第81話:海と陽キャと高級リゾートと その5
「ちょ、ちょっと待った……! まじで、一旦ストップ……!」
青春ドラマのように砂浜を駆け出したが、100mもいかない内にギブアップ宣言。
「え~……まあ、ゆっくり海を見ながらのもいっか……」
少し残念そうに言いながら光が速度を緩めてくれた。
足を止め、ぜぇぜぇと肩で息をして呼吸を整える。
夏の日差しがあるとはいえ、我ながら体力の無さに情けなくなる。
一方の光は少し汗をかいているくらいで息は全く乱れていない。
直前までビーチバレーで跳ね回っていたのに、なんて凄まじい体力だ……。
「大丈夫……?」
「だ、大丈夫……水分はちゃんと取ってるから……」
心配して覗き込んできた光に応えて、大きく呼吸をして肺の奥に酸素を送り込む。
「よし……行こっか」
「うん!」
そうして今度は二人で並び、砂浜をゆっくりと歩き出す。
右手側には照りつける日差しを受けて輝く白い砂浜に、青い海。
左手側には海の家風のオシャレなカフェなどの飲食・休憩施設。
そんな夏を具現化したような光景が、光と二人でいると俺たちだけの為にあるようにさえ思えてくる。
「ふんふっふふ~ん♪」
隣では光が、夏の定番ソングを口ずさみながら繋いだ手を振っている。
「今日はいつにもましてご機嫌じゃない?」
「そりゃあ、だって海だよ! 海!」
「そんなに海好きだったんだ」
「うん! 夏で……海だからね!」
こっちに振り返り、決め顔で言われる。
全く答えにはなっていないけれど、すごく楽しそうなのは伝わってきた。
「黎也くんは海好きじゃないの?」
「う~ん……好きとか嫌いとかで考えたことがあんまりないかも。地元が海の近くだったから、あるのが当然って言うか……」
「へぇ~……そうなんだ。黎也くんの地元……いつか行ってみたいな~」
「わざわざ行く程、何があるような場所でもないけどね」
「そうなの? でも、黎也くんと一緒なら絶対どこでも楽しいでしょ!」
ニコっと太陽よりも眩しい笑顔を浮かべながら言われる。
こういうことを照れも躊躇もなく、真正面から言ってくるのが本当にずるい……。
「ところで……それ、暑くないの?」
話題を切り替えて、光の身体を指差して言う。
この海水浴場に来てから、彼女はずっと上着を羽織ったままでいる。
詳しくはないけどパーカー風のラッシュガードとでも言うのだろうか。
肌の露出を抑えるためとはいえ、バレー中も着ていたのは正直かなり暑そうに見えた。
「んー……暑いと言えば暑いけど、夏だからね! それにこれ、UVカットの効果もあるから日焼け対策にもなるし! しかも、水陸両用だからこのまま海に入っても大丈夫なやつ!」
「へぇ……そんなのがあるんだ……」
ただ水着の上にシャツを着てきた自分とは、意識が随分違うなと感心する。
「汗かいたら気持ち悪くならない?」
「うん、これ汗もよく吸うし……そもそも私、あんまり汗かかないから」
「そっか……でも、熱中症とかには気をつけて。釈迦に説法かもしれないけど」
そこで会話が少し途切れ、砂浜を歩く二人分の足音だけがしばらく響く。
「……そんなに脱いで欲しいの?」
「へっ?」
不意に投げかけられた言葉に、間抜けな声が出てしまう。
「なんか……早く水着が見たくて、上着を脱がせようとしてるのかなーって……」
「…………まさか。ただ、大丈夫なのかなって思っただけで……脱がせようだなんて……」
「ほんとに? じゃあ、今日はずっとこのままでもいいの?」
「ん……まあ、光がそれで過ごしやすいって言うなら……」
「私が、じゃなくて黎也くんがどう思ってるのかを聞いてるんだけど~?」
全てを見透かしているような丸々とした大きな目でジッと見つめられる。
「お、俺は……」
「ん~……? 俺は~……?」
更に顔を近づけて、心の奥底まで覗き込める。
この状況で、俺に一体どんな抵抗が出来ただろうか。
「み、水着が……見たいです……」
某バスケットボール漫画の名シーンのように、自らの欲求を吐露させられた。
「この前、あんなにいっぱい見たのに?」
「あれとこれとは別腹っていうか……」
「ど・う・し・よ・う・か・な~……」
一字一字を区切りながら、左手の指先がファスナーのスライダーにかけられる。
その所作がやたらと煽情的で、思わず息を呑んでしまった。
見たい。見たい。見たい。
見たいゲージが加速度的に上昇していく。
やっぱり、(海と思い込んでただけの)部屋で見るのと本物の海で見るのは違う。
水着は海で見てこその水着。
今こそ、『海で彼女の水着姿を見た』の実績を解除したい。
「んも~……そんな目で見られたら仕方ないなぁ~……」
やや茶番じみた行程を経て、光がスライダーに手をかける。
そのまま俺の目をジッと見つめたまま、それを少しずつゆっくり下ろしていく。
まるでソウルライクゲーのボスがしてくるディレイ攻撃のような焦らし。
でも光がこの後も機嫌よく水着のままでいてくれるかは間違いなく、俺の反応次第だ。
ゆっくり、ゆっくりと……|ファスナーを下ろしていく彼女の挙動《攻撃モーシヨン》を注視する。
さあ、来い! 最高のタイミングでリアクションを決めてやる!
……と、強く意気込むが――
「ん~……とりあえずはこのくらいかな」
彼女は首元からファスナーを10cmほど下ろしたところで、その手を止めた。
まだ僅かに首元の素肌が見えているだけで、水着は影も形も見えてない。
「……え? ど、どういうこと……?」
見事にパリィをすかされてしまった困惑のままに、真意を尋ねる。
「黎也くんが私をもっとその気にさせてくれたら、ここからドンドン下りていくってこと」
そう言って、光は面白いことを思いついたと悪戯な笑みを浮かべる。
ボスの体力ゲージかよ……。