二年生(19)
卒業式当日。
ジークは卒業生代表として卒業式で素晴らしい挨拶をした。卒業前の数か月休んだのにもかかわらず学年主席の座を譲らなかったのだ。
私はジークの挨拶を聞きながらもっと頑張ろうと決意を新たにした。魔力量ではトップだけれど座学は三組のミヒェル様とトップ争いをしている。三年からはコースに分かれるためその分野で秀でている人も能力を伸ばしてくるだろう。
頑張ろうとは思ったけれど三年生からは学院にジークはいない。ジークの顔を見ながらじんわりと涙が滲んできた。
長期休暇で会えるとは言え一年のほとんどはジークと離れ離れになるのは寂しかった。
駄目よヴィヴィ。会えない間に頑張って次に会えた時に成長したねって褒めてもらうのよ。寂しがっている暇はないわ。
私は自分に言い聞かせた。とはいえこれから冬期休暇に入るのでまだしばらくはジークと一緒に過ごせるのだけれど。婚約の発表もあるし……
婚約の発表のことを考えたら今度は緊張してきた。
ジークのスピーチを聞きながらいろいろな事を考えていたら顔に出ていたらしい。私は一切顔に出していないつもりだったのだけれどジークにはわかったらしく後で言われた。
「僕のスピーチの時に他のこと考えていただろ。何を考えていたの?」
来年からジークが学院にいないことを実感して寂しかったと答えたらぎゅっと抱きしめられて「ああもう、可愛いなあ」とグリグリされた。
卒業式が終わったら寮に帰ってパーティーの準備だ。今年はジークのパートナーなので去年よりは時間に余裕がある。
おかあさんが去年よりもっともっと気合を入れて身支度を整えてくれた。
ジークから贈られた薄桃色のドレスは首元や袖にジークの髪色の金糸のレースで縁どられていてアクセントに腰に青いリボンが巻かれている。スカートは幾重にも重なる生地が綺麗なドレープを作り出していた。
髪をハーフアップに結ってもらいおそろいのサファイアをあしらった髪飾りとネックレスをつける。
「ヴィヴィ様、支度が整いましたわ。とってもお綺麗です」
「ありがとうおかあさん!」
「ヴィヴィ様……」
「ありがとうマリア」
私は一度聞いてみたかったことをおかあさんに聞いてみた。
「おか……マリアは私の婚約についてどう思っているの?」
おかあさんは微笑んだ。
「喜んでおりますよ」
「ジークが王太子殿下だから?」
「ヴィヴィ様を大切に思ってくれる人だからです」
そうして私の眼を覗き込んで言った。
「ヴィヴィ、私はあなたが彼を選んだから賛成するわ。身分は関係なくあなたが一生共に歩きたいと思った人だから」
そうしてはっと気が付いたように「ヴィヴィ様、そろそろ時間ですよ。エントランスに向かいましょう」と私を急き立てた。
ジークにエスコートされて卒業生の控室に入ると周囲の視線が突き刺さってきた。
好意的な視線もあるのだけれど睨むような刺すような視線も多い。
でも私は負けるわけにはいかない。王都での婚約発表の時にはもっと多くの視線を浴びるのだ。このくらいでビビるわけにはいかない。楽しそうに微笑んでジークと歩いて行った。
「ヴィヴィ!ジーク!」
部屋の中ほどで声を掛けられる。振り向かなくてもわかる。エル兄様だった。
でも振り向いて分かったこともある。エル兄様は可愛らしいご令嬢を連れていた。
小柄で愛らしいご令嬢はダークブラウンの髪を今日は綺麗に結っていて可愛らしいレモンイエローのドレスとおそろいのリボンを結んでいる。目に覆いかぶさるぐらいの前髪もすっきりとまとめられていて何より眼鏡が無かった。その為非常にかわいらしい顔立ちだということがよく分かった。
「エル兄様!ナターリエ様も。ご卒業おめでとうございます」
「その声はヴィヴィちゃんね。ありがとう」
なんか変な返しがナターリエ様から返ってきた。
「ナターリエ様、もしかして見えていないんですか?」
「そうなの。ぼやっとした輪郭はわかるんだけどね」
そうしてナターリエ様はエル兄様の腕をぎゅっと握った。
「エルヴィン、絶対絶対私の傍を離れないでね」
エル兄様は「もちろんだ」とか言いながら鼻の下を伸ばしていた(ように私には見えた)
時間が来て入場する。
もちろんジークがトップなので私たちが最初にホールに足を踏み入れる。
大勢の拍手に迎え入れられるが人々の反応は様々だった。
アリーやカール、一組のみんなは満面の笑みで拍手してくれている。ニコニコにして拍手してくれている人たちも沢山いる。明らかにジークに憧れているなぁって感じで頬を染めて拍手している令嬢もいる。でも一部の人達はそれとわかるようにおざなりに拍手していたり刺すような目で睨んでいる令嬢たちもいた。
それも私たちの後に他の卒業生の方々が入場すると収まっていった。
ジークとファーストダンスを踊る。
ジークと踊ったことは何回かあるけれど今日のジークはとろけるような笑みを浮かべている。その顔を見ていたらなんか顔が赤くなってきた。思わず下を向く。
「ヴィヴィ、顔を上げて。踊っているときはパートナーをしっかり見なくちゃ」
「ごめんなさい」
しっかり顔を上げてジークを見つめるとまたとろけるような笑顔が降ってくる。そうして私の顔は赤く染まっていく。頭の中でステップを必死で確認する。
「ヴィヴィ、顔が赤い。その可愛い顔は反則だよ」
ジークの方こそその微笑みは反則だと思う。理性を総動員して何とかダンスを乗り切った。
終わるとともにいつものように令嬢に囲まれる……と思ったらジークは再び私の手を取った。私たちは結局三曲続けて踊った。
周囲の人達は唖然としてみている。婚約者でなければ続けて踊ることなどない。ましてや三曲も。婚約発表前なのにいいのだろうか?
