第14話:一目惚れ体質
朝日さんのお兄さん。
確かに、その存在は以前の会話の中で触れられていた。
けれど、兄や弟は彼氏の隠語であると、クリスマスに声優やVtuberの監視をしている人たちがネット上で言っていた記憶もある。
「で、こっちはクラスメイトの影山くんね。前に話したっけ? ゲーム友達の」
「ああ、こいつが……」
今度は朝日さんが、お兄さん(仮)に俺の紹介をしていく。
クラスメイトには話してなさそうな俺との関係を、この人には話してるのか?
ということは、本当に兄妹……?
確かにそう言われれば、どことなく雰囲気も似てる気がする。
二人の姿を見比べていると、180cmを優に超える長身がずいっと一歩前に出てきた。
「……朝日大樹」
ぶっきらぼうな口調で、朝日姓の名前が紡がれる。
「ど、どうも……影山黎也です……」
まさに大樹のように、10cm以上は高い位置にある頭部を見上げながら頭を下げる。
睨みつけるというほど威圧的ではないが、値踏みするような視線を感じる。
妹に近づく悪い虫とでも思われているんだろうか。
いや流石に、今どきそこまで典型的なシスコン兄キャラはいないか……。
でも、そういえば朝日さんのお兄さんってことは――
「お前……ゲームが趣味なんだって?」
「はい……まあそれなりにですけど……」
「じゃあ、好きなタイトルは?」
「え?」
突然振られた質問に、素っ頓狂な声が出る。
「好きなゲームは何かって聞いてんだよ。最近やってこれが面白かったとかあんだろ?」
そう、朝日さんのゲーム趣味は元々お兄さんに由来している。
詳しくは聞いていないが、現行ハードは全て揃えていて、ゲーミングPCも持っていたようなことも言っていた。
そんな人がナイフのように鋭い目で、俺がどう出てくるのかをじっと観察している。
……もしかして、試されている?
それはまさしく、俺が朝日さんを試そうとしていた時と同じ状況だった。
「えーっとですね……好きなタイトルは……」
なんて答える?
何を出すのが正解だ?
オーソドックスにソールライクの死にゲーか?
あるいは少しコアめにインディーゲームの傑作を挙げるべきか?
大規模で重厚なSLG……パラドゲーなんかは流石に狙いすぎだろうか……。
流行りのPvPゲーなんかもファンが多いから正解の可能性はある。
いや、ここは一周回って国民的人気ゲームを選ぶのが無難かもしれない。
まるで導線の出来が悪いダンジョンを彷徨っているように、思考が同じ場所をぐるぐると回る。
「さ、最近だと……ルールレスダンジョンってゲームが面白かったですね……」
結局出たのは、特に有名でもなければ尖っているわけでもないタイトル。
Streamで2000円くらいで売っていた国産のローグライクダンジョン探索ゲー。
名前を聞いたこともない小さな独立系開発の処女作で、そこまで大ヒットしたわけでもないが、自分の記憶には妙に残っていた作品だった。
お兄さんも知っているタイトルだったのか、眉がピクっと微かに動く。
「……それのどこが面白かった?」
先刻までと少し雰囲気の違う、少し角の取れた声色で尋ねられる。
「どこって言うと、こう……微妙に説明しづらいんですけど……」
「いいから言ってみろよ」
「ええっと……新規スタジオ特有の荒削りなバランス調整が、逆に良い方向に働いてたところって言うんですかね」
「……具体的には?」
「序盤でいきなりとんでもなく強い武器を手に入れたと思ったら、今度はそれよりもっとヤバイ敵があっさりと出てきたり……。基本的にそんなびっくり箱みたいなゲームなんですけど、実はちゃんと考えれば勝率を上げられるっていう絶妙なバランスの上に成り立ってて……。でもローグライクって、そういうところが面白いゲームだよなってのを再確認させてくれたところが良かったですね……後は――」
自分があのゲームをプレイした時に感じた所感を、更に言語化して紡いでいく。
「――って感じで、総じて良いゲームでした」
数分かけて一通り喋り終え、『どうだ?』とその手応えを確認するが――
見上げた目線の先には、ポカンと呆けたイケメンの顔があった。
一瞬遅れて、自分の過ちに気がつく。
……完ッ全にやらかした。
オタクのダメなところを100%出してしまった。
頼むからやり直させてくれと、後悔しかけた時だった。
「ぷっ……わっはっはっは!!」
朝日さんのお兄さん(仮)が、声を張り上げて笑い出した。
「ちょ、ちょっと……お兄ちゃん……! 恥ずかしいんだけど……!」
商業施設のど真ん中で急に大笑いしはじめた兄を、朝日さんが恥ずかしそうに諫める。
周囲を行き交う他の客たちも何事かと、足を止めて俺たちの方に目を向けている。
「わりぃわりぃ……こいつ、なかなか面白いやつだなって。いやー、気に入ったわ」
豪快に笑ったかと思えば、今度は俺の背中を叩きながらそう言ってきた。
「名前はなんつったっけ?」
「か、影山です……影山黎也……」
「黎也だな。うっし、そんじゃとりあえず場所替えっか」
「え? ば、場所を?」
「ちょっとお兄ちゃん……勝手に話進めないでよ……」
「買い物は終わったんだからいいだろ。嫌ならさっさと一人で帰れ。俺はこいつと今からみっちり五時間は語らうからよ」
手をシッシッと払って、朝日さんを追いやろうとしている。
彼女こんな雑に扱える人間が、この世に存在したのか……。
