三年生(4)
ノックの音がして返事をするとドアが開いた。
私とおかあさんは二人でお茶をしていたのだが入ってきた人物を見て吃驚した。
ジークが来たとばかり思っていたのだ。
いや、ジークも来たんだけど……
部屋に入ってきたのは七名。
ジークに続いて入ってきた人を見て私は急いで最上級の礼をした。
私の姿を見て察したのだろう。おかあさんも深々と頭を下げた。
「頭を上げてくれ」
国王陛下はそう言うとおかあさんの前に歩いてきた。
「これは……よく似ている……」
驚いたように言って後ろのお父様を振り返る。
そう、この部屋に入ってきたのはジーク、国王陛下、お父様、アルブレヒト先生と護衛のフーベルトゥス騎士団長、そして黒のローブの人物。たぶん彼女は魔術院の鑑定士だ。一番後ろに学院長が青い顔をして控えていた。
「私も……少々混乱しています。マリアは長い間私の家で働いていた。しかし眼鏡を外したところは一度たりとも見たことは無かったのです。こんなに似ているとは……」
お父様の言葉で私はおかあさんが眼鏡を人前で外しているのは初めてだと思い至った。おかあさんはおとうさんから貰った眼鏡をお守りだと言って必ず身に着けていたから。
でもお父様の言葉で不可解なこともある。いったい誰に似ているんだろう?私はおかあさんに似た人に会ったことは無い。
私が物思いに耽っている間におかあさんは別室に連れていかれた。鑑定士の人と共に。
あ、おかあさんがどこの家の人か鑑定するのか。封印の印は各貴族家特有の紋が描かれていると聞いている。
もしどこの家かわかったらどうするのだろう?私ごとその家に引き取られる?それともおかあさんだけ?でもおかあさんは結婚しているし……おとうさんはいないけど……
私がうーんと悩んでいる間に鑑定は終わったようだった。
ジークが心配そうに私を見ていた。
おかあさんが鑑定士の人と一緒に戻っていた。
鑑定士の「間違いありません」と言う言葉を聞いて国王陛下がおかあさんに歩み寄った。
国王陛下はおかあさんの前でいきなり跪いた。
私は驚きを通り越してポカンとした。
おかあさんは物凄く動揺して後ずさりしている。
陛下が跪くと後ろのお父様たちも共に跪いた。
「生きてお目見えできる日が来るとは思いもよりませんでした。あなたの本当のお名前はマリアレーテ。先王の第一王女であらせられます」
お父様の言葉に私は声も出なかった。おかあさんが第一王女って……マリアレーテ王女は確か三十年くらい前に……
「ああああの国王陛下も旦那様もお立ち下さい。どうかお願いします!」
おかあさんの必死の願いで国王陛下もお父様も、それに続いて皆が立ち上がった。
「私は……混乱していて何が何だかわかりませんが……ああの……生意気なことを申すかもしれませんが……今の国王陛下はあなた様なので私に跪くのはおかしいと思います」
「そうか。では対等の立場で話をさせてもらおう」
国王陛下は笑っておかあさんをソファーに促した。
私たちが席に着くとお父様は外からメイドを呼び入れてお茶の支度をさせた。
全ての支度が整いメイドたちが全員退出するまで陛下は言葉を発しなかった。
その時間で私とおかあさんは少し頭の整理がついてものを考えられるようになった。
「今から三十年程前、先王陛下の第一王女がトシュタイン王国の手の者に誘拐された。誘拐された王女はその時生後十か月。トシュタインの手の者は乳母を抱き込んでいた。王女を乗せたと思われる馬車が見つかったのはソヴァッツェ山脈のトシュタイン王国に抜ける二つの山道のうち南側の山道だ。山道の入り口は封鎖されているが偽造の通行許可証を持っていた。それが発覚し急遽騎士団が後を追ったのだが馬車は谷底で見つかった。渓谷に掛けられていたつり橋が破壊されていたのだ。かなり年数がたったつり橋ではあるが馬車一台分は通れるぐらいの大きなもので簡単には壊れそうもないつり橋だった。つり橋が落下した原因はわからないが王女の生存は絶望視された。皆お亡くなりになったと思っていたんだ……さっき迄は」
国王陛下のお話は私は知っていたがおかあさんは初めて聞く話だったのだろう。震える声で問いかけた。
「その……第一王女様が……私だと言うのですか?」
「あなたの背中にあるのは痣ではなく魔力封印の印だ。それも王家の紋が入っている。鑑定士が確認した。それにあなたは二日前ウォンドによる攻撃を受けた。それなのに無傷だ。加護の力が働いたのだ」
「光線は……当たっていないのかと思っていました」
「当たっていたのだ。ジークがはっきり見ている。それにね、あなたはよく似ているのだ、王太后様の若い頃に」
「王太后様……」
「あなたのお母上だ」
おかあさんは衝撃を受けていた。私も受けているがおかあさんの比ではないと思う。おかあさんは孤児だと言っていた。今まで肉親がいるなんて考えもしなかったんだと思う。一緒に孤児院にいたおとうさんを唯一の家族だと思っていたんだと思う。
「私の……お母さん」
「ああ。離宮に引きこもっていらっしゃるがまだご存命だ」
おかあさんの眼からはらはらと涙が流れていた。私は隣に座っているおかあさんの手を握りしめていた。
暫く気持ちを落ち着かせる必要があるだろうと言って陛下たちは部屋を後にした。
お父様は複雑な表情をしていたが私が駆け寄って「お父様」と声を掛けると私の頭を撫でて言った。
「ヴィヴィ、いやこれからはヴィヴィアーネ様と呼ばなくてはいけないかもしれないが立場は変わっても私はヴィヴィの父親のつもりだよ」
その言葉に私はすごく安心することができた。お父様の「ヴィヴィ、マリアを支えてやってくれ」と言う言葉に強く頷いた。
ジークは少し部屋に残ってくれた。
おかあさんも私とジークだけになって少し気が緩んだようだった。
「ヴィヴィと殿下は従兄妹同士になるんですか?」
おかあさんの問いかけにジークは首を振った。
「父は——国王陛下は養子なのです。父の生家はゴルトベルグ公爵家です。あなたと父が従兄妹同士ですね」
「そうなんですか?国王陛下と従兄妹同士なんて恐れ多いわ」
「それどころかあなたは先王陛下の唯一の子供になるのです。先王陛下は二人のお子様が居ました。あなたとあなたの兄上です。あなたが誘拐されて王太子が亡くなられて王家の血筋が絶えるという時に父が先王に望まれて養子になったのですから」
ジークの言葉は私たちに重くのしかかった。いえ、私よりおかあさんに重くのしかかっていると思う。
「私たちは……これからどうなってしまうのかしら……」
おかあさんの呟きはおかあさんの不安をよく表していた。
おかあさんはメイドのマリアとして今まで私を支えてくれた。私の立場が変わっても不安が少なくなるようにいつだって支えてくれた。今度は私が支える番だった。
「おかあさん、どうなってしまうかは私もわからないけれどわかっていることもあるわ!私とおかあさんは親子だと言うことよ。立場が変わってもこれは変わらないわ。それにジークやお父様も私やおかあさんのことを考えてくれているわ」
私の言葉にジークも頷いた。
おかあさんは私を抱きしめ「そうね……そうね……」と呟いていた。
おかあさんはもうメイドのマリアとして振舞わなくてよかったので私は九年ぶりにおかあさんと一緒のベッドで眠った。