第85話:海と陽キャと高級リゾートと その9
「あ~ん! 流石、かげぴ~! ちょうどいいところにきてくれた~!」
「ちょ、ちょうど良いところって……?」
側に来た彼女に手を取られそうになったのを、サっと引いて回避する。
「えっとね、えっとね……みやみやと二人であれやろうとしたんだけど~……そしたら、なんかダメだって言われてぇ……誰か来るのを待ってたの……。そしたら、ちょうど良いところにかげピが来てくれて助かったぁ~……」
「……私もいるんだけどぉ」
いつもより少し低めの声を出しながら、俺と高崎さんの間を半分ほど遮るように光がズイっと前に出てくる。
「あっ、ひかもいたんだ~」
「当たり前でしょ。だって、黎也くんは私のペア……彼氏なんだから!」
そう言って、今度は俺の腕を胸元に抱える。
二人の間で見えない火花がバチバチと散っているような気がする……。
「え、えーっと……ちょっとよく分からなかったんだけど、なんで俺らが来たら助かる感じになるんだろ……?」
「えっとねえっとね……それがね……」
「こら、千里~! 二人に迷惑かけたらダメだってば!」
高崎さんが何とか言葉を絞り出すのを待っていると、また別の声が横から聞こえてきた。
振り返ると、今度は桜宮さんが俺たちの方に歩いてきている姿が目に入った。
「え~……! 別に迷惑なんてかけてないんだけど~……! なんでそんなことゆうの~?」
「かけてるでしょ。ごめんね、二人とも」
不満そうにしている高崎さんを諌めながら、俺たちに向かって謝罪する桜宮さん。
暑さのせいか、それともお守りで疲れているのか少しくたびれているように見える。
「いや、別に迷惑って程でもないんだけど……どういう事情なのか分からなくて……」
遠回しに、高崎さんではなく桜宮さんの方に事情の説明を求める。
「それが、二人でトーイングチューブやろうと思ったんだけど残ってるのが全部四人からのしかないって言われちゃって」
「あー……そういうこと」
簡潔な説明に、ようやく状況を飲み込む。
「だから、かげピとひかが来てくれてちょうど四人ってこと~!」
「そういうわけなんだけど……どう? 迷惑なら無理にとは言わないけど」
どうしよう……と、光と顔を見合わせる。
高崎さんだけなら適当な理由を付けて拒否できたかもしれないけど、今回の旅行を全部用意してくれた桜宮さんにそう言われると流石に断りづらい。
光も流石にこれを私情で断るのは不義理だと思ったのか――
「まあ、京がそこまで言うならいいけど……」
……と若干渋々ではあるが、四人での同乗を承諾した。
「いいの!? あー……良かったぁ……これで千里がうるさいのから解放される……」
「え~……みやみや、私のことうるさいとか思ってたのぉ~……」
「だって、事実じゃん」
こうして成り行き上仕方なく、四人で一緒に遊ぶことになった。
ちなみにトーイングチューブというのは、複数人で乗れる大きなチューブを水上バイクで引っ張ってもらうアクティビティらしい。
チューブには色々な種類があり、一番有名なのがバナナボートと呼ばれる複数の棒状のチューブが連なった形状で、他にも複数人掛けのソファのようなものから、巨大な浮き輪のようなドーナツ状のものまで多種多様。
数ある海上アクティビティの中でも特にカジュアルに遊べて、人気が高いらしい。
「う~ん……どれがいいかな~?」
「あっ、これはどう? 横に付いた取っ手に掴まるんだって~」
「楽しそ~! でもこれだと千里、落ちちゃわない? 大丈夫?」
「え~……そう言われたら落ちるのはやだなぁ~……。もっと安全なのにしよーっと」
光と高崎さんが二人で並んで、種々のチューブが載ったガイドを眺めている。
当初は不本意ながらも四人で遊ぶと決まれば、それ自体には全力で前向きになれるのが光の良いところだと思う。
そんな風に二人の姿を眺めていると――
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いやいや、そんな謝られるようなことの程じゃ……」
「でも、光と二人きりの方が良かったんじゃないの?」
「……まあ、否定はしないかな」
俺の返答に、桜宮さんが『またそれ』と笑った。
「でも、ごめんはごめんだから……その代わり、夜は期待しといて」
「え? よ、夜って――」
「二人ともー! 私にも見せてー!」
桜宮さんは俺の耳元で意味深な言葉を囁くと、二人の下へと走っていった。
今のって……やっぱり、あの事なのかな……。
『彼氏持ちとか昼にいい感じになった奴らがいたら夜にこっそりと二人きりになれる時間を作れるようにしてくれるんだって』
本当に……今日、今日なのか……?
