第76話:変則ダブルデート その10
「「誠に申し訳有りませんでした……!」」
二周目の旅を終えてゴンドラを降り、まずは二人に頭を下げて誠心誠意の謝罪をする。
「ったく……お前らはまじで……。もう少し節度を持てよ……」
「はい、全く以ておっしゃる通りです……」
呆れ果てている大樹さんに、ただただ平謝りする。
彼が何かやらかさないかと心配して着いてきたはずが、これじゃ真逆だ。
「ま、まあまあ……二人が仲良しなのはいいことだし……」
「仲が良いって言っても限度がありますよ。二周分の料金を払ったとは言え、係員にも迷惑かけてますし……」
「それはそうだけど、二人も反省したって言ってるし……今日のところは、ね?」
「まあ、水守さんがそう言うなら……」
かなり怒り気味だった大樹さんだが、衣千流さんの一言ですぐに矛を収める。
「そうそう、せっかく楽しい一日だったんだから最後も楽しく終わりましょ?」
「……ってことで、水守さんに免じて今日はこのくらいにしといてやるけど今後は気をつけろよ」
「は~い……ごめんなさ~い……」
「すんませんした……」
再び頭を下げて、二人に謝罪する。
これにて今日の変則遊園地デートは終了……と言いたいところだったが――
「ところで水守さん……さ、さっきのは本当に大丈夫だったんですか?」
「え? あっ、うん。ほんとに平気だから心配しないで」
「すんません……俺の不注意で……」
「いいのいいの。むしろ、こっちがお礼を言わなきゃいけないことだし」
……なんか、二人の距離が縮まってないか?
どこがどうとか上手く言葉では言い表せないけど、なんとなくそんな気がする。
光も同じ所感を抱いているのか、『何かあったのかな?』とこっちを見てくる。
「あー……もしかして俺らを待ってる間に何かあった?」
代表して、俺が衣千流さんに尋ねてみると――
「……うん? べ、別に何もなかったけど……ね?」
「お、おう……お前らに報告するようなことなんて何も……」
二人は互いにチラッと目線を送り合うと、示し合わせたようにそう言った。
……怪しい。
絶対に何か隠してるし、まるで言外に通じ合っているような雰囲気さえある。
光も『絶対に何かあったでしょ! これ!』と、興奮気味に視線を送り続けてきている。
「じゃあ、怪我って何のこと?」
「そ、それは観覧車から降りようとした時に私が転びそうになっただけ」
「ほんとにそれだけ?」
ジッと怪訝な視線で二人にプレッシャーを与えながら尋ねる。
「あ、当たり前だろ……それ以外になんかあるわけ……」
「う、うん……本当に何も無かったよね?」
また、二人の間だけで通じる言語でのやり取りが行われる。
やっぱり、怪しい……絶対に何か隠してる……。
告白して付き合うことになったのを隠してる?
それとも、諸々をすっ飛ばして本当にキスしたとか?
様々な疑念が脳裏を過るが、二人は頑なにそれを話そうとしなかった。
その後も光と一緒に何とか口を割らせようと頑張ったものの、帰り道の短い時間でそれは叶わなかった。
*****
自宅に帰り、部屋に入ると同時にベッドの上に身を投げ出す。
「はぁ……流石に疲れた……」
疲れ切った身体を少しでも休ませるように大きく息を吐き出す。
時刻は八時を過ぎ、朝に家を出てからちょうど十二時間近くが経っている。
こんなにも長い間、真夏の太陽の下で遊んだのは本当に小学生ぶりかもしれない。
根っこが引きこもりの俺としては、かなり過酷な一日だった。
「でも……色々あったけど、まあ楽しかったかな……」
お化け屋敷に、最後の観覧車。
何度か大変な目には遭ったけれど、振り返ってみればすごく楽しかったと思う。
またいつか、今度は光と二人ででも行けたらいいな……。
そんなことを考えながら今日の思い出に浸っていると――
「……ん? 通知来てる?」
スリープが解除されたパソコンの画面上で、Thiscordのアイコンが光っているのに気づく。
先に帰った光からゲームの誘いかな……?
疲れ切った身体をなんとか起こし、椅子に座ってマウスを手に取る。
『ヌルヤ、いるか?』
メッセージの送り主は光ではなく、ネット友達の『B.F.樹木』さんだった。
『いますけど、今日は死ぬほど疲れてるんで今からゲームはちょっと厳しいっす』
『いや、そうじゃなくて……今日はお前に聞いて欲しい話があるんだよ……』
『話? なんですか?』
彼からこんな神妙な雰囲気で話を切り出されたのは初めてかもしれない。
椅子に深く座り直して、聞く態勢を整える。
『実は今日……あれをしてきたんだよ……あれ……』
『あれ?』
普段は何でもはっきりと言う人だが、今日は妙に歯切れが悪い。
『その……いわゆる男女が……こう、二人で遊んだりするやつだよ……』
『男女が二人って、デートですか?』
『ん……まあ、俗にそういう言い方をすることもあるやつだな……』
『へぇ~……やるじゃないですか。もしかして、前に運命がどうこうって言ってた人が相手ですか?』
以前に同じような状況で話した内容を思い出して尋ねてみる。
『そう、だな……一応……あの時の人だ』
『すごいじゃないですか』
前は全然脈のなさそうな雰囲気だったので、意外にも進んでいたことに驚く。
『べ、別にすごかねーだろ……普通だよ、普通……』
『それで、今日のデートでどこまで進んだんですか?』
『進んだっていうか……それに関してお前の意見が聞きたいんだよ……』
『なんですか?』
『その……場所が遊園地で、最後に二人で観覧車に乗ったんだけど……』
『ほうほう……それで?』
すごく奇遇だなと思いながらも、デートの場所としてはありきたりかと流していく。
『降りる時に、向こうが段差に足を取られて転びそうになったんだよ……』
『なるほどなるほど……それで?』
衣千流さんみたいにドジな人って他にもいるんだなー……。
『で、その時にさ……とっさに手を伸ばしたわけよ……』
『やるじゃないですか。でも、今のところは俺の意見が必要そうなことはないように思うんですけど』
今のところは意中の相手とデートして良いところを見せた、という単なる自慢話だ。
別にそれが悪いとは言わないけれど、あんな神妙な切り出し方をされた割には肩透かしな内容でしかない。
『いや、重要なのはこっからなんだよ……それで向こうが転ぶのは阻止したんだけど……』
『だけど……?』
『とっさだったから……その……とんでもないことをやっちまったんだよ……』
まるで大罪を告解しているような悲壮感が文字からも伝わってくる。
一体何をやらかしてしまったのか……。
まさか、少年誌のお色気漫画みたいなハプニングを起こしてしまったのかと息を呑むが――
『手を握っちまったんだよ……』
続けて発されたのは、あまりにも拍子抜けするような言葉だった。
『……で?』
『で、じゃなくて手だよ! 手!』
『は、はぁ……』
『それがほんの一瞬だったんだけどまじで温かくて柔らかくてさ……。でも、向こうは笑って許してくれたけど……やっぱ、事故とはいえ男として責任取らないとダメだよな……』
小学生かよ。
年上とは思えない浅すぎる恋愛観に、思わず心の中でツッコんでしまった。
その後、樹木さんを適当にあしらってからもう一度寝ようとしたところで、今度は衣千流さんから一通のメッセージが届いた。
『黎也くんは光ちゃんと初めて手を繋いだ時、どんな気持ちだった?』
なんなんだ一体……。