって! すごーい!」
割と面倒くさそうに対応しているにも拘らず、更に盛り上がっていく女子陣。
しかし、問題は一皮剥けばその外見を台無しにしてしまうくらいに中身が独特(柔和な表現)だということだ。
これ以上、交流を続けていけばそれはすぐに露見してしまうだろう。
なんなら今この瞬間にでも、スマホからギトギトのゼロ年代電波ソングが流れ出してもおかしくない。
大樹さん一人が勝手に評価を落とす分には問題ないが、それが妹の光の評判にまで及ぶ可能性がないとは言い切れない。
「あの、良かったらこっちで一緒にやりませんか?」
そんな俺の思いとは真逆に、女子の一人がとんでもない提案を口にした。
「一緒にって……それは流石に迷惑だろ……」
「迷惑なんて全然! そんなことないですよ! ねっ?」
「うん! 光のお兄さんなら大歓迎! 是非、一緒にやりたいです!」
「そう言われてもなぁ……」
すっかりと乗り気になっている女子陣に、困ったように頭を搔いている大樹さん。
どうしたもんかと俺に助けを求めるような視線を送ってくる。
女子高生に囲まれてデレデレするようなタイプじゃなかったのは良かったと思う反面、光が不在のこの状況で更に悩みの種が追加されるのは正直避けたい。
「あ、あの……みんな……大樹さんも一人でリラックスしにきてるみたいだからそのくらいにして……」
そう思って、なんとか合流は避けようとするが……
「じゃ、私が大樹さんと組む」
隣の日野さんが小さく手を上げて、真っ先にそのペアの座を掻っ攫っていった。
こ、この人……! 平穏よりも勝ちを取りにいきやがった……!
大樹さんが大型爆弾なのは誰よりも分かっているはずなのに……。
一体、どれだけ負けず嫌いなんだ……。
「い、いや……日野さんに大樹さんと組まれたら俺が余るんだけど……」
「別に、絶対ペアでやらないといけないわけじゃないんだから一人でいいじゃない。その方が光も安心するでしょ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「じゃあ、そういうわけで次のゲームからは私と大樹さんが組むからよろしく」
淡々としながらも有無も言わせないその圧力に、大樹さんを含めて誰も口を挟めなかった。
まあ確かに大樹さんのケアは必要になるけど、これで変な重圧からは解放されるかもしれない。
日野さんも、とりあえず最下位から脱出できれば機嫌もよくなるだろうし。
そうやって何とかポジティブな方に切り替えようとしていると――
「もしもし、俺だけど……え? まじで!? うわっ……完全に忘れてた……」
桜宮さんとペアを組んでいた椋本くんが、誰かからかかってきた電話に慌てた様子で対応しているのが目に入った。
「分かった。じゃ、今から行くわ……というわけで、悪い! 大場!」
「ん? どうした?」
「ちょっと急用が入って、すぐに帰らねーといけなくなった! すまん!」
彼はそう言うと、大慌てで荷物を纏めて出口へと走っていった。
「なんだ、あいつ……あー、でもこれで人数的にはちょうど良くなったのか」
大場くんは何気なくそう言いながら俺と、ペアを失ったもう一人を交互に見る。
彼の視線を追うように右を見ると、向こうも同じタイミングで振り返っていた。
同じくペアを喪失した桜宮さんと、今日初めてしっかりと目と目が合う。
こうして朝日大樹は、遺憾なくその効果を発揮してくれた。
お知らせです!!
GA文庫より「光属性美少女の朝日さんがなぜか毎週末俺の部屋に入り浸るようになった件」の第二巻の発売が決定しました!!
発売日は来月3/15頃となっています!!
https://ga.sbcr.jp/product/9784815626952/
物語は朝日さんの熱い告白で幕を下ろした一巻の続きになりますが、なんと二巻は書き下ろし部分が一巻よりもかなり多いです!(頑張りました!)
具体的にどのくらいかといえば、全体の4割近くが書き下ろしになってます!
特に後半部分はほとんどが書き下ろしなので、Web版読者の方でも甘さとエモさとがマシマシで新鮮な光と闇のラブコメ成分が楽しめると思います!!
既に各書店での予約受付も始まっているので、何卒よろしくお願いします!!
絶対に三巻も出したいんで、ここまで応援してくださった皆さんの力をもう少しだけお貸しください!!