そっとジークの方を見た。
「いいんだよ。発表前だけど正式に婚約したんだから。僕は今日はヴィヴィとしか踊らない」
嬉しかった。ジークは去年も沢山の令嬢にせがまれて踊っていたから。でも今日でジークは学院を卒業するから学院生はもうジークと踊る機会がない。そう思うと申し訳ないような気もした。
ジークにエスコートされて軽食のおいてあるコーナーに向かう。その脇に置いてある休憩用の椅子に座らせてくれた。
私を座らせるとジークは給仕からさっぱりとしたジュースを受け取って手渡してくれた。
ここまでくる間も何度もお誘いを受けていたがジークは全て断ってくれた。
「殿下!ご卒業おめでとうございます」
近づいてきたのはジモーネ様と取り巻きの令嬢たちだ。一番後ろでグレーテ様が申し訳なさそうに目を伏せていた。
「ありがとう」とジークはお礼を言った後用が済んだとばかりに私に向き直る。
ジモーネ様と取り巻きの令嬢たちは焦ったように話を続けた。
「殿下、殿下の卒業式でのスピーチ、ご立派でしたわぁ」
「私もですわ。とても感激いたしましたの」
「長らく学院をお休みなされても主席でいらっしゃるなんて流石ですわ」
「でも私今日で殿下が学院をご卒業なされることが寂しくて」
ジモーネ様の言葉を受けて周りの令嬢が言葉を繋ぐ。
「わかりますわ。ジモーネ様はとても殿下を崇拝していらっしゃいましたもの」
「そうですわ!!殿下に記念に一曲踊っていただいたら?」
おお!見事な連係プレーだ。ジークが断りにくい状況にもっていってる。
「あの……ジークハルト殿下、お願いしてもよろしいでしょうか」
頬を染めおずおずと言った感じで手を差し出すジモーネ様は普段の高飛車な姿はどこへ行ったのやら、初々しいご令嬢に見えるから不思議だ。
ここで断ったらご令嬢に恥をかかすことになる。
「すまないな。今日はヴィヴィとしか踊らないと決めているんだ」
え?あっさりバッサリジークは断った。場の雰囲気なんて知りませんというような顔をして。
「そ、それはヴィヴィアーネ様がそうしてくれと……」
「違うよ。私がヴィヴィを独り占めしたいだけなんだ。私が他のご令嬢と踊ったらヴィヴィにも申し込みが殺到するかもしれないだろう」
ジモーネ様の言葉をあっさり否定してなんていう甘い言葉を言ってくるんだジークは……
私が赤面してあたふたしているとジークは私に向き直り私の顔を覗き込んだ。
「いい?ヴィヴィは私が独占するんだから他の人の誘いに乗っちゃだめだよ」
ジモーネ様たちはこちらに近づいてきたときから意図的に私を無視していたけどジークの態度に無視できなくなってきた。
結局彼女たちは「失礼します」と去っていかざるを得なくなった。ジークが邪魔者を見る目で見ていたから。
去り際に私を凄い眼で睨んで行ったけれど。
私たちに近づいてくるのは令嬢たちばかりではない。もちろん圧倒的に令嬢が多いのだけど。
ジークの学友の令息たちも色々話しかけてきた。
ジークは研究コースでこの国の歴史を専攻していたらしい。同じ研究コースの令息たちと話すジークは新鮮だった。エル兄様と居た姿しか見ていなかったけど同じコースの人達ともしっかり交流していたのね。令息たちも卒業してしまえば気軽にジークと話ができる機会は無くなる。話は尽きないようだった。
私はクイクイとジークの袖を引いてお花摘みに行ってくると告げた。
「ついて行こうか?」と聞いてくるジークに「すぐ戻るから大丈夫よ」と返事をして私はその場を後にした。