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二年生(17)


 次の日教室に入るや否や私はクラスメイトに取り囲まれた。


「ヴィヴィ!もう大丈夫なの!?」


 真っ先にアリーが駆け寄ってくると他のクラスメイトもわらわらと寄ってきた。

 私は打ち合わせ通り伝染病を疑われて隔離されたけど伝染病ではなかったこと、そしてもうすっかり完治しているので大丈夫だと伝えた。


「お前エルヴィン様が赤竜に乗って帰ってきたとき具合悪そうだっただろ、心配していたんだ」


 カールの言葉を聞いて私は思い出した。あの時はジークが心配で目の前が真っ暗になったんだった。

 ジークの事を思い出したら学院に帰る前日ジークの部屋で過ごしたことまで思い出してしまった。

 ポッと赤くなった私を見てカールが焦ったように言った。


「い、今のは友達として心配したんだぞ!俺はお前のことを親友だと思っているからな。恋愛感情なんて微塵もないぞ!」


 横でアリーが心配そうな顔をしている。


「あははは!何当たり前のこと言ってるの!」


 私が笑い飛ばすとカールもアリーもホッと息を吐いた。


「それより私がいない間にずいぶん二人の仲が進展したみたいね」


 ニヤニヤ笑って言うと二人は真っ赤になって否定し始めた。

 クラスのみんなも二人をひやかす。

 とうとうカールが叫んだ。


「そんなことないぞ!!俺はまだOKの返事を貰っていないんだ!!」


 シーンと静まり返ったその時にエルトマン先生が入ってきてこの件は有耶無耶になった。





 放課後旧校舎に向かう。旧校は今は使われていない建物で研究棟の隣にある。使わなくなったものの捨てるには惜しい物の倉庫代わりに使っているようで三階には図書館に置けなくなった古書が運び込まれているらしい。雑然と運び込まれた古書を整理分類する作業を命じられたのだった。


 三階に上がり一番手前のドアを開けた。


 部屋の中は予想していたよりも凄い有様だった。

 部屋の奥には本棚が並んでいてそこに沢山の本が置いてある。立てて並べてあるのではなく乱雑に積まれているのだ。そして本棚に入らない本は手前の数個の机の上に雑然と積み上げられている。全体的に埃っぽい臭いがした。


 部屋の中、本に囲まれるように一人の人物が立っていた。

 その女の人は目を瞑り部屋の空気を目いっぱい吸い込む。つまり深呼吸をすると「ああ!なんていい匂い!」と叫んだ。


「あのー」


 私が声をかけるとビクッとしてこちらを向いた。


「あの、二年生のヴィヴィアーネ・アウフミュラーです。こちらの整理を命じられたのですが」


 私が名乗ると彼女は得心が行ったようで名乗り返してくれた。


「聞いているわ。私は五年生のナターリエ・ヒルシュゲルよ。よろしく」


 手を出してくれたので握手をした。

 ナターリエ様はストレートのダークブラウンの髪をした小柄な方だった。眼鏡を掛けていてそれに被さるぐらい前髪が長いので瞳の色はよくわからない。色白で童顔なのでもしかしたら私より年下に見えるかもしれない女の人だった。


「あなたが来てくれて助かったわ。あなたはどの分野に興味があるの?」


 言われた意味が分からなくて首をかしげる。ナターリエ様は返事を待たずに話を続けた。


「ここにはきっと凄いお宝が眠っているわ。ああ!ワクワクしちゃう!私古い本の匂いって大好きなの。過ぎた時の重みを感じると思わない?それがページをめくると現代に蘇ってくるのよ。それにね……」


 ナターリエ様の話は十分ほど続いた。

 話が切れた辺りで私は問いかけた。


「それで具体的にはどうやって進めましょう?」


 ナターリエ様はうーん……と考えた挙句に言った。


「どうしたらいいと思う?」


 え?指導員って言ったよね?学院長は指導員を一人つけるって言ったような気がする。


「あの、ナターリエ様は指導員では?」


「うん、そうよ。私研究コースで古い魔術や魔道具の研究をしているの。それで卒業したらこの学院に研究生で残れることになったのよ。今回ここの古書を整理するという話を聞いて立候補したのよ。なんたってこれだけのお宝の山よ!ああ、早く読みたいわ」


