ジークハルトの帰還と報告(2)
次の日に王宮の会議室で今回の遠征とジークの捜索に関する報告が行われた。
ジークはトシュタインの王宮での出来事に対する労いとその後の魔獣討伐時の軽率な振る舞いに関する叱責を、私はジークの捜索に関してイグナーツを見つけたこととジークを支えてイグナーツに乗り(実際は抱きしめられていただけのような気もするが)無事帰還したことに対するお褒めの言葉をいただいた。
竜騎士団第一第二隊に対する労いや特にフーベルトゥス騎士団長の働きに対し陛下は感謝の言葉を述べられ報告会は終わった。
その後私はジークに呼び止められ陛下の執務室にお邪魔することになった。
ジークは歩けない為車椅子に乗っている。それを押しているのはエル兄様だ。
陛下の執務室に入るとそこにいたのはお父様とフーベルトゥス騎士団長、ゴルトベルグ公爵とアルブレヒト先生だった。あ、ビュシュケンス侯爵と言った方がいいかもしれない。
この国の重鎮たる大貴族と陛下の最側近というメンバーを見て緊張が高まっていく。
ご挨拶をした後陛下に促されてソファーに座る。ジークの車椅子が私の席の右隣に横付けされ後ろにエル兄様が立った。
私たちの正面には陛下が座り、その左右にゴルトベルグ公爵とビュシュケンス侯爵が座っている。フーベルトゥス騎士団長は入り口付近に立ちお父様は陛下の後ろに立った。
「ルードルフも座った方がいいんじゃないの?」
アルブレヒト先生の言葉に陛下も頷いた。
「ルードルフも座ってくれ。私の後ろだと話しづらい」
お父様は「わかりました」と私の左隣に座った。
陛下の侍従長のノルベルト様がお茶を入れ終えるとジークが小さく咳払いした。
「お時間を頂きましてありがとうございます」
ジークが切り出した。このメンバーに集まってもらったのはジークだということだろう。
「トシュタイン王国に行く前も申しました通り私はヴィヴィアーネ・アウフミュラー侯爵令嬢と婚約を望みます。陛下とアウフミュラー侯爵の許可はいただいていますが出来ればゴルトベルグ公爵とビュシュケンス侯爵にも賛同を頂きたい。それと発表の日時を決めていただきたいのです」
ジークは言いながら私の手を掴んだ。私もぎゅっと握り返して「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「陛下とルードルフが許可しているのなら私の賛同はいらないだろう?」
アルブレヒト先生がちょっと拗ねたように言った。
「私は手放しでは賛成できない。今のところは」
ゴルトベルグ公爵がそう言うと陛下が「今のところは?」と聞き返した。
「兄上、ヴィヴィアーネ嬢に質問してもいいかな」
許可を得てゴルトベルグ公爵は私に向き合った。
「君はルードルフのご子息の竜に乗ったよね。フーベルトゥスの竜にもジークハルトの竜にも。どうしてそんなことができるの?」
「え……?」
思ってもみなかったことを聞かれて私は動揺した。
「それは……私が竜たちのことを好きだから……だと思います」
「以前にも他の竜に乗ったことがある?」
「いえ、フィル兄様、兄の竜に乗ったそうですが気絶していたので覚えていません。それ以外にはありません」
「他人の竜に乗れるということがどれだけあり得ない事か理解している?」
「え?あの……そう習いましたし頭では理解しているのですが、どの子も目に敵意は見えませんでしたし拒絶の意志は感じませんでしたから」
私が言い淀んでいるとお父様が助け舟を出してくれた。
「ゴルトベルグ公爵、その辺にしていただけませんか?ヴィヴィアーネ自身にもわからないことを聞かれても戸惑うばかりでしょう」
そうなのだ。私にもわからない。竜たちはどの子も可愛くて優しい。皆もそういう気持ちを持てば乗せてくれるのではないかと私は密かに思っている。
「ははっごめん。そうだね。私はヴィヴィアーネ嬢のその特異な体質……と言っていいのかな?それは我が国にとって得難いものだと思っている。ただ王太子妃というのは後に王妃、国母になるということだ。慎重に考えてもいいと思っている」
