第119話:光のいない日々 その4
光なら……光なら……と、口から闇を吐き出しながら自分の席に戻っていく桜宮さん。
よもや、まだこれだけ拗らせてるとは思わなかったので少し怖くなる。
隣では依然として、日野さんがメラメラと炎の宿った目で動画を見てるし……。
早くも、この場から逃げ出したい衝動がふつふつと湧き出してきた。
これほどまでに光が側にいて欲しいと思ったことはないかもしれない。
今日からの三週間は、これまでの人生よりも長く感じそうだ……。
そうして三組目の投球が終わり、続いて颯斗たち四組目の順番がくる。
「はやてぃ~! 頑張れ~!」
「は、はやてぃ……?」
高崎さんに早速付けられたあだ名に戸惑いながらも、颯斗がボールを手にアプローチへと上がる。
普段は体育の授業を一緒にサボっている陰キャ仲間。
ここも俺と同じくらいのスコアで、一緒に地の底で笑い合うような結果になるんだろう。
そんな呪いのような思いを頭に過ぎらせるも……
「ほっ……!」
意外と熟れた軽やかなフォームから投げられたボールは、そのままピンの先頭へと吸い込まれるように転がって、カコーンと全てのピンを弾き倒していった。
「わ~!! はやてぃすご~い! ストライクだぁ~!」
高崎さんの歓声と共に、モニターにストライクの演出が表示された。
「おー、やるじゃん。風間」
「お、おう……まあな……」
「はやてぃはやてぃ! こっちこっち~! いぇーい! ハイタ~ッチ!」
「い、いぇーい……?」
大場くんからの称賛を受けて少し気恥ずかしそうに席へと戻った颯斗が、そのまま隣の高崎さんとハイタッチをする。
「はやてぃってボウリング得意なの?」
「べ、別に得意ってわけじゃねーけど……」
「でも、すっごい上手かった~! ねえねえ、どうすればストライクって取れる? 私にも教えて? ボールってどうやって持つのがいいの?」
「どうやってって……まあ普通にこうして穴に指を入れて……」
「ん~……穴に指って、どのくらい入れればいいの~?」
「そ、それは人それぞれっつーか……自分の好みでいいんじゃねーかな……」
「じゃあ、はやてぃはどのくらいまで入れるのが好き? 浅いところにギュって引っ掛ける感じ……? それとも~……奥までずぶ~ってしちゃう……?」
「お、俺は結構奥まで入れてしっかり持つ方かな……そっちの方が投げやすいし……」
「へぇ~……そうなんだぁ。私も奥まで入れる方が好きかな~」
颯斗にべったりとくっついて、妙に不健全な感じで指導を受けている高崎さん。
光不在のタイミングでまだまだ俺にちょっかいをかけてきそうな心配があったけれど、颯斗が上手くアグロを取ってくれたみたいだ。
颯斗の方もまんざらでもなさそうだし、WIN-WIN-WINで纏まった。
運動下手仲間だと思っていたはずの颯斗が上手かったのは複雑だけど、これで不安の種は一つ取り除かれた。
そう思って、ふぅ……と一呼吸入れていると――
「何よ……デレデレして……」
隣から舌打ち混じりの怨嗟の声が響いてきた。
その根源の方へと振り返ると、日野さんが顔を顰めながら颯斗たちの方を見ていた。
「ひ、日野さん……? 何か言った……?」
「別に……何も言ってないけど」
明らかに『別に』では済まないような口調でそう言うと、彼女は再び視線をスマホの画面へと落とした。
表情こそいつも通りだけど、熱せられたマグマのような感情が全身から染み出している。
小学校が一緒だったとは聞いてたけど……やっぱり、何かあるのかな……。
とはいえ、今の状況でそれを聞き出せるわけもなかった。
続いて第2フレーム、今度は順番を入れ替えて日野さんからの投球で始まる。
動画を見て、さっきよりも少し堂に入った構えでボールが持たれた。
そのまま、トコトコと歩いた勢いのままで投擲されるが……。
