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二年生(16)


「王太子ジークハルトとヴィヴィアーネ・アウフミュラー侯爵令嬢との婚約は決定事項だ。ルードルフ、後で書類を用意してくれ。それと発表は今年のプレデビューの夜会の時とする」


 国王陛下の宣言で私とジークの婚約が決まった。全員が認めてくれたわけではないけど。

 私はこれから頑張って王太子妃が私で良かったと皆に認めてもらわなくちゃ。

 ジークと顔を見合わせる。

 


「ヴィヴィ、幸せにするよう努力する。私の隣を一生歩いて欲しい」


 ぎゅっと手を握られてそんなことを言われて私は頭のてっぺんまで赤くなってしまった。


「あああの、嬉しいです。私もジークを頑張って幸せにします」


 私たちを見て大人たちはほほえましいような呆れたような顔をしていた。


「殿下、早すぎますよ。それは結婚式の時のセリフじゃないですか?」


 フーベルトゥス騎士団長が入り口付近から声をかけた。


「殿下、娘はまだあげませんよ」


 お父様も揶揄ったような口調で言った。


「わかっている!決意表明だ!」


 ジークがちょっと拗ねたような口調で言ったのが可愛かった。




 場の雰囲気が和やかになった後、ジークは急に居住まいを正して口を開いた。


「もう一つ皆さんのお耳に入れておきたい話があります」



 そうしてジークはトシュタイン王国で行方不明になっている間の話……領主の館で過ごした時の話をした。



「ふうむ……つまりその領主はトシュタインの王族に対しクーデターを起こす準備をしているということか……」


「私はそう受け取りました。そしてその時に我が国に力を貸してほしいと。決定的なことは何一つ言いませんでしたが」


 国王陛下の言葉にジークが答える。


「第七王子の為人については何か知っているか?」


 アルブレヒト先生の問いかけにお父様が答えた。


「第七王子は全く表に出てこないのでわかりません。早急に調べさせましょう」


「御旗として掲げるべきお方とは誰なんだ?」


「第七王子ではないのか?」


 ゴルトベルグ公爵とアルブレヒト先生の言葉をジークが否定した。


「いえ、違う人物のようでした。誰かはわかりませんが」


「このことは急を要することでもない。とりあえず心にとめておいて調査を進めよう。調査を進めたうえでのことであるが……我が国は基本的にはその領主の味方をするというつもりでいてくれ。不干渉を貫くという選択もあるが……」


 陛下の提案にジークは異を唱えた。


「私個人としてはラーシュの味方をしたいと思います。今回助けられた恩もありますしなんとなく彼は信用できる人物だと思いました。私一人で何ができるかわかりませんが」


「王太子殿下を一人で行かせるわけにはいかない。いざという時はお供しますよ」


 入り口付近からフーベルトゥス騎士団長の声が聞こえた。


「俺も付き合うぞ」


 ジークの後ろからエル兄様がそっと囁いた。


「まあ待て、不干渉という選択もあると言っただけだ。その領主が信用できるとしても第七王子や御旗として掲げる人物が信用できるかは別問題だ。調査の結果を待つことにしよう。我が国としてはトシュタインの王族が滅びること自体は大歓迎なのだからな」


 国王陛下の言葉にジークは頷いた。


「承知いたしました」






 会合が終わった後、三日後に私はエル兄様と学院に戻った。ジークが戻ってきたのは更に一か月と少し経った頃、卒業式の半月前だった。




 会合が終わった後は私は侯爵邸に帰っていたのだが学院に戻る前日ジークに会いに行った。

 

 案内されてジークの私室に入る。考えてみればジークの私室に入るのは初めてだ。

 入るとともに声が降ってきた。


「遅い!」


「へ?」


 つい変な声が出てしまった。ジークは大きな窓の近くのテーブル前、三人は余裕で座れるような大きなソファーに座っていた。窓は大きく開けられ初秋の爽やかな風が吹き込んでくる。僅かに金木犀の香りがした。


