第77話:海と陽キャと高級リゾートと その1
誰か助けてください。
変則的な遊園地デートを終えてから三日後の金曜日。
俺は夏のリゾート地で致死量の陽キャに囲まれていた。
「誰か空気入れ持ってね?」
「どっかに置いてなかったっけ? ほら、そこのテーブルの上」
「てか、浮き輪とか持って来てんのかよ。まさか泳げねーの?」
「そんなわけねーだろ。女子といい感じになった時用に決まってんだろ」
広いリビングルームに、わいのわいのと陽キャたちの楽しそうな話し声が響く。
一方の俺はといえば、部屋の隅で存在感を消して耐え忍んでた。
どうして、こんなことになったのか。
事の発端はちょうど三十分前に遡る。
桜宮さんの誘いに応じ、俺と光は電車とバスを乗り継いで夏の海へとやってきた。
朝から『どんなところなんだろう』と期待に胸を膨らませていた俺達を待っていたのは、なんと一泊六桁円は軽くしそうなコテージ型のホテルだった。
しかし、想像を超える豪華な招待に色めき立ったのも束の間……。
続いて俺達には、『宿泊施設は男女で別』という現実が告げられた。
常日頃から同じ部屋で寝泊まりし、当然のようにこのリゾート地でも同じように過ごせると考えていた俺たちにとっては大きな衝撃だった。
それを聞いた時の光の絶望顔は、しばらく忘れられそうにない。
ただよく考えれば俺達はまだ高校生。
保護者的な観点からすると、男女別の措置は当然と言えば当然なのかもしれない。
ともかく、そうして招待された男子8人と女子11人(桜宮さん含む)はそれぞれ隣り合う別々のコテージに分かれた。
そして、そこからが俺にとっての地獄の始まりだった。
桜宮さんが招待するような男子は当然、全員が学年でもカースト上位の陽キャである。
当然、俺は一年と数ヶ月の学園生活で一度も接点を持ったことがないような人たち。
一方で俺を除いた全員は顔見知りらしく、既にコミュニティが出来上がっている。
そんなところに陰キャが一人だけ放り込まれるのは、罰ゲーム以外の何物でもない。
「高校生にもなって浮き輪に釣られる女子なんていねーだろ」
「いやいや、いるかもしんねーだろ! んなこと言うなら、そうなった時に貸してくれって言っても貸してやらねーからな!」
「いや、いらねーし」
ああ……もうこんなにも帰りたい……。
どうして俺はあの時、桜宮さんの誘いを受けてしまったんだろう……。
光と恋人関係になって何か勘違いしてたけど、自分は芯から陰キャなのを忘れてた……。
これならサマーセールで買ったゲームを崩してた方が絶対に楽しかった……。
「ていうかさ……ぶっちゃけ、お前ら誰の水着に期待してる?」
部屋の隅で限りなく存在感を消して潜んでいると、何組かも知らない何とか君が出し抜けにそんなことを言い出した。
「そういうのは言い出しっぺが言うもんだろ」
「俺? 俺はそうだなぁ……やっぱり、高崎さんだな」
「お前、それ胸しか見てねーだろ」
「あっ、バレた?」
ゲラゲラと大きな笑い声が室内に木霊する。
ますます苦手なノリになってきて、身も心も萎縮する一方だ。
「いや、でもさ。水着ってなるとやっぱそういうところに期待するだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
「つか、そういうお前はどうなんだよ。俺は答えたんだからお前もちゃんと言えよ」
「俺はまあ……普通に京かな。なんかすっげぇエグいの着てきそうじゃね?」
「お前の観点も俺と大差ねーじゃん!」
再び、笑い声が響く。
その後も彼らは、誰の水着がどうとかの話でしばらく盛り上がり続けた。
俺は会話に加われるわけもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていると――