「うーーん。私も気持ち的には認めたいんだ。元々ヴィヴィアーネは私の可愛い生徒で私はヴィヴィアーネを高く評価している。私はジークに瑕疵のない婚約を結んで欲しかっただけだからね」
「アルブレヒト先生、それは私が平民の子だからと言われていることですか?」
私が聞くとジークが声を荒げた。
「生まれはヴィヴィにはどうもできないことだしヴィヴィは侯爵家の令嬢としての教育をしっかり受けている。学院の成績も座学はトップクラス、魔術に関しては伯父上が一番よくご存じでしょう」
「そうだな。ヴィヴィアーネ、君は父親のことをどれだけ知っている?」
アルブレヒト先生が聞いているのはお父様ではなく『おとうさん』の事だろう。一応私の生まれについては肯定も否定もしないように言われているので私はお父様を見た。
お父様が頷くのを見て私は答えた。
「孤児だったと聞いています。それ以外は優しくて可愛がってもらったという記憶しかありません」
私の返事を聞いてアルブレヒト先生は驚いたようだった。
「ヴィヴィアーネは記憶をなくしていると聞いていたが」
「思い出したのはほんの数か月前です。夏期休暇の時にトランタの町に行って思い出しました」
「そうか。では君はどうして五歳まで魔力暴走を起こさなかったのか記憶があるのか?」
私は考えながら答えた。
「ゆっくりですけれど魔力暴走を起こした時のことも思い出したんです」
私の言葉にジークやお父様も驚いたことが気配で感じられた。
「母と王都に初めて出て来て人攫いにあってしまったんです。狭い路地を担がれていく途中で父から貰った髪飾りを落として壊してしまって……その途端身体の中から何かがあふれ出てくる感覚があって……今ならわかりますけどあれは魔力があふれ出てくる感覚でした。でもそれまではそのような感覚は感じたことがありませんでした。その……突飛だと思われるかもしれませんが……父がお守りだからいつも身に着けていなさいと私にくれた髪飾りは魔力を封印する魔道具だったのではないかと……」
私は自信の無さからだんだん声が小さくなってきた。だって突飛すぎる。『おとうさん』は平民の孤児だ。そんなものを持っているわけがない。
「私もそう思うよ」
驚いたことにアルブレヒト先生は私の考えを肯定した。
「だから私は、というか私だけではないがね、考えたんだ。君の父親は魔力があってそれを隠しているんじゃないだろうかとね」
「え……『おとうさん』が……」
考えたこともなかった。でもそう考えるべきだったんだ。おかあさんに魔力が無ければおとうさんにあった可能性が高い。
「私はこう考えたんだ。魔力があるのに隠していてこの国で暮らしている。見たこともない魔道具が手に入る……もしや君の父親はトシュタイン王国の王族に連なっているのではないかと」
それは恐ろしい言葉だった。竜の森で会った密猟者はトシュタイン王国の人間だった。ジークのお母様やエル兄様たちのお母様が亡くなられたのもトシュタイン王国の陰謀で、今回のトシュタイン王国の王宮での話もまだ耳に新しい。私が……その王族の……血を引いている?
顔面蒼白になった私の手をジークが握った。
「伯父上!!それは穿ち過ぎなんじゃないですか!!それに誰の血を引いていようと関係ない。ヴィヴィはアウフミュラー侯爵家の令嬢です」
語気荒いジークに続いてお父様も援護してくださった。
「アルブレヒト、その可能性は恐ろしく低いだろう。トシュタイン王国の王族には……というか我が国以外の王族貴族にはヴィヴィアーネほど魔力が多い者はいない。桁違いだ」
その言葉を聞いて私はホッとため息を漏らす。まだ不安が消えたわけではないけれど……
「すまないヴィヴィアーネ。私も今ではそう考えている。君が竜に乗ったと聞いてね。そんなに竜に愛されている君があの国の王家の血を引いているわけがない」
そうしてアルブレヒト先生は私とジークを見てはっきり言った。
「私にはまだ判断が付かない。でも陛下が決めた事には従うよ」