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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
ヴァルム魔術学院

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二年生(21)——冬期休暇


 夜会当日私は午前中に王宮に向かった。


 王宮の一室を与えられ支度をする。

 二日前におかあさんが侯爵家のタウンハウスに到着し疲れているだろうに今日付き添ってくれたので心強かった。


 

 支度が整ってすぐジークが迎えに来てくれた。

 会場近くの王族控室までエスコートしてくれる。

 私たちの婚約発表はプレデビューの人達がダンスを終えた後だ。ジークは王族としてプレデビューの人達の挨拶を受ける必要があるので会場に行き私はここで一人で待機する。一人でと言ってももちろんメイドや侍従もいれば護衛の騎士もいる。


 メイドがお茶を入れ替えようと近づいて来た時だった。彼女は最初からかなり緊張した顔をしていたのでわかりやすかった。お茶を入れ替えようとして手元が狂ったふりをして彼女は私にお茶を掛けようとした。

 でも何かあると彼女を注意して見ていた私は素早く席を立った。

 お茶は今まで私が座っていたソファーの座面を濡らした。


「あっああ!申し訳ありません!!」


 彼女は青くなってプルプル震えている。とんでもないことをしでかしたことに対してなのかお茶を掛けようとして失敗して叱責される恐怖に対してなのかはわからないが。


 この部屋の責任者と思われる侍従が素早く来て陳謝し私やドレスにかかっていないことを確かめてホッとため息を漏らした。


 私は今日はジークの瞳の色の青いドレスを着ている。白よりは目立たないが明るい青色のドレスでも紅茶のシミは十分目立つ。控室で粗相があって衣装替えで進行が遅れたりしたら彼の首が飛んでいたかもしれない。

 私は大丈夫だと彼を安心させる一方で粗相をしたメイドの名前を聞いた。家名を聞いて納得がいった。やはりハンクシュタイン侯爵家の縁者だった。侍従の彼も察したようで処罰と報告はお任せ願えますか?と聞いてきたのでお願いすることにした。




 時間が来て会場の袖まで案内される。ちょうどダンスが終わったようだ。国王陛下の挨拶が聞こえてきた。


「……今日はもう一つ皆に知らせたいことがある」


 陛下の声が途切れるとジークが私を迎えに来てくれた。


 ジークにエスコートされて壇上に姿を現すとものすごい数の人々が見えた。

 事前に今日の夜会には王家から重大発表があると告知しているので仕事や病気などやむを得ぬ理由の欠席以外のほとんどの貴族は出席しているだろう。プレデビューの夜会なので正式なデビュー前の学院の生徒たちもいるはずだ。


「先日王太子ジークハルトとヴィヴィアーネ・アウフミュラー侯爵令嬢との婚約が結ばれた。ここに発表する」


 国王陛下は片手を広げ私たちを促した。ジークにエスコートされ前に進み出る。

 にっこりと微笑んで挨拶をした。


 会場の一角から歓声が起こった。


 私たちを称えてくれるその声に私は勇気づけられた。









 発表から数日後私は王宮に来ていた。


 王太子妃教育というものが始まるらしくそのスケジュールの打ち合わせのためだ。


 とりあえず私は冬期休暇中は毎日王宮に通うことになるらしい。学院がある期間は学院優先となるため王太子妃教育は夏期、冬期休暇に集中して行われる。

 と言っても一般的な教養や知識は侯爵家の教育で身に着けている。もっと深い各領地の知識や諸外国の情勢などは学院で補講してもらうことになり王宮で学ぶことは王室のしきたりや礼儀作法などが主なのでそこまで過密スケジュールというわけではなかった。



 打ち合わせの後ジークとお茶をしながら婚約発表に関する貴族や平民の感想を教えてもらった。


 平民は私の事情など知る由もないので王太子と筆頭子爵家の令嬢の婚約は概ね順当なものとして認識されているらしい。


 貴族の反応は二つ、いや三つに分かれているらしい。先日発表をしたときに歓声を上げてくれたのは王宮で官吏として働く貴族の人達らしい。トシュタイン王国から帰ってきたときにイグナーツから降りる私を見ていた人たちだ。どうやら彼らは私を黒竜に愛されている令嬢として崇拝してくれているようなのだ。なんか面はゆい気持ちだ。

 それに反発しているのが王太子妃の座を狙っている家の派閥の人達だ。主にはハンクシュタイン侯爵家とランメルツ侯爵家。その人たちは私が黒竜に乗ったなどというのは嘘だと決めつけている。私を王太子妃と認めさせるために流した噂だとして反対しているらしい。


 でもこの婚約は国王陛下と筆頭侯爵であるお父様の間で結ばれた婚約なので表だって文句を言う人などいる筈も無い。反対している人たちもせいぜい陰口をたたくぐらいなので大多数の人達は順当な婚約として受け入れているようだということだった。

