第118話:光のいない日々 その3
「んじゃ、くじ引くぞー!」
今日のメンツが皆揃ったところで、大場くんがスマホを手に声を張り上げた。
「くじって?」
「そりゃ、ボウリングのペア決めのくじに決まってんだろ」
俺の質問に、彼は何を当たり前のことを聞いているんだとばかりに答える。
「あー……今日ってボウリングするんだ」
「ん? 言ってなかったっけ? でも、ボウリングが無理なんて流石にないよな?」
「無理じゃないんだけど……ペアってことは……」
「もち、男女ペアだろ!」
大場くんがサムズアップした手を俺に突き出してきた。
来ているメンバーがちょうど男女同数なので、そんな予感はしてたけど……。
「それはちょっと……ほら、俺には……」
「いやいや、ボウリングのペアくらい大丈夫だろ。交互に投げるだけなんだし」
「そうはそうだけど……」
確かに彼の言う通り、ボウリングなので身体的な接触があったりはしない。
それでも光がいなくなったその日に、女子と組んでどうこうというのは少し精神的な抵抗がある。
いきなり困ったことになった……と、内心で頭を抱えていると――
「だったら私、かげピと組みた~い!」
案の定、高崎さんがチャンスとばかりに両手を上げて主張し始めた。
「おいおい、そこはちゃんとくじで決めねーと面白くないだろー」
「え~……! かげピ以外と組みたくな~い……!! ね? かげピもいいでしょ? 今日は光もいないんだしぃ~!」
「むしろ、いないからこそちゃんとしないといけないっていうか……」
「大丈夫大丈夫! 私、口固いから!」
全く意味が分からないし、口が固そうにも思えない。
一体、どうすれば諦めてくれるんだろう。
こういう時に強く言えないのが俺の悪いところだな……と思っていると――
「千里、そのくらいにしといたら?」
桜宮さんが大きなため息を吐きながら高崎さんに言った。
「そのくらいって、どういうこと?」
「だから、いつもいつも彼女持ちの男にちょっかい出すのをやめなって言ってるの」
「え~……私、別にそんなつもりないんだけどなぁ~……」
「いいから! こっち!」
「あ~……! かげピと組みたいだけなのに~……!」
高崎さんの首根っこを掴んで、向こうへと引っ張っていく桜宮さん。
単に友達の暴走を抑えただけかもしれないけど、助かったと目で感謝の念を送る。
しかし、目線が合うとまたすぐにそっぽを向くように視線を外されてしまった。
前にあんなことがあったからか、やっぱり俺のことを少し避けているような感じがする。
ともかく、これで一難は去ったと一息つくが――
「じゃ、じゃあ気を取り直して……くじの時間と行くぞー!」
大場くんの呼びかけに、根本の問題は全く解決していないことを思い出した。
「ほら、一人ずつ順番に引いて番号を決めて」
一人一人にスマホを差し出して、番号を割り当てていく大場くん。
「あっ、ちょ……おおばく……えぇ……」
その背中に声をかけようとするが、上手く声が出ない。
言わないといけないと思いつつも、空気を壊したくないとオロオロしてしまう。
光がいないと、所詮ただのカースト底辺の陰キャでしかないことを痛感する。
「じゃあ、次は日野さん! どうぞ!」
そうして、彼が隣の日野さんにスマホを差し出す。
彼女はスマホの画面に表示されたペア分けのアプリを一瞥して視線を上げると――
「私はいい。彼と組むから」
大場くんの顔を真っ直ぐ見据えながら俺を指さして端的に言った。
「え、えぇ……ひ、日野さんも……?」
「だって、他の男子と組みたくないし」
困惑する彼に、日野さんはいつも通りの口調で淀みなく答える。
「それに飛び入りで来て、全くその気もない私と組まされる男子も可哀想じゃない?」
続けて、今度は自分を落とす発言でバランスを取っていく。
ずっと光の側で周囲との調停役をやっていただけあって、立ち回りが上手い。
「ん、まあ……日野さんがそれでいいならいいけど……」
「じゃ、決まりね」
大場くんが日野さんと俺をスルーして、次の人にくじを引かせに行く。
離れた場所で高崎さんが、『え~……! 絢火だけずる~い……!』と文句を言っているけれど、とりあえずこれで面倒事の種を一つ取り除けた。
「……と、こういう役割を求められてたわけでしょ?」
「帰りにアイスでも奢らせてください」
「二段ね」
彼女はやっぱり表情を変えずに、二本の指を立ててそう言った。
その後のペア分けは滞りなく終わり、全員で店内へと入場する。
ボウリング場のある上階へとエスカレーターで向かい、代表の大場くんが機械で受付をしている間に靴を借りたりと準備をしておく。
マウンドワンのゲームセンターの方に来たことは何度かあるけれど、ボウリング場に入るのは初めてだった。
ピンを倒す小気味の良い音が響く中、軽く周囲を見回す。
夏休みの平日ということもあり、客層は比較的に若い。
俺たちと同じくらいの中高生から少し上の大学生らしきグループがよく目に付く。
光がいないと、なんだか自分がこんな場所にいるのはすごく場違いのように思えてきた。
