第80話:海と陽キャと高級リゾートと その4
「こ、これって……」
その薄い袋が放つ、えげつない存在感に息を呑む。
男女の交わりの際に凹凸の凸の側に付けるもので、インターネットではSNSに流れてくるギャル系キャラのお供でもある代物。
保健の授業で使い方を学んだりはしたが、実物を見るのは初めてだった。
「まあ、そういうことで協力して欲しいんだよ……」
少し気まずそうにしながら、小宮くんがそれを財布へと戻す。
「でも、協力って具体的には何をすれば? そもそも、女子とは寝泊まりする場所が別だけど……」
俺の質問に対して、小宮くんが数度辺りをキョロキョロを見回してから小声で続ける。
「それが、さっき待ち合わせてた時に京とちょっと話したんだけどさ。高校生で表立って男女同室には出来なかっただけで、彼氏持ちとか昼にいい感じになった奴らがいたら夜にこっそりと二人きりになれる時間を作れるようにしてくれるんだって」
「それ、まじで……?」
彼に倣って、俺も小声で聞き返す。
「まじまじ、直接聞いた話だからな。で、頼みってのは俺が春菜と消えた時に他の皆には適当な話で誤魔化しといてくれって話な」
「ああ、なるほど……そういう……」
「今日、初めて話した影山にこんなことを頼むのは正直かなり気が引けるんだけどさ。でも、今は彼女のいない奴らに頼むと気を悪くすっかもしれないだろ?」
両手のひらを合わせて、拝むように頼み込んでくる小宮くん。
「そこまでしなくても、もちろん手伝うよ。そんな大したことでもないし」
そんな彼に対して、一瞬も悩むことなく答えた。
さっきの件だけでなく、コテージの時から彼には救われ続けている。
多少の不純さはあれど、そんな恩人にここまで頼まれて断れる理由はなかった。
「まじか!? やっぱ、影山っていい男だなぁ~! 恩に着るわ! そうだ! せっかくだし、PINEも交換しとこうぜ!」
「ああ、うん。いいけど」
荷物からスマホを取り出して、お互いのIDを交換する。
友達一覧に同級生の男子が追加されたのは、おおよそ一年ぶりのことだった。
それが思ったよりも嬉しくて、見られないように表情を隠してしまう。
「ところでなんだけど……」
そうして連絡先の交換が終わったところで、気になっていたことを切り出す。
「ん?」
「恋人同士ってことは、俺と光もなれるのかな……? その、二人きりに……」
せっかくリゾートだし、光と二人で雰囲気の良い夜の時間を過ごしたい。
諸々の事情を鑑みると流石に諦めかけていたが、今のが本当なら話は違ってくる。
そんな俺からの逆質問に、小宮くんが虚を取られたように少し間を空けた後――
「なんだよ影山ぁ……! お前もちゃっかりしてんなぁ……!」
ニヤニヤと笑いながら、俺の身体を肘で軽く小突いてくる。
「いや、だって本当に場所も宿もいいところだしさ。せっかくだから……」
「大丈夫大丈夫! その時は逆に俺がちゃんとアシストするから! なんなら一つ譲ってやろうか?」
「いやいやいや……! それはいいから……! 俺らにはまだ早いし……!」
財布の中から例の袋を取り出そうとする小宮くんを制止する。
「早いとか遅いとか関係ないって。大事なのは相手をどれだけ好きかだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「だろ? なんなら朝日さんの方も待ってるかもよ?」
「ま、待ってるかな……」
「全然あるって。女子だって意外と興味あるもんだよ」
その言葉に、ゴクリと唾を飲む。
確かに光の積極性を考えたら、全くありえない話でもないような気がしてきた。
振る舞いは子供っぽく見えるけど、年齢的にはそういうことに関する知識や興味だって少なからずあるだろうし……。
「とにかく! 高校二年の夏はこの一度きりなんだし! お互い悔いのない最高の夏に出来るように頑張ろうぜ!」
そう言って、背中を軽く押し出されるようにポンと叩かれる。