 と言っても私に何かあれば反対派の人達はゴルトベルグ公爵やビュシュケンス侯爵を担ぎ出して表立って異を唱えるかもしれない。情勢はまだ読めなかった。




 ジークとお茶をしながら話をしているとフィル兄様がやってきた。


 エル兄様は王国騎士団に入団した。研修期間が終われば家から通うこともできるがエル兄様は暫くは寮暮らしをするらしい。


「最速で近衛まで駆け上がってくるから期待して待っていてくれ」


 とジークに言ったそうだ。


 エル兄様がジークの隣からいなくなるのと入れ替わるようにフィル兄様がジークの側近の立場に着いた。

 フィル兄様はお父様の元での研修を終えジークの側近、王太子筆頭補佐官として政治的補佐をしていくようだ。ジークの執務室の隣室にはフィル兄様が選んだ補佐官たちが既に仕事を始めているらしい。


 部屋に入るなりフィル兄様が向かったのはジークのところではなく私のところだった。


「ああ、ヴィヴィ会いたかったよ。今日も可愛いな」


 ぎゅっと抱きしめながらそんなことを言う。フィル兄様、ずいぶん会わなかったような口ぶりですが朝出勤するお父様とフィル兄様をお見送りしましたよ?


 ジークが私をべりっと引きはがしながら言った。


「フィリップ、用向きは何だ?この時間は婚約者との親睦に当てられていた筈だ」


「失踪令嬢の件について進展があったのでご報告に。この時間にわざわざ来たのは僕がヴィヴィに会いたかったからです」


 しれっというフィル兄様にジークも目が点になった。


「あの……失踪令嬢って?私が聞いてもいいのかしら?」


 私は今年の春のトーマスのお姉さまの家出事件のことを思い出しながら聞いた。

 ジークはうーん……と考え込んでいたがまあヴィヴィならいいかと他の使用人を部屋から出した。

 フィル兄様が一緒なのでドアは閉めてもOKだ。


 三人になって防音の障壁を張るとジークは説明してくれた。


 今年の春から夏にかけて令嬢が三名失踪していること。各家では家の恥になるとして隠していたが全く連絡が取れないと友人たちが怪しみだし発覚したらしい。

 各家には内密にするからと約束し調査を開始したところ令嬢たちが出席していたお茶会に同じ商会が出入りしていたことが判明したこと。


「その商会ってえーと……コズモ商会かしら?」


 確かそんな名前だったような気がする。


「その通りだ!何故知っているんだ?」


 ジークとフィル兄様が驚いたので私は去年の冬期休暇の時に友人の知人が家出をしてその関係で知人が出入りしていたお茶会を調べたことを教えた。


「それは……四件目の失踪令嬢か?」


「あ、違うの。彼女は帰ってきたから」


「「何だって!?」」


「その令嬢は家出をしていた時のことを話したのか?どこにいたとか」


「春に聞いた時は家出中のことは知人の家にいたとしか話さなかったそうよ」


「もう一度聞くよ。その令嬢はコズモ商会の息子がいるお茶会に出席して親しそうに話をしていた。そういうことが数回続いた後外出が増えた。または婚約者がいる場合は結婚したくないと言うようになった。そしてある日姿を消した」


「ええ。概ねあっているわ。でも彼女は戻ってきてこの夏に結婚したはずよ」


 ジークとフィル兄様は目を輝かせている。


「状況は他の令嬢と酷似している。その令嬢に一度話を聞く必要があるな」


 ジークの言葉にフィル兄様が頷いた。


「ヴィヴィ、その令嬢のいや結婚したから夫人か。名前を教えてくれ」


「えーとちょっと待ってくれる?友人に他言しない約束をしたから許可を取りたいの」


 なんだか犯罪に関わり合いのある話になってきたのでそんな場合じゃないかもしれないが一応トーマスには許可を取りたかった。


「なるべく早く頼む」


「わかったわ。友人は王都にいるはずだから今日帰ったらお手紙を出すわ。でもその令嬢は王都にいないと思う。結婚相手が地方勤務だって言っていたから」


「わかった。返事が来次第教えてくれ」


 本当は拒否権などないだろうけどジークは私の顔を立ててくれた。まあ急を要する案件じゃないということもあるだろうけど。


「話を戻すぞ。フィリップ、進展があったこととは何だ?」


「ああそうでした。夏以来姿を消していたコズモ商会ですが最近また姿を現し始めたようです。二件のお茶会に出ていたと情報が入ってきました」


「コズモ商会の息子パルミロが?」


 ジークの言葉が私の何かに引っ掛かった。

 うーん……記憶をいろいろ引っ張り出す。なんか聞き覚えのあるフレーズだったのだ。

 思い出せ!私!


「あ!!」


 いろいろ考えた末についに私は思い出したのだった。ただし思い出したのは二日後だったが。






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