「てか、なんで誰も朝日さんの名前出せねーの?」
サッカー部っぽい見た目の何とか君が、不意にそう切り出した。
「いや、お前……そこはもう当たり前過ぎて誰も敢えて言わなかっただけだろ」
しばしの沈黙の後、今度は野球部っぽい見た目の何とか君が言う。
「そうそう。皆でファミレスに行って、山盛りフライドポテトを食べるかどうかってくらい当たり前だろ」
「例え下手くそかよ」
「でもさ、まじで楽しみじゃね? 朝日さんの水着」
「正直言うと、めっ…………ちゃ楽しみ! 楽しみすぎて昨日全然寝られなかったわ!」
一人が溜めに溜めてそう言うと、またまた笑いの渦が巻き起こった。
そんな中で、俺一人だけがややゲンナリとした気分になる。
光が男子からそういう意味で人気なのは当然分かってたし、今更な話だ。
いくら彼氏だからと言って、誰が誰をどういう目で見るかまでは踏み込めない。
「ぶっちゃけ俺、そのために来たまであるし」
「俺も俺も!」
「なにげに今日の俺らかなり役得じゃね? モデルの仕事でも水着って見せてないし」
「それな。しかも、朝日さんって何気に巨にゅ――」
ただ、それでもやっぱり嫌なものは嫌だな……と思っていると――
「はいはい、ストップストップ! そんくらいにしとけって!」
誰かが大きな声を張り上げて、皆の会話を遮った。
「気持ちは分かるけど人の彼女をあんまり邪な目で見るなよ! なぁ、影山!」
彼は続けてそう言い、背後から俺の両肩にポンと手を置く。
「あ、えーっと……」
振り返って見上げると、そこにはあったのはやっぱり知らない顔だった。
「俺、小宮。D組のって言えば分かる? それとも陸上部?」
「小宮……陸上……」
その名前と部活には、どこかで聞き覚えがあった。
あれはそう……確か、俺がまだ光と出会ったばかりの頃……。
『昨日、うちのクラスの小宮がA組の藤本さんと腕組んで歩いてるのを見たんだよ……』
記憶の底から手繰り寄せたのは、颯斗から聞いた妬みの言葉だった。
「あっ! 藤本さんの……?」
「そうそう、藤本春奈の彼氏……ってなんでそれで知ってんだよ!」
俺が何とか絞り出した言葉に、同級生E改め小宮くんが笑う。
「いや……前に風の噂で聞いて……」
「秀葉院一のラブラブカップルだって?」
「まあ……そんな感じ……」
「ははっ! まじでそうなのかよ! まあ、最近の話題性だとお前らのカップルには流石に負けてるけどな」
「は、はは……」
近距離で大量に噴霧される陽のノリを、苦笑いで何とか誤魔化す。
「つーか、お前ら! なんで誰一人として春菜の名前は挙げねーんだよ!」
「いや、そりゃ藤本さんはお前の彼女だし……」
「だったら朝日さんもだろ? 影山と付き合ってんだから」
小宮くんにそう言われた他の男子たちの怪訝な視線が俺に集中する。
未だ、俺が光と付き合っているのは世間にとってあまり認め難い事実らしい。
「お、俺は別にそこまで気にしてないから……」
「いいからいいから。こういうのは最初にちゃんとしておかないと……ってことで! 人の彼女をエロい目で見るな! そんなに羨ましいならお前らも今日頑張って彼女作れ!」
「そんな簡単に出来たら苦労しねぇよ!」
「そーだそーだー」
「最初から諦めんなよ。本気なら良い感じになるようにアシストしてやっからさ」
最初の反感を買いそうな言動から一転して、今度は皆に軽いフォローを入れて空気を和ませている小宮くん。
そんな俺には到底無理な巧みなコミュニケーション能力からも、彼が今日集まった男子の中心的な人物だというのがよく分かった。
「なっ、影山?」
そんなアウェーに現れた救世主に対して、俺は――
「あ、ああ……うん……俺に出来ることなら……」
め、めっちゃ善い人だなぁ……。
と、チョロいラブコメヒロインばりに内心の好感度を爆上げしていた。