第91話:海と陽キャと高級リゾートと その15
「……よし、じゃあそろそろ女子のところに行くか!」
その言葉を聞いた男子たちが、次々と無言で戦いの準備を始めだした。
『っし!』『フーっ!』『ゴキゴキ(首の骨を鳴らす音)』
まるでハリウッド映画のクライマックスでチームが集結するシーンみたいだ。
「黎也ももちろん行くよな?」
なんて考えていると、修が俺にも意思確認を行ってきた。
「い、いいのかな……? 向こうも疲れて休んでるかもしれないけど……」
「大丈夫大丈夫。向こうだって絶対来ると思ってるし、朝日さんだって待ってるって」
「光が……なら、俺だけ一人でここにいるのもあれだし行こうかな……」
「よし! じゃあ行こうぜ!」
「「「おう!!」」」
ここに来て、バラバラだった男子たちが遂に一丸となって出発する。
「てか、入れてもらえるように話し通してんの?」
女子の宿への道すがら(と言っても隣だけど)で、誰かがそんな素朴な疑問を口にした。
「いや、通してないけど」
「おいおい。ここまで来て入れなかったらどうすんだよ」
「大丈夫。そうならないように手土産は用意してあっから」
そう言って、発起人の彼が激安の殿堂のビニール袋を掲げる。
中にはお菓子やパーティグッズなどが大量に詰められていた。
これを餌に扉を開けてもらうつもりらしい。
果たしてそう上手くいくだろうか、と訝しんでる間に入り口にまで辿り着く。
「いざ! 桃源郷へ! 開けゴマ!」
BBQで爆上がりしたテンションのまま、扉横の呼び鈴が鳴らされる。
『もしもし、こんな時間に一体何のご要件でしょうか……?』
少しの間を空けて、インターホンから対照的に少し低めなテンションの声が響く。
少しくぐもって分かりづらいが、多分松永さんの声だ。
「遊びに来たぞー! 入れてくれー!」
『入れてくれ? 女子だけの秘密の花園にズケズケと踏み込んでくるなら、それなりの手土産は持って来たんでしょうね?』
「もちろん! これを見てみろ!」
全ては自分の想定通りと、彼は自慢気にカメラへと袋を掲げて見せるが――
『結構ですので、どうぞお引き取りください』
抗弁する間もなく、ブツッと一方的に通話が打ち切られた。
「ちょちょちょ! ちょっと待てよ! この大量のお菓子が見えないのか!?」
取り付く島もなく袖にされた彼が、もう一度インターホンを押す。
『お菓子ぃ……?』
「そうだ! パッキーに、ブリッツ……きのこのシティに、たけのこのタウンもあるぞ!」
『あんたねぇ……華の女子高生の寝床に、たかだか数千円のお菓子だけで立ち入ろうなんて思ったわけ? せめて、銀座ハプスブルク・キュッヘンの高級クッキーの詰め合わせでも持って来なさいよ』
うんうんと向こうの後ろで相槌を打っている他の女子たちの姿が幻視できた。
「は、はぷす……? ぽ、ポイングルスのサワークリームオニオン味ならあるぞ!?」
『あ~! 私、それ好き~! 食べた~い!』
『千里は黙ってて……! とにかく、それだけじゃ入室は認められません。他には何もないの?』
松永さんにそう言われた彼が、助けを求めるように俺たちの方へと振り返る。
「と、トランプなら……」
「この日のためにコイン消失マジックの練習をしてきたけど……」
「俺にはこの鍛え上げた筋肉しかない……」
『論外×3』
各々が所持しているものをプレゼンしていくが、尽く却下されていく。
『はい。次の挑戦者は?』
処刑のライン作業を行っているような淡々とした口調で、次の者が呼ばれる。
「ったく……仕方ないなあ、お前らは……。次は俺の番だ」
そうして皆の手札が尽きたところで、満を持して修が後列から前に進み出た。
『小宮くんね。何を持ってきたの?』
本人も自信満々なのに加えて、ここまでずっとリーダーシップを発揮してきた彼には皆も大きな期待を抱いているに違いない。
「見れば分かるだろ? あまりに大きすぎてここまで持って来られるか心配だったけど……どうにか全部持って来れたぜ」
『……何も見えないけど?』
「おいおい……それ、本気で言ってるのか?」
『何なの……? もったいぶってないで早く言ってよ』
カメラの向こうから訝しげな声が響いてくる。
けれど確かに、俺たちの目から見ても修が何かを持っているようには見えない。
「俺が持ってきたのは……」
宿の内外から怪訝な視線が視線が集まる中――
「春菜への愛だ!!」
彼の大きな声が周辺に木霊した。
瞬間、ここが夏の海であることを忘れるくらいの寒気が一帯を包んだ。
『修くん……』
「おっ、春菜! 聞いてくれてたか? だったら早く中に――」
『修くんのそういうところ、本気で恥ずかしいからやめて……』
恋人からの容赦のないマジレスに、修の方からガーンと音が聞こえた気がした。
「黎也……パス……」
行きとは打って変わってトボトボと戻ってきた彼がそう言って、俺の肩をポンと叩く。
「パスって言われても……」