「てか、あいつらはまだ向こうでグダってんのか?」
「あー……誰が誰を誘うかで、なかなか纏まってないのかも」
海の方にいる男子一行へと目を向けると、彼らは女子の方を見ながら何かを言い合っていた。
声は聞こえないが、大体何を言っているのかは想像が出来た。
「……ったく、しょうがねぇな。こういう時はチームプレイでやらないとダメだってのに」
やれやれと呆れるように言いながら、小宮くんが立ち上がる。
「ちょっと俺、あいつらと話してくるから荷物の番を任せてもいいか?」
「ああ、うん。大丈夫」
「じゃ、行ってくるわ。悪いな」
そう言い残して、小宮くんは歩いて彼らの方へと向かっていった。
一人になり、俺としては落ち着く環境下でさっきの話を思い出す。
『なんなら朝日さんの方も待ってるかもよ?』
それは俺だって健全な男子高校生だ。
そういうことに興味は津々だし、光といつかはそうなれることを期待もしてる。
お互いがどれだけ好き合っているかで、遅いも早いもない。
彼の言葉が事実なら、確かに今の状況はお誂え向きな気がしてきた。
そんな小さい期待を膨らませながら、ぼんやりと光の姿を視界に捉えていると――
「お待たせー」
後ろから誰かが声をかけてきた。
振り返ると、荷物を持った桜宮さんが側に来ていた。
薄い上着を一枚羽織っているだけで既に海で遊ぶ準備は万端。
誰かが期待していたようなエグい水着ではないけれど、なかなかに過激なビキニタイプのものを着ている。
しかし、光のビキニ姿を先に見ていたおかげか、それを見ても特段狼狽えるようなことはなかった。
「あっ、影山くん! 一人なの? みんなは?」
「女子はあっちでビーチバレーしてる。男子は向こうで……作戦会議中?」
場に則さない言葉に首を傾げつつも、そっかそっかと言いながら彼女が荷物を置く。
「影山くんはどう? 今のところ、楽しんでくれてる?」
「あー……うん。宿は良さそうなところだし、海の方も混雑してなくて快適に過ごせそうで良い時間になりそうだと思う。今日は招待してくれてありがとう」
「いいのいいの。気にしないで。でも、光以外に顔見知りのいないところに呼んじゃったみたいだから、そう言ってもらえるとちょっと安心したかも」
ほっと胸を撫で下ろすような仕草をしながら言われる。
前に光とのデート中に会った時に、やたらとマウンティングを試みてきた印象が強かったからか、意外にも柔和な対応に少し拍子抜けする。
終業式にあんな形でわざわざ俺を誘ってきたのも正直、何か企んでいるんじゃないかと思っていた。
けれど、今の彼女はそんな様子は微塵も見せていない。
何か、必要以上に警戒していた自分が少し恥ずかしくなってきた。
「でも……影山くんは光と一緒だったらどこでも楽しいんじゃないの?」
「……まあ、否定はできないかな」
からかうような笑みを向けてきた彼女に、こっちも苦笑しながら返す。
小宮くんのおかげで随分と気が楽になったからか、普段は関わりの少ない一軍女子との会話もなんだか慣れてきた気がする。
「そういう桜宮さんは……?」
「ん? 私が何?」
「その……あの時の彼氏は呼んだりしてないのかなって……?」
「あの時の彼氏……? どの時だろ……」
俺の言葉に上手く合点がいかないのか、頬に手を当てて考え込む仕草をしている。
「ほら、結構前の休みに偶然ばったり会った時に言ってた人。確か……慶陽の医大生だっけ……?」
「医大……あー、あの人ね! あの人ならもう結構前に別れちゃった」
ようやく思い出した彼女は、続けてあっけらかんとそう言った。
「わかれ……ああ、そうだったんだ……。だったら、ごめん。何か変なこと言って……」
「別に気にしなくていいから。別れたっていうか、そもそも付き合ってるのかも微妙だったし」
そんな話を平然と行う彼女に、若干引き気味になる。
あの時はあんなに自慢げにしていたのに……。
いや、もしかしたら俺の方がおかしいだけで若者の恋愛なんてこんな軽い感じなのが普通なのか……?
