第78話:海と陽キャと高級リゾートと その2
準備を完了させた俺たちは、コテージを出て一足先に海へと向かった。
当初はこの陽キャ集団の中でどう過ごせばいいかで気が重かったけれど、小宮くんという心強い味方も得られた。
そうして、幾分か軽くなった足取りで荷物を抱えて歩くこと五分。
眩しい日差しの降り注ぐ砂浜へと俺達は辿り着いた。
左右にどこまでも長く連なる白い砂浜。
その奥に広がる青々とした果てしない大海原。
どちらも夏の強い日差しを受けて、まるで宝石のように輝いている。
「うおー! すっげー!」
「海だー! やっべー! でけぇー!」
先頭を進んでいた者から順番に、語彙力が低下する程の景色に目を奪われていく。
「乗り込めー! ひゃっほーう! 一番乗りー!」
「あっ、ずりぃ! 俺も俺も!」
まるで海を見たらそうしなければならないと本能に刷り込まれていたかのように。
陽キャ集団たちは荷物をその場に投げ捨てて、我先にと砂浜を駆け出した。
「ったくあいつら……ガキかよ……」
波打ち際で青春ドラマのようにはしゃいでる彼らを見て、隣で小宮くんが呆れたように笑う。
「仕方ない……女子が来る前に俺ら二人で拠点作っておこうか」
「そ、そうだね。そうしよう」
小宮くんの言う通りにしておけば間違いない。
雛鳥が初めて見たものを親だと思うように、俺は彼を信用しきっていた。
二人で女子から受け取ったパラソルや椅子などをテキパキと組み立てていく。
「それにしてもかなり良い感じのところだよな。人も意外と少ないし」
「うん、シーズンの真っ只中だからものすごい過密なのを想像してたけど、これならかなりゆったりと遊べそうだよね」
グルっと辺りを見回しながら答える。
真夏の海水浴シーズンの最中としては、利用客はそこまで多くない。
理由としては隣接するリゾートの中核施設である大きなホテルが道路と海岸を遮るように在り、準プライベートビーチのような空間になっているからだろうか。
それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、単なる海水浴目的な一般客は微妙に外から入りづらい空間になっているのかもしれない。
加えて屈強な監視員が何人も目を光らせていることで、ナンパ目当ての地元民などの排除にも成功しているらしい。
「ふぅ……これでとりあえず完成かな?」
二人でなんとか、今日の活動拠点を作り終える。
完成のタイミングでちょうど、コテージの方角から女子たちが歩いてくるのが見えた。
「おっ、ちょうど女子も来たっぽいな。おーい! こっちこっち~! お前らもー! 女子来たぞー!」
小宮くんがまずは女子に手を振って呼びかけ、続いて海で遊んでいる男子たちも呼ぶ。
「れーやくーん!」
そんな中、俺達の下へと真っ先に駆けつけてきたのは光だった。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いや、大丈夫。そんなに待ってないから」
「ほんとに? それなら良かった~」
ほとんど飛びついてくるような勢いで俺の腕を取り、えへへっと顔を破顔させる。
上には大きめのパーカーを羽織り、そう簡単に水着は見せないと防御力を高めている。
それでも夏の海の開放感からか、普段よりも若干テンションは高めだ。
「お待たせ~。あっ、パラソルとかビーチチェアの準備してくれてたんだ」
続けて女子の一行が到着し、少し遅れて男子たちも戻って来る。
「おう。俺と影山の二人でやっといた。こいつらは遊んでただけ」
「何それ~。遊んでないで、ちゃんと手伝いなよ~」
「うっせぇなぁ。お前らだって他人に任せてるくせに」
「女子はやること多いんだから仕方ないでしょ」
「知るかよ。そんなこと」
知らない女子と知らない男子が言い合っている間に、一行の後方から抜け出してきた背の高い女子が俺たちの方にやってくる。
「修くん、お待たせ」
小宮くんの下の名前を呼びながらやってきた彼女のことは俺も多少は知っていた。
藤本春菜――秀葉院陸上部のエースで、小宮くんの彼女。
光よりも更に短いショートカットに、やや無表情気味ながらも整った顔立ち。
上にはラッシュガードを着て防御力を高めているが、スラッとした長い脚は惜しげなく素肌を曝け出している。
「おっ、春菜。なんだよ、せっかくの海なのにテンション低くね?」
「だって、日差し強いし……すごい暑いし……」
「朝日さんみたいに情熱的に飛び込んできてくれりゃ良かったのに」
「無理無理……私、そういうの絶対に無理だから……」
顔の前で手を振りながら、照れくさそうに小宮くんから目を逸らしている。