 ジークの向かい側のソファーに座ろうとすると「違う!」


 手招きされてジークに近づくと手を引っ張られた。


 勢いでポスンと座ってしまったのはジークの足の間。


「あっごめん!」


 急いで退こうとしたら後ろからお腹に手をまわされた。


「ジジジジーク!これじゃ立てないわ」


 抗議をするけど手を放してくれない。ちょうどイグナーツに乗って帰って来た時のような体勢だ。


「怪我した足に負担がかかるわ!」


「足の上に乗っている訳じゃないから大丈夫だよ。怪我していなかったら膝の上に抱き上げるんだけどな」


 なんて声が後ろから聞こえた。

 おまけにうなじの辺りを鼻でスリスリしてくる。

 こそばゆいような恥ずかしいような……居ても立っても居られない気分で私は視線をうろうろと彷徨わせた。


 部屋の扉は開いているけれどいつの間にか室内には誰もいない。


「ジーク!!」


「ダーメ。もう少し堪能させて」


 堪能って何?何を堪能するの?


 暫くあたふたしていたらやっとジークは私の肩に顎を乗せてはあっとため息をついた。


「遅いよヴィヴィ。二日も何していたの?今僕は動けないから侯爵家に行くこともできないし……」


「え?家で用事を片付けたりアルブレヒト先生に課題を貰ったりフィル兄様の相手をしたり……」


「僕たち婚約したんだよね?」


「うん……」


「ヴィヴィは明日学院に帰るんだろ?僕は足が治るまで帰れないからまたしばらく会えないんだよ?」


 それは私も少し寂しい。


「早く治して帰ってきてね」


 お腹に回された手の上から私の手を重ねる。


「ヴィヴィも寂しいと思ってくれてる?」


「もちろんよ」


 私はそっと後ろに体重をかけジークに凭れ掛かった。



 それから私たちは色々な話をしたりテーブルに用意されたお菓子を私が取ってあげて食べさせあったりして過ごした。

 なんかジークが滅茶苦茶甘くて赤面してきょどってしまうこともしばしばあったけど嫌じゃなかったし嬉しかった。


 そうして数時間過ごしていたら迎えに来たエル兄様に呆れられた。







 学院に戻った私たちはまず学院長に帰還の挨拶をしに行った。

 私がエル兄様の竜に一緒に乗ってきたことは報告が行っていたらしく学院長は信じられない者を見る目で私を見ていた。


「学院長、長らく欠席して申し訳ありませんでした。ジークハルト殿下は見事トシュタイン王国での任務を終えられて帰還いたしました。ただお怪我を負われていたため学院に戻ってくるのはもう少し先になりそうです」


 エル兄様が報告する。学院長はある程度情報を得ていたようだった。


「うむ、そう聞いている。君たちも無事に戻ってこられて何よりだ」


 そこで学院長は一つ咳払いをした。


「まず、エルヴィン君は殿下と共に公務の為王都に行ったと生徒には説明している。休んでいた間の座学に関しては試験を受け合格したなら免除としよう。魔術の実技や騎士コースの実技に対しては補講を頑張りたまえ。まあ君ならすぐに追いつくだろう」


「はい、ありがとうございます。頑張ります」


「次にヴィヴィアーネ嬢だが」


 私に向き直り学院長は言った。


「君は病にかかったことになっている。移るかもしれない病気だったので隔離して闘病生活を送っていたと生徒たちには説明しているのでそのつもりでいてくれ」


 私がジークの婚約者に決定したのは数日前でまだ公的にはジークと何ら関係があるわけではない。学期途中で王都に行かせたなどと発表は出来ないだろう。私は素直に「はい」と頷いた。


「座学はエルヴィン君と同じに試験を受けて合格したら免除とする。魔術の授業に関してはもともと君のクラスは生徒が君一人なのでアルブレヒト先生と相談して進めなさい。それからペナルティーについてだが、旧校舎三階の古書室の整理と分類を命ずる」


「旧校舎の古書室……?」


 初めて聞く場所で思ってもみなかったペナルティーだった。


「といっても君は何をどうしていいかわからないだろう。指導員を一人つける。五年生のナターリエ・ヒルシュゲル伯爵令嬢だ。彼女の指示に従いなさい」


 学院長がその名前を出した時にエル兄様が少し身じろぎしたのが気になったが私は「はい、頑張ります」と返事をして学院長の元を辞去した。




 

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