分からない……文化が違う……。
少しは慣れたような気がしていたが、やっぱり全く別の人種だと思い知らされた。
「何か俺が引っ張ってやるぞーって感じで、デートプランとかも全部向こうが決めてくれてたんだけど。その割には全部どこかの受け売りばっかりで、一緒にいてつまんなかったんだよね。会話のレパートリーも自慢ばっかで代わり映えがしないし。しかも、すぐにホテルに連れ込もうとしてきたからまじで最悪だった」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ……それは最悪だ……」
「二回目のデートでそれってどう思う? ありえなくない?」
「そ、それは……あれだなぁ……ありえないなぁ……」
「だよね? 早くてもせめて三回目くらいにしてくれないと」
「うんうん……確かに確かに……やっぱり三回目じゃないと……」
何もかもが分からない違う文化圏の言語を、ただオウム返しで誤魔化していると――
「あっ、京ー! やっと戻ってきたー!」
ビーチバレーをしていた女子の一人が、桜宮さんの到着に気がついた。
それを皮切りに、男子と女子も待ちわびていたぞと集まってくる。
「も~! みやみや、おそい~! 何してたの~?」
戻って来るや否や、高崎さんはまるで飼い犬のように桜宮さんにすり寄る。
「え? あー……ちょっと叔父さんと話し込んじゃって。ごめんごめん。」
「てか、みやみや何か目赤くない?」
「そう? 潮風が染みちゃったのかな? それよりも遅いってどういうこと? 先に遊んでくれてて良かったのに」
「ああ、それなんだけど……実は――」
遅れてきた桜宮さんに、小宮くんが事情を説明する。
「男女ペアで……へぇ~、面白そう! 主催者権限でそれ採用!」
陽キャ女子の代表格とも言うべき彼女がその提案を拒むわけもなく、こうして例の企画は本決まりとなった。
「じゃ、私はみやみやと組む~!」
「私とって……なんでそうなるの。男子と組みなよ」
「だって、この中から選ぶくらいならみやみやと一緒の方がいいかな~って……どうせ女子の方が多いから余るし~……」
男子一同の顔をグルっと見回してから、高崎さんが歯に衣着せず言う。
「はぁ……まあ今日は私が主催だし、損な役回りも仕方ないか……」
大きくため息を吐きながら渋々と高崎さんを受け入れる桜宮さん。
二人を狙っていたと思しき男子は露骨に気落ちしているが、俺は何をしでかすか分からない迷い犬を飼い主が引き取ってくれたような心地で安堵していた。
こうなると後は――
「黎也くん黎也くん!」
皆がペア決めに右往左往している間を抜けて、光が側にやってくる。
「早く行こ! お昼過ぎて人が増えてくると並ばないといけなくなるかもだし!」
「確かに。じゃあ、行こうか」
誘うという行程を経ず、ごく自然に差し出された手を握り返した。
皆には悪いけど、ここは一足先に抜け出させてもらおう。
「早く早く!」
「ちょ、ちょっと待って……砂浜で走ると危ないから……」
「大丈夫! 私、足腰はかなり鍛えてるから!」
「いやいや、俺が鍛えてないから……てか、あれだけ本気でビーチバレーやってたのになんでそんなに体力が……」
「それはもちろん鍛えてるから! ほら、走って走って!」
急かす光に手を引かれながら、サンダル越しでも熱気の感じる砂浜を駆ける。
たったそれだけのことで、『やっぱり来て良かった』とまたまた思い直す。
こうして俺たちが恋人として過ごす初めての夏本番がようやく幕を開けた。
重大告知です!!
書籍版『光属性美少女の朝日さんがなぜか毎週末俺の部屋に入り浸るようになった件』の情報公開の許可が出たので、この場を借りて発表させて頂きます!
まず出版レーベルはGA文庫で、発売日は10月13日(日)となります。
GA文庫と言えば多くの有名Web発作品を有する一大レーベルです!
特にラブコメ的には『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』という偉大な先達と同じレーベルからの出版ということで非常に光栄です! やったー! うれしー!
続いて、キャラクターデザインと表紙・挿絵などと担当して頂くイラストレーター様は間明田先生(https://x.com/mamy6o6)です!
繊細かつ絢爛な筆致で魅力たっぷりな美少女を描かれる方で、朝日さんの光属性な魅力も見事に表現してくれています。
そんな間明田先生による表紙イラストがこちらになります!!
他にも作中の印象的なシーンがカラー口絵や挿絵で描かれていて、これだけが買う価値があります!!
是非、お楽しみにしてください!!
また出版に際して、Web版をベースに一部改稿や加筆修正が行われています。
完全新規書き下ろしのエピローグなども追加されているので、こちらも楽しみにしてください!
えーっと……告知はこんなもので、後は読者の皆さんへのお願いになります。
打ち切りは嫌だ!!
打ち切りは嫌だ打ち切りは嫌だ打ち切りは嫌だ!!
打ち切りはヤダーーーー!!!!
出版業界は修羅の国で、売れなければ続刊は難しい世界です。
でも、せめて三巻……いや、四巻は出したい……やっぱりコミカライズも……夢は大きくアニメ化……。
……というわけで買ってください! お願いします! 何でもしますから!
文庫なので税込みで800円。
大判書籍と比べれば手頃ですが、決して安い買い物ではないと思います。
ですが、投稿開始から八ヶ月……この117話まで付いてきてくださった皆さんならきっと手に取って頂けると信じています!! 何卒よろしくお願いします!!
改めて、発売日は10月13日(日)になります。
既にAmazon等の通販サイトでは既に予約も開始しています。
ラノベは初動売上が非常に大事なので、購入予定の方は是非ご予約を!!
https://www.sbcr.jp/product/4815626945/
最後に、ラブコメジャンルへの初挑戦で書籍化という望外の結果が得られたのはここまで応援してくださった皆さんのおかげです。
本当にありがとうございました。
Web版も当然これからまだまだ更新していく予定なので、引き続き影山くんと朝日さんへの応援をどうかよろしくお願いします。