第88話:海と陽キャと高級リゾートと その12
「黎也くん、飲食店で働いてるだけじゃなくて一人暮らししてるからね! 料理のことならなんでも聞いて大丈夫だよ!」
女子たちの質問攻めに翻弄されていると、自前のブロック肉の解体をしていた光が作業を中断して会話に混ざってくる。
「ええっ!? 影山くんって一人暮らしなの!?」
「あー……うん、まあ家族の都合で……」
「えー、すごーい……! じゃあ、普段から家で料理とかしてるんだ……」
「いや、そこまでは――」
「うん! 料理の腕はもう完全にプロ級!」
「ちょ……光、何言って――」
「この前作ってくれたカレーなんてすっごく美味しかったんだから!」
俺の言葉を二度遮って、光が一の話を百にまで盛って言う。
確かに以前にカレーは振る舞ったけど、レトルトにちょっと自分なりの味付けをしただけでとても料理なんて呼べるレベルの代物じゃない。
そもそも俺は依千流さんの手伝いをしてるから多少調理の知識があるだけで、C◯◯king SimulatorやOverc◯◯ked以外では料理なんかほとんどしない。
家で食べるのは大抵がスーパーで買ってきた弁当か惣菜で、たまに台所を使っても冷凍食品かレトルトを温めるくらいなのに――
「料理できる男子っていいよねー」
「うん、自立した男って感じでポイント高いよねー」
「高い高い! イマドキの男子って感じ!」
さっきから何のポイントだよとツッコむ暇もなく、女子たちの間で俺の株価が虚偽の好材料によって急速に上がり続けている。
けれど、光が自慢気に顔をほころばせているのを見ると何も言えない。
普段なら絶対に嫉妬するシチュエーションのはずが、それよりも俺が褒められている嬉しさが勝っているみたいだ。
「かげピ~……私にも手伝って~……! このお肉ってどう切ればいいの~……?」
高崎さんが自分が任されてた肉をまな板の上に乗せて持ってくる。
一応、光の方をチラ見して確認すると――
『お前の実力を見せてやれ』
と、言わんばかりに深く頷いた。
「ええっと……こういう肉は真上から筋の方向を確認してそれに対して十字に切る……。で、切り分けた肉の筋の部分にも軽く包丁を入れると焼く時に筋が縮まって反り返ったりしなくなるから均等に熱が通るようになって食感が良くなる……はず」
依千流さんから聞きかじった解説を交えながら肉を切る。
すると、周囲から『へぇ~……』とか『おぉ~……』とか歓声が上がった。
何って、俺はただ肉を切っただけなんだが? いや、まじで……。
「え~……かげピって野菜だけじゃなくてお肉も上手く扱えるんだぁ~……」
「いやいや、普通に切っただけだから……」
「私、お肉大好きだから楽しみ~……! かげピもお肉好き?」
「ま、まあ人並みには好きだけど……」
「ふぅん……好きなんだぁ……お肉」
言いながら、胸元のお肉を強調て近づいてくる高崎さんと距離を取っていると――
「ねえ、影山くん……私にも包丁の使い方教えて……?」
今度は小宮くんの彼女である藤本さんまでやってきた。
「お願い……修くんを見返したいの……! どう持つの? こう?」
包丁をナイフのように逆手で持ちながら、こっちに迫ってくる。
「お、教えるからまずその持ち方はやめよう……まじで危ないから……」
バ◯オ4のク◯ウザーか、メ◯ルギアのス◯ークじゃないんだから……。
「じゃあ……どうやって持てばいいの?」
「えっと……五本の指でギュっと握るんじゃなくて、人差し指を峰の部分に置いて……親指は柄に添えて、後の三本の指で軽く握る感じで……」
まな板の上で、見えない野菜を切るように軽く実演してみせる。
「……こう?」
「そうそう……それで、手前に引くように切れば……」
「……できた! 影山くん、すごい……! 包丁の天才……!」
「そんな大げさな……」
家の手伝いで初めて包丁を使った小学生のように喜んでいる藤本さん。
料理に関することはいつも教えられる側で、他人に教えるのは初めての経験だったけど何だかほっこりとした気分になった。
その後の準備中も皆、何かあってもなくても俺に意見を求めてきた。
「影山くん、トウモロコシってそのまま焼くのがいいかな。それとも――」
「影山くん、カレーも作るんだけど隠し味って何を入れたら――」
「影山くん、お肉用のタレにナンプラーを混ぜてみたんだけどちょっと味見して――」
「影山くん」「影山くん」「影山くん」「影山くん」「影山くん」
多分、今日だけで女子から一生分の名前を呼ばれたと思う。
もちろん頼られるのは悪い気はしなかったけれど、とにかく疲れた。
「み、みんな……頼るのはいいけど、流石にちょっと近づきすぎじゃない……!?」
しかも結局、光も途中で耐えきれずに嫉妬を爆発させてた。