第106話:大人の誕生日 その3
「こ、これって……」
「うん、昨日発売されたプラムソフトウェアの最新作」
画面に釘付けとなったまま慄いている光に追撃をかけるように説明する。
熱狂的な人気を誇るアーマード・リングシリーズの最新作。
十年ぶりの新作ということもあって、発表された時は世界中がお祭り騒ぎになった。
当然、光もその熱狂は知っているだろう。
過去作もプレイしているはずだし、この不意打ちはかなり効いたはず。
「ひどい……ひどいよ、黎也くん……」
俺からの先制攻撃を受けた光が画面に釘付けになったまま、わなわなと打ち震えだす。
「ひどい?」
「だって私が今月末、アメリカに行くのは知ってるよね……?」
「もちろん、テニスの大会があるって前から聞いてたし」
六月の大会で優勝して、アメリカで行われる大会に主催者推薦枠で出る。
それはずっと前から聞いていて当然知っていた。
「だから、帰って来てからにしようって思ってたんだよ……これ、するの……」
「そうなんだ」
「我慢して……我慢して……帰ってきたら頑張ってきた自分へのご褒美に――」
「でも、今日は“誕生日”なんだからよくない?」
ここで、伝家の宝刀を引き抜いた。
「た、誕生日……!?」
その三文字を聞いた光が、まるで忘れていたように驚愕の表情を浮かべる。
「そう、今日は八月八日……光の誕生日だよね」
「そっか……今日、私の誕生日だもんね……だったら、ちょっとくらい……うぅ……でもぉ……」
コントローラーへと向かおうとしている手を、必死で押し留めている光。
やりたい、すごくやりたい。
今日は寝ずに朝まで新作を遊び尽くしたい。
そんな俺なら一秒も耐えられなさそうな誘惑に必死で抵抗している。
一度決めた事は貫徹しなければならないという鋼の意志。
その一流アスリートとしてのストイックさは本当に尊敬に値する。
でも、今日は年に一度の誕生日。
そして、俺たちが恋人として過ごす初めての記念日。
残念ながら、そこに我慢の二文字を持ち込ませる気はない。
「やらないの?」
「やりたいけどぉ……」
「けど?」
「やっぱり、ここは我慢して帰ってきた時のために……」
「……誕生日なのに?」
「うぅ……誕生日だけどぉ……」
「そっか……それは残念だな。実は昨日少しだけ触ったけど、これはまじでプラムの最高傑……いや、光が我慢するっていうならこれ以上は黙って――」
「わああああああッ!! 身体が闘争を求めるー!!」
俺の精神攻撃に、我慢しきれなくなった光がコントローラーに飛びつく。
こうして、最高に堕落した最高に楽しい誕生日が幕を開けた。
「おかわり! もう一本!」
500mlのエナジードリンクを瞬く間に飲み干した光がジョッキを掲げる。
俺は間髪容れずに、小型冷蔵庫から追加の一本を取り出して注ぐ。
「ぷはぁ……! 誕生日って、最高~……!」
彼女がそれをグイッと一気に半分程飲み干す。
そこですかさず、今度は乾き物を盛った皿からポテチを箸で摘んで口元に差し出す。
手でコントローラーを操作しながら、光が大きく口を空けてそれを食す。
「あ~ん……ん~……甘くなった口にしょっぱいのが染みる~……」
「じゃあ、今度はチョコレートなどはいかがですか?」
「え~? そんなの無限に食べちゃうやつじゃん。ほんとにいいの~?」
「もちろん、なんたって今日は光の“誕生日”だし」
「誕生日なら仕方ないよねぇ……あ~ん……あま~い……!」
俺の手から受け取ったチョコをほうばりながら恍惚の表情を浮かべる光。
その堕落っぷりは見ているだけで、こっちまで幸せになってくる。
「さ~て、ビルドはどうしよっかな~……二脚の魔法剣士がいいかな~。でも、この祈祷ってのを四脚でやるのも面白そうだよね~。いや、あえての筋力全振りガチタンクってのもありかも……」
そして、そんな享楽に耽りながらも視線は画面に釘付けになっている。
二人してずっと待ち望んでいたゲームは、期待通りの神ゲーだったらしい。
食欲を満たしつつも、手はひたすらゲームをプレイし続けている。
間違いなく、今日世界で一番の誕生日を彼女に与えたのは俺だと誇っていいだろう。
堕落しきった彼女の横顔を見つけながら、内心でほくそ笑む。
でも、俺のおもてなし力はまだまだこんなもんじゃない。
次なる一手を、その隙だらけの背中にお見舞いしてやろうじゃないか……。