第79話:海と陽キャと高級リゾートと その3
「いや、それはちょっと……どうなんだろう……」
ついてくる来る満々の高崎さんに、やんわりと拒絶の言葉を告げた。
隣では光も分からない程度に首を『うんうん』と小さく縦に振っている。
「どう……って私は全然、構わないけど? せっかく来たんだから色々やってみたいし」
いや、俺らが構うんだよ。
天然でやってるのか、わざとやってるのか彼女に心の中でツッコむ。
しかし、こう言われてはなかなか強くは拒めない。
名目上は皆で遊びに来ているという中で、はっきりと『彼女と二人きりで過ごしたい』と表明すれば間違いなく角が立つ。
ただ、普通は周囲が察した上で色々と気を使ったり使われたりするものだと思っていたが……
「シュノーケリングとかアスレチックとか楽しそ~!」
その空気の読めなさに、全員が光の友達である女子一行も若干引いている。
一方で男子たちは、『今度は高崎さんかよ。なんでこいつばっかり……』と俺に若干の怨嗟が混じった視線を向けてきていた。
でも、そんなのは正直言って俺の方が教えて欲しい。
高崎さんと言えば、桜宮さんといつも一緒にいる陽キャ女子筆頭の一人。
その独特のゆるふわな雰囲気と豊満な身体で、男子にもなかなかマニアックな人気があるらしい。
一方で個人的な性質としては相当な面食いでもあり、これまで付き合ってきた相手はほとんど顔で選んできたという生々しい話は俺のところにまで届いてきていた。
そんな人が一年程前に図書委員で数度だけ一緒に過ごした相手に、ここまで執拗に迫ってくるのは何らかの陰謀が働いているとしか思えない。
「ね? いいでしょぉ~? かげピ~」
「えっと……俺はやっぱり、その……」
半端な対応では、どこまでも食い下がって来そうな高崎さん。
ここは多少反感を買ってでも、しっかりと意思表示すべきかと考えていると――
「そんじゃあさ。そっちは後で皆で一緒に行く時間を作るってのはどう?」
小宮くんが間を取り持ってくれるように、そう言った。
「みんなで一緒に?」
「そうそう。それでさ。せっかくだし、男女で一対一のペアを組むとかどう?」
「え~? 何それ……なんか海だからって露骨に狙いすぎじゃない?」
「でも、沙綾こそ今年の夏は絶対彼氏作るとか言ってたしちょうど良いんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと言わないでよ……!」
「私は別にいいよ。相手は選ばせてもらうけど」
「私も賛成! せっかくなんだし、そういうのも面白そう!」
その提案に女子からは僅かな否の声が出るも、すぐに賛の声に押し流される。
一方で男子の方も、『小宮、でかした!』と既にソワソワし始めていた。
「そうそう、余興みたいなもんだからそんな真面目に考えなくても大丈夫だって。なんなら女子の方が人数は多いわけだし、嫌な人はそこでペアに作ればいいじゃん」
「て言うか、コミーが春菜と二人になりたいだけでしょ?」
「あ、バレた? そう、俺がイチャつきたいだけなんだよね」
「もう……バカじゃないの……」
小宮くんがおどけて藤本さんが恥ずかしがると、皆から笑い声が上がる。
夏の海で男女のペア行動。
普通なら露骨な下心を感じさせて、女子に強い警戒心を抱かせる企画だ。
しかし、彼はそれを彼女持ちという立場から提案することで見事に隠してみせた。
それによってサポートするという約束を履行して他の男子の信頼を得て、自分はまんまと彼女と二人きりになれる状況を作り出した。
コミュニケーション能力を超越した、場の支配力とでも言うべき能力に感嘆する。
「じゃあ、後で京が戻ってきたらそうするってことで決定!」
小宮くんの宣言に合わせて、皆から賛同の声が上がる。
そうなると流石の高崎さんも他の全員を敵には回せなかったのか、やや不満げにしながらもこの場は引き下がってくれた。
本当に助かったと彼に感謝の念を送っていると、それに気づいたのか向こうも他の人からは見えない位置で親指を立てて応えてくれた。
画面の端で、好感度ゲージがギューンと音を立てて伸びていく。
これがギャルゲだったら俺はもう落とされている。
そうして、桜宮さんが戻ってくるまでは皆で好きに行動して過ごすことになった。
女子は近くにあったコートを使ってのビーチバレー。
男子は海で泳ぐフリをしながら誰が誰とペアに誘うのかの作戦会議。
俺と小宮くんは、どちらにも参加せずに荷物の番をしていた。
「ほいよ」
「あっ、ありがとう……」
レジャーシートに座り、彼がクーラーボックスから取り出した飲み物を受け取る。
「さっきは災難だったな」
「はは……災難というかなんていうか……正直、まだ意味が分からなくて戸惑ってる感じ」
「千里なぁ……ちょっと不思議ちゃん入ってて何考えてるのか分かりづらいんだよな。一年の時はあんな感じじゃなかったんだろ?」
自分もスポドリのキャップを空けて、一口飲みながら小宮くんが言う。
「うん、本当に図書委員で何回か一緒になっただけだけど……正直、全くこっちには興味持ってませんって感じだったと思う」
あの時の記憶を今思い出して見ても、やっぱりそんな綺麗な思い出はない。
会話は最低限の事務的なものくらいで、なんなら役目を押し付けて先に帰られたことさえある。
