第13話:突発イベント
――朝日さんと出かける約束をした翌日、日曜日の昼下がり。
俺はバイト先の洋食店『水守亭』で労働に勤しんでいた。
少数のカウンター席と、四人掛けのテーブル席が四つだけの小さな店。
大型連休の真ん中ではあるが、客をいっぱいに入れてもそれほどの忙しさはない。
いつも通りに客を席へと案内して、注文を取り、料理を運び、会計をする。
高一の春に初めて手伝った当初は色々とやらかしまくったが、今ではまるで飲食店バイトシミュレーターでもしているような気分だ。
視界の右上には、現在スコアまで幻視できている。
そうして昼の営業時間を終え、人のいなくなった店内を掃除していると――
「黎也く~ん!」
厨房から間延びした声が響いてきた。
「何!?」
向こうに聞こえるように、少し声を張り上げて応える。
「ちょっと、今からお使い頼まれってもらってもい~い?」
「お使いって!?」
もう一度、少し大き目の声で返答すると――
「実は……さっき割って、食器が足りなくなっちゃって……」
この洋食屋『水守亭』の店長にして、俺の母方の従姉弟でもある水守依千流さんが、カウンターの向こう側から申し訳無さそうに顔を覗かせてきた。
仕込み中なので長い髪の毛を後ろでポニーテールにし、コックコートを身に纏っている。
「また? これで先月から合わせてもう三回目じゃなかった? 安い物じゃないんだから気をつけなよって何回も言ってるのに……」
「うぅ……ごめんなさ~い……」
少し説教気味に言うと、衣千流さんは子供のようにしょげた。
身内贔屓を抜きにしても料理の腕は抜群だが、少し……いやかなり抜けているところがある。
食器を破損させるのは日常茶飯事だし、一人で切り盛りしてる時は注文の取り違えも珍しくない。
当初は指導される側だったが、今ではすっかり彼女が何かやらかさないか俺が見張る立場になっている。
一方で、この小さな店が成り立っているのはそんな性格のおかげとの見方もある。
ちょっと隙のある料理上手な二十二歳のおっとり系巨乳美人。
常連の多くは、そんな彼女目当てで来ていると言っても過言ではないからだ。
「まあいいけど……またいつもの雑貨屋に取りに行けばいい?」
「うん、何が要るかは先に電話で伝えてあるから受け取りに行くだけで大丈夫」
「了解。一人で留守番している間に追加の皿は割らないように」
何か不満を口にしていた衣千流さんに背を向けて、店を出る。
店を出ると、道路を一本挟んですぐ向かい側に駅が見える。
連休中の昼間ということもあってか、駅前は大勢の人で賑わっていた。
駅ビルの中にある雑貨屋へと行くには、この人だかりの中を突っ切っていかなければならない。
面倒でも制服から着替えておけばよかったと思うが、今更仕方ないかと歩き出す。
今からどこかに遠出するのか、浮かれ気分の人々の間を抜けてビルへと入る。
エスカレーター……は目立ちそうだから階段を使って三階に。
目的の小洒落た雑貨屋に着き、客層と自分の差に引け目を感じながらも、食器を受け取ってそそくさと退店する。
こういう報酬も事件もないお使いクエストってクソゲー要素だよな。
そんなことを考えながら歩いていると、通路の向こう側に見知った顔を見つけた。
小洒落たブティックが並んでいる一画を、朝日さんが歩いていた。
同じ生活圏内なので居てもおかしくはないが、見てはいけないものを見てしまったような気分になる。
彼女は、知らない男の人と肩を並べて歩いていた。
遠目に見ても分かる精悍な顔立ちに、高身長のモデル体型。
朝日さんも女子としては背の高い方だが、それよりも20cm近くは高い。
年齢は少し上で大学生くらいだろうか。
俺が逆立ちしても、人生を何周しても勝てなさそうな強者のオーラを醸し出している。
その両手には、二人で長い時間をかけて買い物していたのが分かる大量の紙袋を提げていた。
それを見て、最初に生まれた感情は大きな大きな安堵だった。
あっ……ぶねぇ~!!!
もう少しで危うく、とんでもなく身の程知らずの勘違いをするところだった。
そうだ。そりゃそうだ。
朝日さんレベルの女子に、彼氏の一人や二人がいないわけがない。
むしろ、居てくれて安心したまである。
あんなハイスペ彼氏がいるなら、俺を男として見れないなんて当たり前だ。
同じ脊椎動物として接してくれているだけありがたいまである。
俺に神の加護があらんことを。アンバサ。
そうやって、内心で渦巻く複雑な感情に整理をつけていると――
……あっ。
じっと見てしまっていたせいで、朝日さんと目が合ってしまった。
一瞬遅れて、向こうも俺の存在を認識する。
「あーっ! 影山くんだー! おーい!」
そうなるや否や、大きく手を振りながら同行者を置いて駆け寄ってくる。
「影山くんだ、影山くんだぁ! こんなところで会うなんてすっごい奇遇じゃない!?」
「あ、ああ……うん、奇遇奇遇……」
「だって、また明後日ってバイバイしてからまだ一日も経ってないもんね。ここで何してたの? もしかしてそれってバイト先の制服?」
側に来るや否や、矢継ぎ早にラッシュ攻撃が繰り出される。
「そう……店長の従姉にちょっとしたお使いを頼まれて……」
「そうなんだ! 日曜日なのに大変だねー」
何事もなかったかのように、いつもの様子で喋り続ける朝日さん。
お前に見られても別に困らないということだろうか……。
「おい、人に荷物を持たせたまま何してんだよ……」
彼女が来たのと同じ方向から、例の同行者が不機嫌そうに歩いてくる。
「あっ、ごめんごめん……って、全部自分のなんだから持つのが当たり前でしょ!」
「俺は要らないって言ってんのに、お前が買わせたんだろ……」
「そうしないと自分で買わないからでしょ! いつも同じのばっかり着回して!」
追いついてきたかと思えば、その場で痴話喧嘩を始める二人。
二人分の圧倒的な強者オーラに気圧される。
近くにいるだけで、デバフとDoTが入るタイプのスキル持ちだ。
「ちっ、うっせぇな……。てか、誰だよそいつ……」
ひぃっ……こ、怖い……。
明確な敵意を剥き出しにした口調に思わずたじろぐ。
お使いクエスト中の突発イベントにしては、ちょっとヘビー過ぎやしないか?
「お、俺はただの深海を漂う塵芥のような存在で……」
「あっ……ごめんね、影山くん。紹介が遅れちゃった」
「いやいや……俺如きに紹介なんて要らないから引き続きデー――」
「これ、うちのお兄ちゃん」
「トを楽しん……え? お兄ちゃん?」
……彼氏じゃなくて?
「うん、全然似てないでしょ?」
笑いながら、あっけらかんと言う朝日さん。
いや、美男美女なところがそっくりですと声に出しては言えなかった。