第89話:海と陽キャと高級リゾートと その13
「お疲れ様。ほら、肉とってきたぞ」
女子組の対応に疲れて休んでいると、小宮くんが肉を盛った紙皿を持ってきてくれた。
「あ、ありがと……」
「それにしても、さっきの影山は羨ましいくらいモテモテだったな~」
皿に盛った自分の分の肉を食べながら小宮くんが笑って言う。
「あれをモテてたって言っていいのかな……?」
「いや、あれは完全にモテてただろ。朝日さんなんかめっちゃ妬いてたしな」
「ちょ、ちょっと……本人に聞かれたら後が怖いから……」
向こうでは光が、『うりゃー!』と叫びながら巨大な肉を網に投入している。
距離があるとはいえ、間違いなく耳も良いはずなので万が一を考えると怖い。
「ははっ、悪い悪い。でも、悪い気はしなかったなじゃねーの?」
「まあ……そりゃ悪い気はしないけど……」
誤魔化さずに素直な気持ちを白状する。
とはいえ、多くの女子に頼られたからというわけじゃなくて自分の存在が認められたみたいで嬉しかったという意味合いが強い。
「にしても、まじで料理上手いのな。この肉とか味が染みててめっちゃうめぇわ」
そう言って、小宮くんは割り箸で掴んだ一口サイズの肉を口内に放り込む。
俺も倣って、彼が持ってきてくれた肉を一切れ食べる。
スッと噛み切れるような感じではなく、適度な噛み応えのある赤身肉。
一度噛むと、口内に肉の濃厚な旨味とタレの芳醇な風味が広がった。
「うん、確かにこれは美味しい」
思わず自画自賛してしまうくらいには美味しかった。
「だろ? これを作れるやつはモテるって」
「そういう小宮くんも、炭に火を入れる手際がすごい良かったよね」
「昔、ボーイスカウトに入ってたからな。キャンプでの火起こしはお手のもんよ」
腕まくりをしながら自慢気に言う小宮くん。
その向こうでは光が、『うりゃー!』と叫びながら巨大な肉に香辛料をぶっかけている。
「つか、いつまでも名字で呼ぶのもあれだし黎也って呼んでもいいよな?」
少しの無言の時間が続いた後、向こうからそう切り出してきた。
「え? ああ、うん……もちろんいいけど……」
「おっけ。んじゃ、これからは黎也でいかせてもらうわ。俺も修でいいから」
「わ、分かった……じゃあ、修で……」
男同士だから本来なんでもないはずが、どうも光を初めて名前で呼んだ時と同じくらいの照れくささがあった。
向こうでは光が、『うりゃー!』と叫びながら巨大な肉をひっくり返している。
でも、今日は来て本当に良かった。
場所は良いし、色んなアクティビティも楽しめて、友達までできた。
そして、何よりも光の水着がまた見られたのは最高だった。
「黎也くーん! 私のお肉、焼けるよー!」
ぼんやりと幸福を噛み締めていると、光が頭の上で大きく手を振って呼んでくる。
「呼ばれてるからちょっと行ってくる」
「んじゃ、俺もそろそろ戻るか」
椅子から立ち上がって、二人で歩いて皆の方へと合流する。
光は焼き上げた肉を大きな金属の串に刺して、シュラスコスタイルで『どうぞ召し上がれ』と言いながら皆に切り分けている。
「朝日さん、俺も貰っていい?」
「もちろん! はい! どうぞ召し上がれ!」
小宮くんが差し出した紙皿に、光が器用に肉を削ぎ落としていく。
彼の次に貰うために、俺もその後ろで待機する。
「んっ……これもワイルドな味わいで美味しいなぁ」
先に切り分けてもらった小宮くんが、一切れ食べてその感想を述べる。
「でしょ? お父さんが前にお土産で持って帰ってきてくれたバーベキューの本場アメリカ産の特製スパイスを使ってるからね!」
串に刺さった肉を掲げたまま、自慢気に胸を張っている光。
焼き上がりが良いのか、ここまで肉の香ばしい匂いが漂ってきている。
彼女が作っているという相乗効果も合わさって、既に口の中に涎が溢れ出す。
早く俺にも切り分けてくれとばかりに紙皿を持って、一歩前に進み出るが――
「……ん?」
光は俺の顔を見ると、近くの机にあった皿の上に肉を削ぎ落としはじめた。
先に自分の分を確保しているのだろうかと、また少し待つ。
それにしても、今日はなんだかんだで心身共にリラックスできた。
大勢の友達の前だからか、光はいつもより大人し――
「はいっ! 黎也くんには私から食べさせてあげる! あ~ん!」
いつもより大人し……ん~?
衆人環視の中、皿から摘んだ肉を俺の口元に差し出してきた彼女に首を捻った。