そう言いながらも一応、皆に倣ってインターホンの前へと移動する。
ゲーマーの性なのか、開かない扉を見ると開けたくなってしまうのかもしれない。
『次は……影山くんか。何を持ってきてくれたの?』
俺の顔を確認した松永さんが、さっきまでより少しテンションを高めに言う。
もしかしたらBBQの時みたいに、今度は何か美味しいお菓子でも持ってきたのを期待してくれてるのだろうか……と、考えていると――
『むーっ! むーっ!』
彼女の後ろから何かうめき声のような音が聞こえてきた。
「……今の音は?」
『今の音って……?』
「なんかモゴモゴって……誘拐犯に掴まってる人質みたいな音が後ろから聞こえてきたんだけど……」
『むーっ! むーっ!』
「ほら、また」
さっきから彼女の声とは違う、ノイズのような何かがずっと聞こえている。
まるで猿轡された誰かが、必死に俺へと助けを求めているみたいだ。
『気にしないで。公平な判定を行うための一時的な措置を取ってるだけだから』
「はあ……」
『で、君はどんな献上品を持ってきてくれたの?』
詮索は無用だと本題を切り出される。
「今回は食べ物とかじゃないんだけど……」
『あっ、そうなんだ……』
案の定、食べ物ではないと露骨に落胆されるが……俺には切り札があった。
「ナインテンドースティッチが……」
カバンの中からおもむろに携帯ゲーム機を取り出す。
『スティッチだって……!』
『よくない? みんなでやったら楽しそうだし』
『私、あれやりたい! ゴム人形みたいなのが落ちるやつ!』
俺の切り札に、カメラの向こう側で女子たちがにわかにざわつきはじめた。
やはり、ナインテンドーはすごい……!
老若男女に陰陽問わず、どんな人間にも効果覿面だ。
もし今ゲーム星人が地球に攻めてきて、『この星で最も愛されてるゲーム専用ハードを差し出せ』と言われれば俺は迷わずにスティッチを差し出すだろう。
『それって何人までできるんだっけ?』
「多いのなら4人から8人まで一緒に遊べるゲームもあるかな」
『8人かー……結構多いけど、男子も合わせたら20人くらいいるから――』
「と思って、実は二台目も」
おもむろに、もう一台のスティッチをカバンから取り出した。
『ちょ、ちょっと待ってて……』
松永さんが一度、話し合いをするために引っ込む。
この魅力的な提案に、同じハードを二台持ってる点へのツッコミは避けられた。
『ゴホン……こちらの意見はまとまりました』
約一分ほどの話し合いが終わり――
『影山くんだけ入ってもいいよ』
松永さんが端的に結論を述べた。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺らも入れてくれよ!」
「そうだそうだ! なんで影山だけなんだよ!」
「一人だけなんてずるいぞ! ハーレム反対!」
その結論に、間髪容れずに男子たちが不満を表明しはじめた。
『うるさい。バーベキューの準備はまともに手伝わず、海では女子のエスコートも小宮くんにおんぶにだっこ……挙句の果てには他人の成果に乗っかって美味しい思いだけしようなんて、世の中はそんなに甘くないの』
松永さんの圧倒的な正論に、男子たちは『うぐっ……』と黙り込んでしまう。
『じゃ、影山くんはどうぞ』
ガチャッと施錠されていた扉が向こう側から開かれる。
これでクエストクリアだが……
振り返ると、皆がまるで捨てられた子犬のような表情で俺に拾ってくれと訴えかけてきていた。
「あー……松永さん?」
『何? 入らないの? 影山くんならみんなで歓待してあげるのに』
「せっかくだし、他のみんなも一緒に入ったらダメかな……?」
別に修以外の男子とは友達でもないし、ほとんど話してすらいない。
ただ、この状況で見捨てていくのは居心地が悪いし、このエクストラステージに一人で乗り込むのは流石に心細すぎた。
「ゲームをするなら大勢いた方が絶対に楽しいだろうし……どうかな?」
そして何よりも、ゲームは大人数で遊んだ方が面白いに決まっている。
『はあ……なんか、光が好きになった理由を分からされたような気がする……』
俺の言葉に、松永さんがボソっと独り言のような小さい声で呟いた。
『じゃあ、他の男子は私たちと影山くんの慈悲深さに感謝するなら入ってきてもいいよ』
続けて、俺を除いだ男子たちにも温情の沙汰が下される。
「……というわけらしいけど」
もう一度振り返って、今度は男子の心境を伺うと――
「「「影山さん!! ありがとうございます!!」」」
彼らは体育会系のノリで、俺に向かって深々と頭を下げた。
書籍版の発売まで、いよいよ後二週間となりました!!
再三のお願いで本当に恐縮なんですが、何卒ご予約の方をよろしくお願いします!!
https://ga.sbcr.jp/product/9784815626945/
もう不安で不安でしばらくは眠れない日が続きそうですが、発売日には爆売れして嬉しい安堵になってくれると信じています……!