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アンゲリカの独白


 アンゲリカは牢の中にいた。


 ウォンドであの女に光線を放ったのは後悔していない。けれど傍にいたメイドが庇って当てることができなかったのは後悔している。


 あの後騎士に抑えられ、懲罰室に入れられた。外には騎士が監視に立っていて抜け出せそうになかった。

 そして王都に護送された。囚人護送用の馬車だった。


 私は大して悪い事なんかしていない。これはやり過ぎだと思った。確かにウォンドをあの女に向けたけれどあの女は平民のメイドに庇われたのだ。平民のメイドが怪我したからと言って伯爵令嬢の自分が囚人扱いされるなんて許せないと思った。私がこんな扱いを受けるのはあの女が裏で手をまわしたに違いない。


 アンゲリカはヴィヴィに恨みを募らせた。


 そもそも不幸の始まりはあの女だ。

 六年前にお父様に連れられてアウフミュラー侯爵家を訪れた時、あの時もあの女が皆の同情を買って私を陥れたんだ……


 アンゲリカはつらつらとその頃から現在までのことを思い出していた。


 なにしろ暇は沢山ある。

 取り調べ前のアンゲリカは魔力封印の手枷をつけられ一人きりで牢に入れられている。話し相手もいなければすることもないのだった。



 六年前、アウフミュラー侯爵家を出禁になった時アンゲリカはお父様とお母様に物凄く怒られた。お前が上手くやらなかったから我が家はお終いだと言われた。


 暫くしてお父様はお前の婚約を決めてきたと言った。借金で首が回らない我が家に縁談なんて来るだろうかと思ったら相手はお父様より年上の金持ちのスケベ爺だった。嫌だと泣いたがお父様は取り合ってくれなかった。「お前の失敗で我が家は窮地に陥ったんだ。文句言わず嫁げ」と言われた。婚姻は学院卒業と同時だ。私に猶予は数年しか残されていなかった。


 私の失敗と言ったけれど借金を作ったのはお父様だ。派手好きで見栄っ張り。それに賭博好きなのも知っている。そりゃ私も少しは贅沢をしたかもしれない。でもほんのちょっとだ。お父様とお母様が高いアクセサリーを身に着け贅沢な食事をしたり遊興に耽っているのだ。自分だけ質素にするなんて割に合わない。だから私も贅沢をした。悪いのはお父様とお母様だ。それにアウフミュラー侯爵家のあの女だ。


 アンゲリカはうっぷんを晴らすようにお茶会でアウフミュラー家にいたあの女の悪口を言った。少しは誇張したかもしれないが真実だとアンゲリカは思っている。あの女がエルヴィン様との仲を邪魔したのだ。


 しかしアンゲリカは噓つき令嬢と呼ばれるようになり誰も付き合ってくれなくなった。


 だから三年前のプレデビューの夜会の時、みんながあの女を見て呆気に取られているのを見て愉快だった。私を嘘つき呼ばわりした奴らはあの女を見て焦っているだろう。


 案の定ハンクシュタイン侯爵家のゲルトルートが近づいて来た。ゲルトルートはアウフミュラー侯爵家のフィリップを狙っている。妹だとは言え自分が親しくなれないフィリップとあんなに親しそうな女は気に入らないのだろう。ゲルトルートにジュースを掛けるように言われてしまった。


 それは失敗したが実行したことには変わりない。アンゲリカはゲルトルートの取り巻きの末席に加えられた。ようやく話し相手が出来、孤独から解放された。



 転機が訪れたのは二年前だ。夏期休暇中に王都で一人の男性と知り合った。パルミロのことを考えアンゲリカはほぅっと吐息を吐いた。彼のことを考えると胸の内が甘くうずく。同時に見捨てられた悲しみが押し寄せてその原因を作ったあの女への憎しみを募らせる。


 最初からパルミロのことを好きだったわけではない。彼は王国の東端ソルド―の港町で輸入品を主体にした商品を扱う商会の息子で王都に出て来たばかりだと言っていた。


 彼の甘いマスクも甘い言葉も気に入っていたが最初は平民なんかお呼びじゃないと思っていた。

 しかし彼と会うたびにアンゲリカはパルミロにのめり込んでいった。彼の屋敷に招待されて驚いた。貴族も顔負けの豪邸だった。それなのに彼は言った。


「王都に出て来たばかりでこんな小さな屋敷なんだ。恥ずかしいよ」と。


 彼はアンゲリカの家の領地、ウルプル伯爵領に興味があるようで話を聞きたがった。アンゲリカは領地に行ったことはほとんどない。あんな田舎のどこが面白いのかしら、と思っていた。


 話せることはほとんどないのでお父様を紹介した。


 お父様もお母様もすぐに彼を気に入った。毎回高いお酒や化粧品、装飾品など贈り物を持ってきてくれるのだ。

 そして彼は私がスケベ爺と婚約させられていることを知るとすぐに借金を肩代わりしてくれた。


 肩代わりして大金を払ってくれたのに彼は私と婚約しようとはしなかった。


「私は愛しのアンゲリカがスケベ爺の餌食になるのが耐えられなかったんだ。私はアンゲリカのことをこの世の誰よりも愛しく思っているよ。でも悲しいことに平民なんだ。君は学院で素敵な貴族の男性と知り合うかもしれない。身を引き裂かれるように辛いことだけどね。愛しの子猫ちゃんの将来を狭めたくないんだよ」