 いえ、読むんじゃなくて分類と整理です。とは言えなかった。ナターリエ様があまりに嬉しそうだったから。


 私は理解した、ナターリエ様を当てにしてはいけないことを。


「まずは分類から始めましょう」


 私は机を本棚ギリギリまで押しやった。本が沢山乗っていて重いので一々本を降ろさなくてはならなかった。そして広いスペースを確保すると掃除用具を借りて来てその場所を綺麗にし、区分けして歴史、地理、政治経済、文学、植物や動物、技術工学、魔術や魔道具、その他と書いた紙を張り付けた。


 ここまでやったところで初日は終わりになった。


 領地に居たときにメイドに交じって掃除も教えてもらっていて良かった。そうでなければ一歩も動けなかったと思う。


 ナターリエ様は感激して私のすることを見ていた。


「あなたって凄いのねえ……勉強になったわ」


 少し外が暗くなったころエル兄様が訪ねて来た。


「ヴィヴィ、頑張っているか?」


「あら、エルヴィンじゃない?どうしたの?」


 ナターリエ様が話しかける。ふーん、呼び捨てにするほど仲がいいのね。


「妹の様子を見に来たんだよ。ナターリエ、迷惑かけてないか?」


「あ、そういえばヴィヴィちゃんはアウフミュラーって言ってたわね。エルヴィンの妹かあ」


 ナターリエ様は初めて気が付いたようだった。そうしてにっこり笑って言った。


「迷惑かけているわよ、私がヴィヴィちゃんに。ヴィヴィちゃん凄いのよ!お掃除もできるの」


「お前領地に居たときにいろんなことしていたからなあ」


 エル兄様は感心したように言うとこそっと囁いた。


「ナターリエは当てにならないぞ。悪い奴じゃないけどな」


 うん、それは初日でわかりました。


 その後エル兄様は私とナターリエ様を寮まで送ってくれた。







 学院に帰ってきて一か月、私は超多忙な日々を送っていた。


 座学に関しては試験で合格したので追加の課題も無くて良かったのだが魔術の授業はアルブレヒト先生が物凄く張り切っていて課題もたくさん出された。まだウォンドを与えられていない私たちは今は呪文を詠唱する魔術を主に習っている。


 詠唱による魔術は攻撃に使うものはほとんどないが多種多様である。

 身体から放出した魔力に詠唱によって方向性や性質を与える。一番最初に習ったのが障壁の魔術だ。これは一年生のうちに習う。障壁の応用で防音の結界や人や物を弾く結界がある。もっと応用すると自分の身体から汚れを弾く魔術なんかがあって騎士団の遠征で野営が続くときに使われたりするようだ。もっともそれなりに魔力を使うので通常は使用しない。


 それから空中から水を出す魔術。水の属性がある人は比較的楽らしいが属性がなかったり少ない人は苦労するらしい。出した水を温めたり凍らせたりする魔術もある。これも属性に左右される。

 どの魔術も呪文の詠唱が必須であり、魔道具を使えば同じ効果が得られるので魔道具を使う方が多いらしい。


 私は今アルブレヒト先生に様々な呪文を覚えさせられているのだ。発音が難しいものも多く何度も練習が必要だ。ちなみに魔力を流さなければ発動しないので詠唱だけの練習なら何度行っても大丈夫だ。




 それから多忙の一番の原因は旧校舎の古書の整理だ。週に四日ほどは放課後旧校舎に通い、休日も通っているのだが作業は遅々として進まなかった。

 ペナルティーとして命じられたのでそう簡単に終わるようなものでもないのだが。

 現在は分類が四分の三終わったというところだ。


 進まない原因の一つはナターリエ様であることは間違いないと思う。


「ねえねえヴィヴィちゃん、この本を見て!五百年前に使われていた魔術が載っているわ!」


 とか


「この本には今は使われていない魔道具が載っているわ!どんな魔方陣が刻まれているのかしら」


 と分類中に興味深いものに出くわすと途端に読みふけって作業が中断してしまうのだ。作業自体は私のペナルティーでナターリエ様は指導員なのでしなくてもよいのだが面白い本が見つかると夢中で読みふけり私にいろいろ解説してくれる。私もつい興味を引かれて話に聞き入ってしまう。


 というわけで遅々として作業が進まないのだった。

 ほぼ毎回騎士コースの授業が終わるとエル兄様が差し入れをもって顔を出してくれるのでナターリエ様の話し相手を引き受けてもらう。



 そうして忙しく過ごすうちに一か月以上経っていて卒業式はもう間近に迫っていた。



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