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ハイディの告白(1)


 一昨年の秋にハイディ様はパルミロと知り合ったそうだ。





 もちろん婚約者のいる身だったので最初は自重したがそれもわずかな時間でハイディはすぐにパルミロに夢中になった。パルミロは親しくなるとよくハイディにお茶を自ら入れてくれた。「君のための特製ブレンドだよ。特別な女性にしか入れないんだ」と囁かれ有頂天になった。彼のお茶を飲むととても心地よく目の前が薔薇色に感じられた。彼の言うことを聞いていればとても幸せになれる。素直にそう思えた。


 パルミロの甘言に従ってハイディは家を抜け出した。パルミロと添い遂げるつもりだった。彼は「君を連れて遠いところに行こう。そこで幸せに暮らすんだ」と言っていた。





「遠いところとは?具体的な地名を言っていなかったか?」


 ジークに囁かれ私がハイディ様に聞くとハイディ様は暫く考えた上で答えた。


「はっきりした地名は聞いていないと思うわ。でもよその国だと思う。ソルドーから船に乗るという言葉を一度聞いたような気がするの」


 ハイディ様の言葉に後ろの人達が騒めき立ったのが感じられた。捕らえた令嬢アンゲリカからは具体的な情報が得られず苦労していたらしい。アンゲリカは口を開けばパルミロがいかに素敵かを延々と話すか私の悪口を延々と話すかのどちらかでなんら有力な情報を話してはくれないとのことだった。


「ソルドーに人を遣ってもう一度詳しく調べなおしましょう」


 フィル兄様がジークに囁く声が聞こえた。








 ハイディはパルミロと添い遂げるつもりだったが途中でパルミロの態度が変わった。今思えばハイディから婚約者が竜の森の門の守衛勤務をしていると聞いてからだったと思う。ハイディの婚約者は王国騎士団の第七隊で主な業務は門の守衛と竜の森の巡回勤務だ。その当時は婚約者のアーベル・クランプはランメルツ侯爵領にある門の守衛勤務をしていた。





「その当時は?」


 ジークの呟きをもう一度私がハイディ様に伝える。


「ちょうど一年ほど前、ウルプル伯領の竜の門で不祥事があって大規模な配置換えがあったの。それでアーベルはウルプル伯領の門に勤務することになったのよ。パルミロは私が家出をしてパルミロの元に身を寄せていた時に『事情があってすぐには一緒に暮らせなくなった。でも君のことを愛しているから必ず迎えに行くよ。それまで怪しまれないように婚約者とも結婚して仲睦まじくしていてくれ』といって私を家に帰したの。アーベルの事は嫌いじゃなかったけど私はパルミロと一緒になるつもりだったからアーベルと仲睦まじいふりをするのは嫌だったわ。でも持たせてくれたパルミロのお茶を飲むとそんなこと考えなくなるの。パルミロは『離れている間も私の事を忘れないで』といって大量のお茶を持たせてくれたの。『会えない間はこのお茶を一日一度は飲んで私の事を思い出してね』と言って」


 そこまで言ってハイディ様はふうっと息を吐いた。


「お疲れですか?少し休憩しましょうか」


 私が言うとハイディ様は頷いた。看護師さんがハイディ様に蜂蜜入りのお茶を飲ませてくれた。

 私もお茶を貰い一息つく。


 ジークたちは部屋の隅で打ち合わせをしていた。






 少ししてハイディ様が続きを話し始めた。




 

 ハイディは昨年の夏アーベルと結婚した。その時にはアーベルはウルプル伯領の門に配置換えになっていたのでウルプル伯領に新居を用意してくれていた。

 メイドと下働きが一人づつの小さなお屋敷だったがハイディには不満はなかった。騎士の妻としては妥当なものだったし使用人が少ない方が身動きが取りやすい。

 新居で暮らし始めてすぐパルミロから接触があった。彼はハイディの夫がウルプル伯領の門に配置換えになったことを非常に喜んでいた。


「これで苦労せず計画が達成できる」


 パルミロの呟きはハイディに聞こえていたがその時は深く考えていなかった。ハイディが家を出てパルミロと逃げるのにウルプル伯領の方が都合がいいのだろうと漠然と考えていただけだった。


 しかしパルミロはなかなかハイディを連れ出してはくれなかった。彼は夫のアーベルと仲良くするように言いアーベルの勤務時間に差し入れを持っていくことを日課とするよう指示した。パルミロにお茶を入れてもらいながら「君と幸せに暮らすために必要な事なんだ」と言われると簡単に信じてしまった。


 そうして季節が夏から秋に差し掛かるころの事だった。

 もう半月もすれば学院の最終学年の生徒が竜と契約する季節だ。その時には守衛や竜の森の巡回警備の人員も増員される。その少し前の時期だった。







 ここまで話してハイディ様は口をつぐんだ。


「お疲れですか?休憩します?日を改めた方がいいのかしら」


 私はお医者様を見たがハイディ様はかぶりを振った。


「いいえ違うの、私が弱虫なのよ。今更自分の罪を話したくないなんて」



 薄く笑ってハイディ様は話を続けた。


「パルミロから薬を渡されたの。これを差し入れのお菓子の中に混ぜてくれって」


 



 

 パルミロから薬を渡されたハイディは恐る恐る何の薬か聞いたが「命を奪うものじゃない。私たちが幸せになるために必要なことだよ」と言われ納得してしまった。パルミロの言葉を疑う判断力はもうなかった。


 その日もハイディはお菓子を焼き勤務中の夫に差し入れに行った。守衛勤務中は門のすぐそばにある詰め所にいる。門が良く見渡せる位置だ。この詰め所に常時三人、そのほかに竜の森の巡回勤務もあって二十人ほどの騎士が一つの門に配属になる。

 竜の森の内部と周辺の巡回勤務は各領の領騎士団も行っていてそのための手当ては国から支給されている。アウフミュラー侯爵領のように竜が休める厩舎や広場などを森の近くに配置している領は他に無いが巡回勤務は門が領地内にある貴族家の義務である。

 ウルプル伯領でも巡回勤務は行われている筈……である。


 ハイディがお菓子を詰め所の夫を含めた三人の騎士に渡すと三人は何の疑いもなく食べ始めた。何度も差し入れをして日課のようになっていたので何も疑われなかった。夫のアーベルは同僚から「いい嫁さんを貰って羨ましい」と言われていたのだ。


 暫くすると三人は居眠りを始めた。完全に眠ってしまったタイミングでパルミロが姿を現した。


「ありがとうよくやってくれたね。さすが私の愛するハイディだ」


 パルミロはハイディを抱きしめて甘く囁く。ハイディは罪悪感よりパルミロに褒められた喜びでいっぱいだった。


「彼らが目を覚ましたらこう言うんだ。『皆さまお疲れだったのですね。大丈夫ですわ、眠っていたのはほんの短い間ですもの。私が門を見張っていましたわ。何も異常ありませんでした』大丈夫だよ。彼らだって自分の失態を公にはしたくない筈だ。何もなかったんならこのまま黙っているだろう」


 そうして数人の人間と門に入っていった。「必ず君を迎えに来るから待っていてね子猫ちゃん」と言い残して。





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