「五時間って……そもそも俺バイト中なんですけど……」
「バイト? そんなもんサボりゃいいだろ」
「いや流石に無理ですよ……」
なんて強引な人だ……と思いながらも、確かに朝日さんのお兄さんだなと納得した。
「なんだよ連れねぇな……。でも、んな制服来てるってことは飲食店か? じゃあ、そこに行くか。ちょうど昼もまだ食ってなかったしな」
「えぇ……」
「そういえば影山くんのバイト先って洋食屋さんなんだっけ!? だったら私も行きたーい! 実はもうお腹ペコペコで」
あぁ……間違いなく兄妹だ……。
相手が一人でさえ勝てないのに、二倍になった圧力に敵うわけもなく、俺は二人を店へと案内せざるを得なかった。
その道中にお兄さんは俺にだけ聞こえるように、こんなことを言ってきた。
「ちなみに兄貴だってこんだけすぐに紹介されたの絢火ちゃん以来だぞ。随分と懐かれてんだな」
*****
「いや、あれはまじで驚いたわ。既存の組み合わせでまだこんな面白いもんが作れるんだなって」
「インディーゲームは時々そういうのが出てくるのが面白いですよね。大手の大作には出来ないアイディア一本勝負っていうか」
大樹さんと二人で並んで歩きながら、互いの好きなゲームについて話し合う。
最初はその強者オーラに気圧されてしまっていたが、店の近くへと着く頃にはすっかりと意気投合してしまっていた。
正直言って、これだけ趣味の一致する人と出会ったのは初めてかもしれない。
「ぜ、全然ついてけない……」
「ああ、ごめん……つい話し込んじゃって……」
あまりに二人の世界に入りすぎて、朝日さんをおざなりにしてしまっていた。
「ほっとけほっとけ。そいつはまず自分でハードを買うところからやらせねーと」
「お兄ちゃんが私のいない間に全部持っていったくせに……!」
「俺のもんを俺が持っていって何が悪いんだよ。モデルだのなんだので稼いでるんだから自分で買え!」
「ふんっ、影山くんにやらせてもらうからいいも~ん……ね~?」
「と、とりあえず……もう着くから続きはそこで……」
板挟みの状態が辛くなってきたところで、タイミングよく店に到着する。
案内人として先に進んで、入り口の扉を開ける。
カランカランとドアベルが鳴り、仕込み中の食材の匂いが微かに漂ってきた。
「黎也くん、帰ってきた? ちょっと遅かったね~……って、あれ?」
食器を持って帰ってきた俺を出迎えようとした衣千流さんが首を傾げる。
「えーっと……実はそこでばったりクラスメイトと会って……」
「はじめまして! 影山くんと同じ秀葉院学園に通っている朝日光です!」
俺の横を通り抜けて、店内に入った朝日さんが大きな声でハキハキと自己紹介をする。
「あら……あらあらあら……まさか、黎也くんが……それもこんな可愛らしい……」
ポカンと口を開けて、俺と朝日さんの顔を交互に見比べている衣千流さん。
「あっ、ご挨拶が遅れました。私は黎也くんの従姉弟で水守衣千流って言います」
「昼食がまだらしくて、それなら是非うちでって話に……お兄さんも一緒に」
変な勘違いをされないように、付け足した部分を少し強調する。
「営業時間外なのにすいません。でも、一度来てみたいと思ってて」
「全然大丈夫から気にしないで! ほら、黎也くん! 席に案内してあげて!」
「ああ、うん……じゃ、こっちに」
いつも客にやっているように、朝日さんを奥のテーブル席へと案内する。
「すごく雰囲気の良いお店ですねー。洋風のレトロモダンって言うんですか? 懐かしい温かみがあって、落ち着いてて……私、こういうのすっごく好きかもしれないです」
周囲を見渡しながら、朝日さんがそう口にする。
店内の装飾は全て、衣千流さんが内装屋に頼んで細部までこだわったものらしい。
客席のテーブルと椅子は全て、濃い色の木材を用いたアンティーク。
壁や天井も過度の装飾はせずに、白系の壁紙と木材でシックな雰囲気に纏めてある。
俺が今しがた受け取ってきた食器類も、全てその雰囲気に合わせた物だ。
「そう言ってくれるのすごく嬉しいな~。黎也くんは私の好きなインテリアとかに全然興味持ってくれないから……」
「え~……もったいな~い……」
「俺は七色にビカビカと光ってる方が好きだから」
……というのは流石に冗談だけど。
「も~……いつもそうなんだからぁ……って、あれ? そういえば、お兄さんもいるんじゃなかったの? どこにも見えないけれど……」
「あれ? ほんとだ。どこ行ったんだろ?」
「店の前までは一緒にいたはずだけど……」
三人で店内を見回すが、大樹さんの姿はどこにも見えない。
店のすぐ手前までは、あれだけ一緒に喋ってたんだから逸れたりはしてないはず。
そう思って探すと、すぐに見つかった。
店の入り口の敷居を跨ぐ一歩手前で、何故か呆然と立ち尽くしている。
「大樹さん? どうしたんですか?」
すぐ側まで歩いて行って呼びかけるが、反応が無い。
さっきまで鬱陶しいくらいに話していたのが嘘のように黙り込んでいる。
「大樹さ~ん……もしも~し……」
再度話しかけるが、やはり全く反応がない。
その視線は高い位置から、俺の肩越しにある一点を見つめている。
振り返って視線の向かう先を確認すると、きょとんと首を傾げている衣千流さんの姿があった。
「水守……衣千流さん……」
彼は俺の従姉弟の名前を、まるで尊ぶような口調で紡ぎ出した。