陽キャ男子筆頭の恋人ということで、どんな人なのかと思っていたら意外と控えめな性格らしい。
ただ、性格は逆でも並んでいると美男美女ですごく画になる二人だ。
並んで歩いていたのを見た颯斗が、嫉妬心を全開にしてたのも頷ける。
「あれ? そういや京は?」
男子の一人がそう発したことで、今日の主催である桜宮さんの姿ないことに気がつく。
「招待してくれた叔父さんにお礼の挨拶しにいくから少し遅れるだって」
「そうなんだ。じゃあ、あいつには悪いけど一足先に遊ばせてもらうか」
「言わなくても先に遊んでたじゃん」
冷静で的確なツッコミに皆が笑っている中――
「ねえねえ、黎也くん……」
光がコソっと俺にだけ聞こえるような小声で話しかけてくる。
「ん? 何?」
「さっき京から聞いたんだけどさ。向こうで色んなアクティビティもあるんだって、シュノーケリングとか海上アスレチックとか」
「へぇ、そうなんだ。面白そう」
「うん、このリストバンド付けてたら今は優先的に出来るらしいから、後でちょっと抜け出して二人で行ってみない?」
「いいのかな? 一応、みんなで来てるわけだけど……」
「ちょっとくらいなら大丈夫じゃない? ずっと、みんなで一緒にいるわけでもないだろうし……それに、二人きりになれたら水着もちゃんと見せてあげるから……ね?」
最後の文言は、よりコソっと囁くように身体を寄せて言われる。
たったそれだけで、やっぱり今日は来て良かったと思い直すくらいに俺は単純だった。
「……じゃあ、ちょっとみんなと居てから後で――」
そうして、二人でいつ抜け出そうかの算段を企てていると――
「あれ? かげピ?」
そんな企てを阻止するかの如く、誰かが言葉を重ねてきた。
「か、かげピ……!?」
その俺の名前を万倍可愛くしたような響きに、真っ先に反応したのは光だった。
一方で俺は意外と冷静でいられたのは、かなり前ではあるがその呼び方をしてくる女子に覚えがあったからだった。
「た、高崎さん……?」
「わ~! 久しぶり~! かげピも来てたんだ~!」
その名前を呼ぶと、一団から一人の女子が姿を現した。
高崎千里――颯斗曰く、『学年一のわがままボディ』の持ち主。
彼女はゆるふわのウェーブがかった茶髪と、今日いる女子の中で最も防御力が薄い豊満気味の身体を跳ねさせながら俺の下へとやってくる。
「あ、ああ……うん……桜宮さんに誘われて……」
「え~! そうなんだぁ! なんか嬉しいなぁ~!」
おっとりと伸ばした口調で話す高崎さん。
そんな彼女を相変わらずだと思いながら、横目で光の様子を恐る恐る伺うと――
「れ、黎也くんって……千里と仲良かったんだ……あ、あだ名で呼ばれるくらいに……」
彼女は動揺を隠しきれずに、声を震わせていた。
「な、仲が良いってわけじゃなくて……一年の時に図書委員をやってた時に何回か図書館の受付係で一緒になっただけかな……」
当たり障りのないように、また誤解を絶対に生まないように簡潔に関係性を説明する。
そう、あれは今から遡ること約一年前。
クラスでの委員決めの際に外部受験組で発言権も無く、部活もやっていなかった俺は図書委員を押し付けられた。
昼休みと放課後に、図書館の受付をするという面倒極まりない役割だ。
そこで何度かペアになったのが、この高崎さんだった。
とはいえ、そこに何らかの青春的なイベントがあったわけではない。
変なあだ名を付けられたくらいで、他の会話は事務的なものが何度かあったくらい。
後はひたすらスマホを弄っている彼女の隣で、委員としての業務を適当に熟していただけの薄い薄い関係。
光が怪訝に思うようなことなんて何もないはずなんだけど――
「え~! そういう言い方はひどくな~い? めっちゃ仲良くやってたのに~……」
何故か向こうは、そう思っていなかったように振る舞ってきて困惑する。
なんだこれ、パラレルワールドにでも迷い込んだのか……?
「そ、そうだったかな……話とかもほとんどしてなかったと思うけど……」
隣では光がムスっとした表情で、俺と高崎さんを交互に見ている。
「え~? そうだったっけ~? まあ、かげピがそう思ってるならそれでもいいけどぉ……それより、さっき二人で何か話してなかった?」
「ああ、別にそんな大した話じゃ……」
「うん! あっちにあるマリンスポーツをやりに行こって話してたの! 二人で!」
俺が誤魔化そうとしたのを遮って、光がド真ん中に170kmの剛速球を投げ入れる。
「そうなんだぁ。じゃあ、私も一緒に行こっかなぁ」
対する高崎さんは、それに全く臆することなくフルスイングを見舞ってきた。
二人の間で、何か目には見えない火花のようなものがバチバチと散っている。
前言撤回。
やっぱり、来るんじゃなかったかもしれない……。