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第103話:海と陽キャと高級リゾートと その23

 ――俺にとって大きなイベントが複数あった夜が明けた翌日。


「え~……かげピ、もう帰っちゃうの~……?」

「うん、光が今日からもう練習再開するみたいだから俺も一緒に」


 ホテルでの朝食後、すぐに帰り支度をした事情を説明すると高崎さんが残念そうに言う。


 事情を知った他の女子たちが次々と、『せっかくだから残ればいいのに』と惜しむ言葉を口にしてくれる。


 昨日の同じ時間には全く想像も出来なかった光景だ。


「え~……残念だなぁ~……。私、今日は新しい水着だから見て欲しかったのに~……昨日よりもちょっと大胆なやつなのに~……」

「ははは……それはまた別の機会に……」


 相変わらず本気なのか冗談なのか分かりづらい彼女に苦笑いで返す。


 後ろでは聞き耳を立てていた男子が大いに反応しているので、俺じゃなくてそっちに見せつけて満足して欲しいところだ。


「仕方ないでしょ。影山くん的には光のいない海になんて用もないでしょうし」


 今度は横から松永さんがそう言ってくる。


「いや、そこまでは言わないけど……やっぱり一人で帰すのは何かあったらあれだし……」

「……ってことにしといてあげる」


 こっちはあからさまな冗談として、ニヤッと笑って言われる。


 確かに、光も『黎也くんは残ってもいいのに』と言ってくれていた。


 せっかくだから残って仲良くなれた皆と、もう少し遊びたい想いがないと言えば嘘になる。


 けど、流石に光を一人で帰すわけにもいかないので俺も同行することにした。


「ごめん、ちょっと男子の方にも挨拶だけしてくる」


 尚も俺を引き留めようとしてくる高崎さんから離れて、男子たちの方へと向かう。


「おはよう。先に帰るけど、昨日は本当に修のおかげで――」


 その中の一人に、今回は本当に世話になった友人に礼を言おうとするが――


「しゅ、修……?」


 声に反応して振り返った彼は、まるで死神に魂を抜かれたかのような顔をしていた。


「す、すごい顔してるけど……何かあった……?」

「何もなかった……」


 彼はその端正な顔立ちが台無しになるくらいの絶望を浮かべたまま、俺に向かって抑揚のない声でそう言った。


「な、何もない感じには見えないんだけど……」

「いや、何もなかった……本当に何もなかったんだよ……黎也……」

「……どういうこと?」


 未だ掴みきれない彼に、言葉の真意を尋ねると――


「『私たちにそういうことはまだ早いと思う……』って……」

「あ、あー……」


 彼が肩を落としながら何とか紡いだ言葉で、全てを理解した。


 昨晩、藤本さんと二人きりになった時にあれを断られたのだと。


 途端に、どう声をかけていいのか分からなくなる。


「俺はさ……下心がなかったと言えば嘘になるけど、本当に春菜のことが好きだからしたいって思ったんだよ……でも、向こうはそうじゃなかったってことなんだよな……」

「いやいや……個々人のペースや考え方があるってだけで、藤本さんだって修とのことは大事に思ってるからそういう判断をしただけだって……多分」

「でも今朝、顔を合わせた時も何か若干余所余所しかったし……もしかして俺、嫌われた……!?」


 俺の慰めの言葉も通じずに、更に消沈していく。


「そんなまさか……藤本さんってほら、感情表現が苦手そうだし……ちょっと恥ずかしがってるだけでむしろ修がそれだけ想っててくれたのは嬉しいと思ってるって……多分」

「そう言うお前はどうだったんだよ……? 昨日、朝日さんと二人で消えてただろ……?」

「お、俺……? 俺も普通に何もなかったけど……」


 なんとか宥めようとしていると、急に矛先が自分へと向いて戸惑う。


「本当か……? 昨日は戻ってくるのがやけに遅かったけど……」

「ほ、本当だって……二人でちょっと夜景を見ただけで……それ以上は何も……」


 刺激しすぎないように、事実を元に上手く追求を躱していく。


 実際は互いにしたいと思っている意思は確認できたし、なんなら将来の約束もした。


 でも、今の彼にそれを告げるのは死体撃ちした挙げ句に屈伸煽りをするようなものだ。


「そっか……お前もか……」

「う、うん……やっぱ、俺らにはまだちょっと早かったんじゃないかな……」

「早かったかぁ……」

「で、でも別に今がダメだったからって将来的にもダメってわけじゃなくて……なんなら互いの気持ちがぴったり一致した時の方が絶対に良い体験に……って、ああ……俺、何言ってるんだろ……とにかく! そんな気落ちする事ないって! 修が藤本さんのことを想ってるのは絶対に伝わってるだろうから!! 多分!!」