靴紐をしっかりと結び終えたところで、受付を済ませた大場くんが戻って来る。
貸出のボールから適度な重さの物を選んで、レーンへと向かう。
参加者二十人、計十組が三レーンに分けられたとのことでモニターを見て自分の名前を探すと、『影山/日野』と書かれたペアが真ん中の11番レーンにあった。
「ここ?」
「うん、そうみたい……えっと、他のペアは……」
後ろから遅れてきた日野さんに応えながら他の名前を見ると――
『椋本/桜宮』『風間/高崎』『大場/廣瀬』
誰かが何かを仕組んだんじゃないかと思うような名前が並んでいた。
「よーし! やるぞー! 第一投は……影山か!」
「えっ!? お、俺から?」
「そうだろ。ほら、次は影山の番って書いてるし」
言われて画面を見ると、確かに俺たちのペアが一番上に表示されていた。
名前の並び順からしても俺が一投目というのは紛れもない事実らしい。
「時間もあるし、じゃんじゃん行こうぜ!」
「あ、あぁ……うん……」
急かされるがままにアプローチへと足を踏み入れ、自分のボールを手に取る。
「かげピ~! 頑張れ~!」
後ろから高崎さんの声援が聞こえてくるが、内心はそれどころじゃない。
自慢じゃないけど、俺はかなりの運動音痴だ。
球技はもちろん、単純な体力にしても同年代の下位10%には入るだろう。
しかも、ボウリングを最後にやったのは小学生の時だ。
そんなやつに最も注目を浴びる第一投は荷が重すぎる。
いくら遊びのボウリングとはいえ、こんな大勢の前でダサいところは見せたくない。
緊張のあまりに、しばらく封印されてた陰の扉の向こうから魑魅魍魎の如くにネガティブ思考が吹き出してくる。
ゴクリと唾を飲んで、一歩踏み出す。
とりあえず、ガーターだけは避けないと……。
大丈夫、大丈夫……目印に沿って、真ん中に投げればいいだけだ。
真ん中にさえ投げれば最低でも五、六本は倒れるだろう。
真ん中、真ん中……集中、集中……よし、見えた!
研ぎ澄ませた集中力で、中空に投擲方向を示すインジケーターを表示させる。
カチカチと音を立てながら左右に振れるそれを、中央で来たタイミングで……止める!
ボールを後ろに引いて、ゆっくりと助走を加速させていく。
そうしたら今度は……見えた!! パワーゲージだ!!
これが満タンになったタイミングで……投げる!!
後ろに引いていた手を思い切り振り上げて力を解き放った。
そうしてレーンに敷かれたワックスの上を、スーッと転がっていった球は……
――カコーン……と音を立てて、レーンの隅へと消えていった。
倒れたピンの数は二本。
これならまだガーターの方がネタになったんじゃないか、と思うくらいの結果に終わってしまった。
「ご、ごめん……」
アプローチから降りて、次の日野さんに謝罪をする。
「別に、遊びなんだし謝ることでもないでしょ」
変わらずに淡々とそう言いながら、今度は日野さんがアプローチへと上がる。
彼女は一番軽い7ポンドのボールを持ってゆっくりと歩き、ゴトッとほとんど落とすような感じで投擲した。
全く勢いのないボールは、当然ガーターレーンへと吸い込まれていった。
「案外、難しいわね……」
「ど、どんまい……」
戻ってきた日野さんに励ましの言葉をかける。
彼女はそれに返事をすることなく、無言のままで待機のソファに腰掛けた。
もしかしたら俺の下手さを誤魔化すために、わざとやってくれたのかもしれない。
日野さんならそのくらい気を利かせてくれてもおかしくないよな……。
そう思って、次の椋本くんが投げる様子を見ていると――
……ん?
隣で日野さんが何かしているのに気づく。
彼女は自分のスマホを横持ちして、何故か動画を観ていた。
表示されている動画のタイトルは『ボウリング初心者のためのレッスン動画』。
さっきまでの無表情が嘘のように、眉を顰めながら食い入るように画面を見つめている。
そういえば、この人……死ぬほど負けず嫌いだったな……。
吹き荒れそうな嵐を予感していると、今度はレーン上で動きがあった。
日野さんの次に投げた楠本くんは真ん中を捉えたものの、勢いが足りなかったのか両端の2ピンを残してしまった。
失態に頭を抱えながら彼はペアの桜宮さんと交代する。
彼女はアプローチ上で何度か投球動作を繰り返してから、女子としては重めの11ポンドの球を持ち上げた。
そのまま軽く助走をつけて、見本のように綺麗なフォームで投球する。
ガーターレーン際に投げ出されたボールは、そのまま綺麗な弧を描き……
「あー! 惜しいー! もうちょっとだったのに~!」
投球者本人に代わって、場内に高崎さんの惜しむ声が響く。
桜宮さんの投げたボールは端のピンを捉えたが、もう一本を倒すまでには至らなかった。
それでも単なるスペアよりも見事な投球に皆からは喝采の声が上がる。
「さ、桜宮さんどんまい……! めっちゃ惜しかった……!」
俺も戻ってきた彼女にそう声をかけると、彼女は俺の方を一瞥してから――
「光なら絶対スペア取ってたのに……光なら……」
と、心底悔しそうに呟いた。
こっちはこっちで相変わらず拗らせてるなぁ……。