――ガコッ。
ボールは再びガーターレーンへと吸い込まれていった。
「ど、どんまい日野さん! さっきよりは良くなってるよ!」
一投目よりは数メートル先に進んだ事実で何とか励ましの言葉をかける。
無言のまま、気にしていない風を装って戻ってくる日野さん。
しかし、その足踏みには明らかな怒りの感情が混ざっている。
彼女は席に着くと、再びスマホを手にしてレクチャー動画を観始めた。
続く俺の二投目は何とか意地を見せて七本倒したが、それでもスコアは『9』と圧倒的な最下位だ。
その後も低調な俺たちに対して、絶好調なのは颯斗と高崎さんのペアだった。
二フレーム目では最初の高崎さんが八本倒し、颯斗が残った二本を無難に倒してスペアを獲得。
以降も順調にスコアを稼いでトップをひた走っている。
その後ろを桜宮さんペアと大場くんペアが競いながら追う形の勝負になっている。
「お、惜しい……! 後ちょっとだったのに……!」
ピンの手前1mのところでガーターになった日野さんにまた励ましの声をかける。
「いやぁ……ボウリングって難しいなぁ……俺も全然だし……」
この低スコアの責任は俺にもあると、彼女の負担を和らげようとするが――
「じゃあ~……次、ストライク取れたらほっぺにチューしたげる~」
「えっ!? ま、まじで……?」
「うん、だからぁ~……頑張ってね?」
「お、おう! 任せろ!」
テーブルを挟んだ対面で、颯斗と高崎さんがイチャつき続けているせいでその声も全く耳に届いていない。
頭上の怒りゲージが凄まじい勢いで溜まっているのが幻視できる。
このままだと二重のフラストレーションで日野絢火山が爆発しかねない。
他の皆も、この弄るに弄れない緊張感に口数が少なくなっている。
もし、ここに光がいてくれたらきっと……
『予告ストライク!! いくぞー!! とりゃー!! やったー!!』
って感じに、一投で同時に三レーンのストライクを取るスーパープレイで嫌な空気を一掃してくれたんだろう。
けど、今ここに彼女はいない。
代わりに俺が少しでも場を盛り上げて、この雰囲気を和らげないと……。
「さ、桜宮さん……! ナイススペア……!」
今度は見事なスペアを決めた桜宮さんに全力の拍手を送る。
彼女もこれには手応えを感じているのか、他の人たちとハイタッチをしたりして喜びを分かち合っている。
そうだ。桜宮さんも秀葉院では名の知れた一軍女子の筆頭。
こうして場を盛り上げる術には精通している。
「な、ナイススペア!! やっぱり上手いなぁ!!」
ドリンクホルダーを挟んだ隣の席に戻ってきた彼女に、もう一度称賛の声をかける。
一緒に、どんどん場を盛り上げていこう!!
そう言外のコミュニケーションを取ったつもりだったが……
「はぁ……なんで私っていつもこうなんだろ……」
席へと座った彼女は、ため息を吐き出してから俺にだけ聞こえる声量で続けていく。
「もう勝負がついてから……プレッシャーのない状況じゃないと上手くいかないのよね……。さっき、ストライクの後にこれが出来てたらまだ追いつけたかもしれないのに……。光と違って勝負弱いっていうか……こういうのを『持ってない』っていうのかな……」
……誰か助けてくれ。
左の燃焼と右の毒。
左右からそれぞれ異なる属性の持続ダメージを受け続けている。
自分一人でこの空気を変えるのは流石に無理だと考えていると――
背後からパカーンパカーンと連続で気持ちの良い音が聞こえてきた。
来た時は空きレーンだったけど、いつの間にか誰か入ってきたんだろうか。
そう思って振り返ると、ちょうど投球が終わったその人物と目が合う。
「ん? おっ、黎也じゃん。何やってんだ?」
ターキーの演出が流れるモニターの横に朝日光の兄――朝日大樹が立っていた。