 何を言えばいいのか分からないなりに、精一杯の慰めの言葉をかける。


 これで良かったんだろうか……と、少し様子見していると――


「確かに……そう、だよな……俺はただ春菜に愛を伝えていけばいいだけだよな……」

「え? あ、ああ……うん、そうそう……そういう感じで……」

「だよな! うぉおおおおお!! 春菜ぁああああ!! 愛してるぞぉおおおお!!」


 水平線の向こう側まで届きそうな大声で修が咆哮する。


 無事に立ち直ってくれたみたいで何よりだ。


 藤本さんが、ものすごい苦々しい顔でこっちを見ているのは置いとくとして。


「おーい、影山ー」


 復活した修を微笑ましく眺めていると、男子の一人がスマホ片手に声をかけてきた。


「お前、朝日さんと先に帰るんだって?」

「え? ああ……うん、そうだけど……」

「んじゃ、とりあえずPINEのIDだけ教えてくんね?」

「えっ? ぱ、ぱいん?」


 全く予期してなかった要望に少し狼狽えてしまう。


「やってねーの?」

「やってるけど……一応……」

「んじゃ交換しようぜ。ほら、これ俺の」


 そう言って、彼はQRコードを表示した画面を差し出してきた。


 その行動に、また少し呆気に取られてしまいながらも自分のスマホを取り出す。


 恐る恐るもコードを読み取ると、友達一覧に『佐山裕也』の名前が追加された。


「何やってんの?」


 妙な感慨を抱きながら画面を見ていると、今度はまた別の男子が話しかけてくる。


「影山とPINEの交換してただけだよ」

「うわっ、お前……もしかして、『ここで影山と仲良くなっとけばワンチャン、朝日さんのモデル友達とか紹介してもらえんじゃね』とか考えてんだろ!」

「ん、んなこと考えてねーよ! 俺は単に、昨日今日と苦楽を共にした仲間と――」

「そんじゃ、俺とも交換しとこーぜ!」

「いやお前こそ絶対そんな下心ありきだろ!」

「うるせぇ! ほら、影山!」


 佐山くんの言葉を遮って、今度は大場くんがスマホを差し出してくる。


 それを皮切りに、俺も私もと男子も女子も俺のところにコードを表示させたスマホを次々と差し出してきた。


「え、えぇ……ちょっと待って……順番にやってくから……」


 戸惑いながらもそれを一つずつ読み取って、友達一覧に加えていく。


 そうして光と付き合いだしてからも禄に増えていなかったリストが、瞬く間に倍以上の数に増えた。


「黎也くーん! そろそろ行こー!」


 少し離れたところで女子たちと離していた光に呼ばれる。


 連絡先を交換し終えた皆から、「愛しの彼女が呼んでるぞ」と揶揄われながら送り出されて、光と合流する。


 最後に忘れ物はないか荷物をチェックして出発しようとしたところで――


「もう帰るの?」


 遅れて合流してきた桜宮さんが、俺たちにそう声をかけてきた。


「あっ、京! うん、今から帰るとこ! せっかく誘ってくれたのに、最後まで居れなくてごめんね」

「光が忙しいのは知ってたし、それに……私の方こそ、ごめん」

「ん? なんで京が謝るの?」


 少し消沈した面持ちで謝罪の言葉を紡いだ桜宮さんに、光が首を傾げる。


「それは……ほら……色々と心配かけたみたいだから……」

「そんなの全然! 体調はもう大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。昨日あんまり遊べなかった分を今日は取り戻さないといけないし」

「あ~……私ももっといっぱい遊びたかったなぁ……大会さえなければなぁ……」


 口惜しそうにそう言う光を見て、桜宮さんが笑う。


 最後にまだ何かあるんじゃないかと緊張して見守っていたが、とりあえず表面上は何もなさそうでホッと一息吐く。


「来年また来ればいいじゃん。てか、まだ先だけど冬休みはスキー行かない?」

「スキー!? 何その魅力的な響きは!」

「実はパパの友達が北海道のスキー場でロッジを何件か経営してるんだよね」


 言葉通り、すっかり元通りになった桜宮さんが自慢げに言う。


 ああ、この人……デフォでこうなんだ……と、少し苦笑いしてしまう。


「えー! すごーい!」

「それで前々から遊びに来ていいって言われてたから今年は人を集めて行こうかなって思ってたの」

「行きたい行きたい! 絶対行きたい!」

「じゃあ、今度は早めに予定立てておかないと……また人も集めないとだし……」


 そう言って俺の方を見た彼女と目がピッタリと合う。


 明るいところで見る彼女の瞳は、何故か以前よりも少し輝いて見えた。


 こういう時、普段は0.1秒で俺の方から目線を外してしまうんだけど……


「こ、今度はちょっと遠いから練習と被らないように前もってスケジューリングしとかないとね……」


 それよりも先に、桜宮さんの方から妙に慌てた素振りで目線を逸らされた。


「だよね。まあ、冬は基本的にオフの時期だから大丈夫だと思うけど……」


 光はそんな彼女の様子に特段の反応を見せず、スマホで自分のスケジュールを確認している。


 まあ、昨日あんなことがあったばかりだし流石に気まずいよな……と思いながら、気が早くも冬の予定を立て始めた二人を見守る。


 こうして、俺と光の初めての夏の旅は一足先に幕を下ろした。

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書籍第一巻は10月13日発売!!

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