 パルミロがそんなことを言うのでアンゲリカはこの気持ちは変わらないと言ったのだが婚約は卒業するまで待つよと言われた。


「それまで私たちは甘い甘ーーい恋人同士だね」と言われて喜んだ。


 パルミロは大金を払ってくれた見返りとして二つのことを持ち出して来た。


 一つはウルプル伯領に行ってみたいと言うことだった。

 これはアンゲリカの父が二つ返事で引き受けた。


 もう一つは商会の商品を売る販路を広げたいというものだった。

 彼の商会は店舗を持っていない。お茶会などに商品を持ち込み手に取ってもらって売り込みをするのだ。その為信用できる貴族の後ろ盾が欲しいというものだった。


 アンゲリカはゲルトルート様を紹介した。

 ゲルトルート様がパルミロを気に入ってしまったらどうしようと思ったがゲルトルート様は侯爵令嬢だ。平民は相手にしないだろうと思いなおした。


 結果は大成功だった。ゲルトルート様が出席するような高位貴族のお茶会は無理だが低位貴族や爵位無しのお茶会にパルミロは多数呼ばれ評判も上々だと聞いた。


 学院が始まってしまったためパルミロとは会えなかったが冬期休暇に会った時「アンゲリカのおかげだよ」とプレゼントをくれた。ゲルトルート様からも「商会の評判が良くて私も鼻が高いわ」と褒めてもらえた。


 私にも運が向いてきたのねと嬉しかった。


 次の夏期休暇、つまり去年の夏期休暇が始まったばかりの頃ゲルトルート様に呼ばれた。

 取り巻きの一人の友人が失踪しているそうだ。パルミロに随分ご執心だったそうだが何か知らないかと言うことだった。


 アンゲリカは腹が立った。大方、パルミロに横恋慕したもののパルミロには愛するアンゲリカがいる。相手にされなくて家出したに違いない。だからそう言って帰ってきた。


 その後はパルミロが行きたがっていたウルプル伯領領に出かけてしまったのでその令嬢が帰ってきたのかどうかは知らない。興味もなかった。


 夏期休暇中は領地で甘い時を過ごした。


 それなのにその後パルミロは忽然と姿を消してしまったのだった。

 手紙を出しても返ってくる。王都のお父様に手紙を出して屋敷を調べてもらったらもぬけの殻だと言う。


 心配で心配で堪らなかった。


 それなのにパルミロは冬期休暇の時にひょっこりとアンゲリカの前に姿を現した。


 アンゲリカが詰ると笑いながら言った。


「ごめんね、子猫ちゃん。商会の仕事で遠出していたんだ」


「連絡ぐらいくれてもいいのではないこと!?」


「君に心配かけたくなかったんだ。ちょっと緊急事態でね。でも結果的に君の胸を痛めてしまったのかな?お詫びに擦ってあげよう」


 なんて言うのでどうでもよくなってしまった。相変わらずパルミロの傍にいるとふわふわしてドキドキして好きで好きで堪らなくなる。

 パルミロはお茶を入れるのが得意で「子猫ちゃんのための特製ブレンドだよ」とよくお茶を入れてくれた。


 しかし幸せは長く続かなかった。冬休みの終盤、パルミロはまたも姿を消した。

 パルミロが姿を消すと同時に王国騎士団の騎士たちが伯爵家のタウンハウスに訊ねて来た。


 パルミロが令嬢の失踪に関わっているという。まるで彼が誘拐したかのような口ぶりだった。


 アンゲリカは反論した。彼の素晴らしさを懇々と訴えた。

 納得したかどうかわからないが騎士たちはまた話を聞かせてもらうかもしれないと言って帰って行った。



 それからすぐに学院に向けて出発し新学期が始まった。


 最高学年の五年生になって一か月経った頃だった。


 アンゲリカはジモーネ様に呼び出しを受けていた。パルミロのせいでお姉様まで取り調べを受けた。どう責任を取ってくれると詰られた。評判が良かったときは鼻高々だったくせに……

 アンゲリカは聞き流した。大体、冤罪に決まっている。学院を卒業したらアンゲリカはパルミロと結婚するのだ。他の女に現を抜かすわけがないだろう。


 辺りは暗くなっていたがアンゲリカはたまらず寮の外に出た。頭を冷やすために小道を歩いていると木の陰からアンゲリカを呼ぶ声がする。

 

 パルミロだった。


 驚いて駆け寄る。


「パルミロ!!どうしていなくなってしまったの!?どうしてここに!?」


「しっ!アンゲリカ、声を抑えてくれる?私は追われているみたいなんだ。もちろん冤罪なんだけどね」


「そう、そうよね。今までどこにいたの?心配してたんだから。騎士の人がうちにも来たのよ。私はもちろんパルミロが無実だって信じているわ」


「ありがとうさすがは私のアンゲリカだ。それでね無実を証明するために手に入れて欲しいものがあるんだ」


「何?私無実を証明するために頑張るわ」


「ウォンドを十本」


「……え?ウォンドを?何のために?」


「それは言えない。アンゲリカは私のことを信じてくれるよね?」


「も、もちろんよ」


「ああアンゲリカ、嬉しいよ」


 パルミロは私を抱き寄せてキスしてくれた。私はパルミロを信じて良かったと思った。




 あああ、それなのに……


 二日後、アンゲリカはまたパルミロに会った。

 ウォンドは五本しか手に入らなかった。どだい無理な話なのだ。ウォンドに限らず魔道具は厳重に管理されている。破損して再申請するにも手続きが必要だ。かなり無理をして五本かき集めたのだ。


 アンゲリカの苦労をわかってくれないパルミロにカッとなったがパルミロのお茶を飲むとその気持ちは無くなって行った。膨れ上がるのはパルミロが好きだと言う感情ばかり。


 それなのに!!!あの女がまたも邪魔をしたのだ!!!


 そしてパルミロは行ってしまった。アンゲリカを置いて……


 もう……殺してもいいでしょう?あの女を。


 アンゲリカの中でヴィヴィに対する憎しみは増すばかりだった。


 




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