第90話:海と陽キャと高級リゾートと その14
「ほら、あ~ん」
割り箸で持った一切れの肉を、更に俺の口元へと突き出してくる。
勘違いでもなんでもなく、この衆目の中で俺にあ~んをしようとしている。
「い、今はちょっと……」
「ちょっと……何……?」
さっきまでの優しい笑みから一転して、ジトッと粘性の高い視線を向けられる。
どうやら、さっき俺が女子にちやほやされてしまったのをまだ根に持っているらしい。
今一度、本来の立場を皆に見せつけるという無言の圧力を感じる。
「ほら……今はみんないるし……」
けれど、朝日光はその一挙手一投足が人の注目を集める天性の愛されキャラ。
当然のように今も、皆の視線が俺たちへと注がれている。
この素質がこれほど厄介だと思ったことはないと、差し出された肉を凝視していると――
「恥ずかしがってないで食べてあげなよ~!」
女子たちの中からそんな声が聞こえてきた。
それを皮切りに、次々と囃し立てる言葉が湧き上がり始める。
「そうそう、光が食べさせてあげるって言ってるんだから」
「ほら、早く食べなよ~」
「てか、あ~んってほんと仲良すぎない?」
半ばからかうような感じではあるが、さっきまでの流れを汲むとそこまで嫌な気はしなかった。
これも皆に俺と光が恋人同士だと認められるためのプロセスの一環だとするなら、やるしかないのかもしれない。
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん……」
意を決し、口を開けて光の差し出す肉を迎え入れる。
キャーキャーと歓声が響く中で少し大きめに切られた肉をパクッと咥えると、口の中がブレンドされた香辛料の風味でいっぱいになる。
噛むと見た目のイカつさに反して柔らかく、今度は肉の味が広がった。
適切に用いられている香辛料のおかげで牛肉特有の臭みが全く感じられず、肉の旨さだけが堪能できる仕上がりになっている。
当たり前と言えば当たり前だけど、料理もやっぱり普通に上手いんだな……。
「おいしい?」
「うん、美味しい。野趣のある味わいっていうか……これぞバーベキューって感じで」
「じゃあ、もう一つ……あ~ん!」
当たり前のように、次の一切れが差し出される。
観念して口を開いて、黙々とそれを食す。
「おいしい?」
「もちろん美味しいけど……」
「でしょ? あ~ん……おいしい?」
二度あることは三度も四度もある。
おいしいと答えれば気をよくして、また次の肉が運ばれてくる無限ループ。
「も~……完全に見せつけられちゃってるじゃん。二人だけの世界に入りすぎぃ……」
「なんか、見てるこっちが恥ずかしくなってきたっていうか……甘すぎて胃もたれしてきた……」
「でも、光って好きな人できたら他は何も見えなくなりそうな雰囲気はあったよねー」
「分かる。案の定って感じ」
「えー……? 私、そんな感じしてた……?」
友人からの評価に、光が少し不満げに言う。
「してたっていうか……結果的に現在進行系でしてるじゃん」
「えー……そうかな~……私、ちゃんと色んなとこを見てると思うけどな~……」
そんな光の言葉に、周囲から『いやいやいや……』と呆れる声が上がる。
「でも、影山くんも大変じゃない? ほら、光って……基本子供だし」
「ははは……」
「ちょ、黎也くん! なんで今、笑ったの!? 認めたの!?」
「……まあ、半分くらいは」
「半分も!? むしろ私の方が誕生日早いから大人なんだけど!」
「いや、そういうところでしょ」
松永さんの的確なツッコミで、一帯に大きな笑いの渦が巻き起こる。
一方で男子の方は、俺が急に女子の中で受け入れられた雰囲気になっているのが不思議で仕方ないのか、若干困惑しているような空気になっていた。
「てか、光の誕生日って来週じゃなかったっけ?」
「うん、そだよ。8月8日で17歳!!」
「だよね。じゃあ、一足早いけど誕生日おめでとー!」
「ありがとー!」
バーベキューで盛り上がった空気のまま、各々が飲み物の入ったコップを掲げて祝う。
自分がこうした陽なノリの中心部近くにいるのは、なんだか不思議な感じがする。
「……で、もしかして誕生日は二人で過ごしちゃったり?」
光がもはや機械的に差し出してきた七枚目の肉を食べていると、女子の一人がそう尋ねてきた。
「えーっと……それは……」
「うん! 黎也くんの家で一緒にケーキ食べる予定!」
俺がどう答えるべきか悩んでいると、横から光があっさりと答えた。
「えっ? 影山くんって一人暮らしなんでしょ? じゃあ、部屋に二人きりってこと?」
「そだよ。ていうか、誕生日じゃなくてもいつもそうだし」
何かを邪推されたりする可能性を全く考える様子もなく、光がつらつらと答えていく。
「そうなの?」
「あ、ああ……うん、まあ……」
俺の方にも確認してきた彼女に、少し躊躇いながらも正直に答える。
まだ高校生の身分で男の部屋に入り浸ってるのは、何か良からぬ噂を呼んだりするんじゃないか、とか俺が考えすぎなだけなんだろうか……。
「でも、ケーキ食べるだけじゃないよね? 誕生日に好きな人と二人きりなんだから……」
「もちろん、他にも色々するよ? せっかくの誕生日だもん」
「い、色々って……例えば?」
「それはね~……」
女子たちがゴクリと唾を飲む音が空気を通して聞こえてくる。
「二人だけの秘密だから内緒~!」
光がもったいぶってそう言うと、『キャー!』と甲高い歓声が上がった。
一体何を想像してるのかは知らないが、実態はこの日のために寝かせておいた話題の新作ゲームを二人でやるだけだ。
「でも、いいなー……二人を見てると、私も彼氏欲しくなってきちゃったー……」
「ほんとにこうもアツアツだと流石に当てられちゃうよねー」
「私もこんな微笑ましいバカップルしたーい……」
いつの間にか、外的な評価が『不釣り合いな腫れ物カップル』から『微笑ましいバカップル』に昇格(?)していたらしい。
多分、喜ぶべきところなんだと思う。
「おいおい、さっきから黎也んとこばっかに注目して誰かを忘れてないか!?」
そんな俺たちに対して、何か言いたいことがあるのか修が割って入ってきた。
「バカップルっぷりなら俺らも負けてないぞ! なあ、春菜! 俺らもあ~んしよ――」
「え? 普通に恥ずかしいから無理……」
嘆き悲しむ彼を置いて、バーベキューはまだまだ盛り上がった。
光が追加で投入した肉をほとんど一人で全部食べさせられたり、何故かカレーの隠し味選手権が開催されて優勝してしまったり、日が沈んでからは皆で持ってきた花火なんかもして楽しんだ。
陽キャグループのノリは相変わらずしんどいと思うところはあったけれど、終わる頃には俺も多少は馴染めていたと思う。
そうして片付けを終えて男女で分かれて宿へと戻り、後は各々の寝室を決めて寝るだけ。
そう思い始めた頃に、誰かが当然のようにこう切り出した。
「……よし、じゃあそろそろ女子のところに行くか!」