あの時、小宮くんの言っていた言葉がまた更に現実的な輪郭を持ち始めた。
変にモヤモヤした気持ちで光の後ろ姿を眺めていると、三人の選択が纏まって海へと向かうことになった。
受付から直接繋がった桟橋を渡って、チューブのある場所へと下りていく。
三人が選んだのはいわゆるコックピット型と呼ばれる種類で、お椀型になった円形のチューブに四人が輪になって座るタイプのものだった。
しかし、いざ乗り込もうと思ったところで大きな誤算が一つ。
チューブに座る際は『俺・光・高崎さん』という形で、光に彼女をブロックしてもらうつもりでいた。
向こうが何を考えてるつもりかは分からないけれど、そうするのが万全だろうと。
けれど、この円形のチューブには端という概念が存在していない。
つまり、俺がどこに座ろうと隣にもう一人誰かが来るのを避けられない。
光もその誤算に気づいたのか、絶妙に困った表情をしている。
とはいえ、合議の上で決めたものを今から別のものには変更できない。
諦めて、先に乗った光の隣に座ると――
「じゃ、私もかげピの隣にしよ~っと!」
案の定、高崎さんが光とは逆側の隣を陣取ってきた。
大丈夫、大丈夫。平常心、平常心。
例えどんな攻撃を受けても、俺は光だけを見ていればそれでいい。
そう心構えをして、物理的にも光の方を見ると――
「今度は落ちないようにね」
……と、少し悪戯な笑みを向けてきた。
そうして、最後に桜宮さんが乗り込んで出発の準備が整う。
学校でも最上位の人気女子たち三人とのレジャー体験。
この状況をハーレムと取って喜べる程の胆力は俺にはない。
ただ、何事も起こらずに終わって欲しいと祈るばかりだった。
「お願いしま~す!」
水上バイクに乗っている牽引役のスタッフさんに合図が送られると、俺たちの乗ったチューブが少しずつ動き出す。
「あっ、動いた動いた~!」
「わぁ~! 風が気持ちい~!」
最初は慣らすようにゆっくりと動いているはずが、SUPと違って視線が低いためか割と速度感がある。
この前、乗ったジェットコースターに比べたら全然大したことないだろ……と高をくくっていたが、もっと速度が出れば想像以上にスリリングかもしれない。
「ねえねえ、かげピ。こうやって並んで座ってると図書室の時みたいじゃない?」
「え? あー……そ、そうかな……?」
「うん。あの時も私が左で、かげピが右だったもんね。懐かしいなぁ~」
まるで綺麗な思い出のように言ってくるが、それはただ左の席の方がスマホの充電に都合が良いとかその程度の理由だった記憶がある。
ただ事実は事実であるので、どう応じればいいのか悩んでいると――
「わ、私だっていつも隣にいるもん……!!」
逆側から光が張り合い始めた。
「それは恋人なんだから当然でしょ~」
それに対して高崎さんは笑って、穏やかに切り返す。
てっきり、『そうなんだ~。でも、私の方が先だったけどね~』とかマウンティングし返すかと思っていたので意外だった。
「だ、だよね! いつも週末は黎也くんの家で……二人で一緒に並んで座ってゲームしたり、一緒にお菓子食べたり……それから、えっとえっと……」
「もうお家にお呼ばれしてるんだぁ~……いいなぁ~……ラブラブだぁ~……」
「で、でしょ! もうすんごいラブラブで、いつも二人だけの世界に入っちゃってるから!」
自分たちが如何に好き合っていて、誰かが入り込む余地なんて全くないと熱弁する光。
正直言ってめちゃくちゃ恥ずかしくはあるけれど、それで光が安心できるなら甘んじて受け入れよう。
「え~……羨ましいなぁ~……いっぱいイチャイチャしてるんだぁ~……」
「そ、それはもう! すっごくいっぱいしてるよ!」
「例えば、ギュ~……って、ハグしながらキスしちゃったり?」
「も、もちろん! 黎也くんがそれ大大大好きだから! 二人きりになると私がちょっと困るくらいにいっぱいして……されてるかな!」
「え~……かげピって、クール系だと思ってたけど実はすごい甘えたなんだぁ~……」
「は、ははは……」
甘んじて受け入れよう。
「じゃあさ、じゃあさ……もっと聞いてもいい? 私、人のラブい話聞くの超好きだから」
「なになに!? 私たちのことなら何でも聞いて!」
「なんでも……う~ん、じゃあ……え~、でもこれは聞いていいのかなぁ……」
「大丈夫、大丈夫! 遠慮しないで!」
恋人としての自分たちを受け入れてくれて気を良くしたのか。
光が俺の身体に被さるくらい前のめりになって、高崎さんに聞き返す。
しかし、直後にここで止めておけば良かったのにと俺たちは後悔することになる。
「もうエッチもしたの?」