だから俺としては今日の態度は本当に全く意味が分からなかったが……
「ふ~ん、じゃあ多分あれだな」
「あれ?」
小宮くんは何か心当たりのようなものがあるのか、そう言って続けていく。。
「影山が朝日さんと付き合ったのが、やっぱりかなり利いてるんだろうな」
「光と付き合ったのが……?」
その二点の繋がりが分からずに首を傾げる。
「なんつーの? 例えば……ほら、ブランド物とかって有名な誰々が使ってるからで価値が上がったりするだろ? それと同じで、あの朝日光が選んだ男ってことで影山の市場価値も爆上がりしてるってわけだよ」
「な、なるほど……」
「もちろん、全員がそうってわけじゃないだろうけどさ。千里とかはまさに他人が良いって言ってるものを良いと思うようなタイプっぽくね?」
その納得は出来るけど微妙に肯定しづらい言葉に苦笑いで返す。
他人が価値を認めているものにこそ価値を感じる。
以前に、どこかのマセた園児も似たようなことを言っていた記憶があるな……。
「とにかく、そんな感じでちょっかいをかけてきたんだろ。影山にとっちゃいい迷惑だろうけど……朝日さんとの間には誰も入り込む余地もないってところを見せてやれば、すぐに諦めるんじゃね」
そう言って、彼は女子がビーチバレーをしている方へと視線を向ける。
「光、お願い」
「オッケー! 任せて!」
藤本さんが高々と上げたトスに向かって、光は悪い足場を諸共せずに大跳躍する。
「ホップ! ステップ! アターック!!」
そのまま右手でボールを思い切り叩き、矢のような打球が砂浜に突き刺さる。
「イエーイ! 春菜、ナイストース!」
「そっちもナイスアタック」
着地した光が藤本さんの方へと駆け寄り、ハイタッチを交わしている。
そうだ。小宮くんの言う通りだ。
俺が光のことだけを考えていれば何も揺るがない。
誰から何をされたとしても、自分はそう出来るという自負もある。
実際に、同級生の女子たちが水着姿でいるのを見ても大きな衝撃はなかった。
俺は自分が思ってる以上に、光のことしか見ていないのかもしれない。
そう考えながらコート上を飛び回っている光の姿を見ていると――
「いやぁ……それにしてもいいよなぁ……」
隣で小宮くんがしみじみとした声でそう言った。
「なあ! 影山! 最高だよな!」
「え? な、何が……?」
こっちに振り向かれると同時に、今度は強く同意を求められて困惑する。
「何がって……この状況全てに決まってるだろ。俺ら、今まさに青春のポールポジションにいるって感じじゃね?」
晴れ晴れとした青空のように、爽やかな笑みを浮かべて言われる。
「どうだろ……。小宮くんはそうかもしれないけど、俺は正直付いて行くのが精一杯って感じかな」
「おいおいおい……あの朝日光を恋人にしといて、そんな不甲斐ないことを言うなよ……」
笑いながら、少し呆れるように言われる。
「自慢しろとまでは言わないけど、もうちょっと胸を張れよ。ぶっちゃけ、最初に聞いた時は俺でもちょっと嫉妬したからな」
「そ、そうなんだ……」
「そりゃそうだろ。だって、朝日光だぞ? 当時から人気はすごかったけど、そこから更に伸びて今やガチの国民的アイドルだし、男なら誰でも大なり小なり嫉妬はするって。でも、そう考えたらむしろ影山は全然自慢すらしないのはある意味すげーのか。普通なら同級生ってだけでめちゃくちゃ自慢するだろ」
どう応えていいのか分からない言葉を、また苦笑いで誤魔化す。
それは未だに俺が光に対して劣等感を抱えているからだとは流石にダサくて言えない。
「……でも、俺の場合は嫉妬つっても本当にちょっとだったけどな! まじでこのくらい! 産毛1本分くらいの嫉妬! だから、今の話を春菜には絶対言うなよ?」
勢いでダメなことを口走ってしまったと思い直したのか、やや強めに釘を差される。。
「も、もちろん……言わない言わない」
「頼むからな。俺、春菜のこと……まじで好きだからさ」
砂浜を駆け回る恋人の姿を見つめながら、また浸るように言う。
「うん、俺の目から見ても二人は本当にすごくお似合いのカップルだと思う」
「だろ? やっぱ、お前って朝日さんが選んだ男だけあって見る目あるな」
お似合いと言われたのはよほど嬉しかったのか、破顔しながら背中を軽く叩かれる。
慣れない陽のノリだけど、不思議としんどいと思うような気持ちは無かった。
そのまま、二人で互いの恋人のビーチバレーを観戦していると――
「でさ……同じ彼女持ちとして、実はお前に頼みがあるんだよな……」
不意に今度は一転して、神妙な様子でそう切り出された。
「頼み?」
「まあ……なんつーの……? こんな綺麗な夏の海にさ……あんな雰囲気が良い宿がお誂え向きに揃ってるわけじゃん……?」
「ああ、うん。本当にいいところだよね」
「だからさ……俺、今夜キメようと思ってるんだよ……春菜と……」
「きめ……? 何を……?」
意味が理解できずに首を傾げる俺に、今の自分の言葉では伝わらないと思ったのか。
小宮くんは荷物の中から財布を取り出し、更にその中から何かを取り出した。
「……これだよ」
彼が指先に摘んでいるのは、5cm四方くらいの大きさの薄い袋。
表面に『0.01』と書かれた袋越しに内容物の円形が浮かぶそれは、いわゆるコンドームと呼ばれる男性用の避妊具だった。