ジークハルトの帰還と報告(1)
荒野で馬車からジークが下りると竜騎士たちから歓声が上がった。
ジークの無事な姿を見て感涙にむせび泣く騎士の姿も見られた。
そんなみんなの姿を見てジークは深々と頭を下げた。
「皆、心配かけてすまなかった」
「殿下が無事にお戻りになられて何よりです。さあ我らの国に帰りましょう!」
ブルクハルト第一隊長の明るい声に皆が「おおっ!」と雄叫びを返す。
程なく皆の竜が集まってきた。
ここは人の影も見えない荒野であるが百頭を超える竜が次々に集まってくる様はもし見ている人がいれば感動の風景だっただろう。
その中でひときわ大きく美しい黒竜が姿を見せる。
イグナーツは舞い降りるとすぐさまジークに近づき鼻面をジークに押し当てた。
「ごめんなイグナーツ、心配かけたな。そして僕を助けてくれたんだな、ありがとう」
ジークがイグナーツの首に手をまわし撫でるとイグナーツはやっと安心したように目を細めて撫でられていた。
さて竜に乗って帰ろうという時にジークが一人で竜に乗れるか?という問題が浮上したが私がジークを支えながら同乗することであっさり問題は片付いた。
もっともフィル兄様は私が乗るのはウルバンだとしつこく主張していたが聞き入れてもらえなかった。
「ヴィヴィは……他人の竜に乗れるのか?どうやってこの国に来たのか不思議に思ってはいたが……」
ジークは私に驚きの目を向けたが「とりあえず帰ってから考えよう」と疑問を押しやったようだった。
私にもわからない。どうして竜が乗せてくれるかなんて。でも私は竜が好きで敵対心を持っていないからじゃないかな~なんて暢気に考えていた。
ともあれ私たちは無事にソヴァッツェ山脈を越え、山中で一夜を過ごしヴェルヴァルム王国に戻ってきた。
ジークがトシュタイン王国に旅立って十二日後の帰国だった。
「ヴィヴィ、見て!王宮が見えて来たよ」
「うっうん」
返事をしながら私はこっそり胸をさする。ジークは右足にひびが入っているので安定が悪い。なので私に後ろからしがみつくような体制でイグナーツに乗っている。いや、体格差があるので実際は私を抱きかかえるように乗っていると言った方が正しい。長時間の密着に加えジークに耳元で話をされると心臓に悪い。
私のお腹に回された腕に力が入るたび、耳を吐息がくすぐるたびに私は赤面しているのだった。前を向いているのでこの顔をジークに見られないことがせめてもの救いだった。
百頭の竜が飛行する様は王宮からも当然見えているので竜場に降り立った私たちは沢山の人々に出迎えられた。
私がジークと共にイグナーツから降りると人々からどよめきが上がった。
私がトシュタイン王国に旅立つ前竜場でウルバンやディーターに乗ったのを見た人は少ない。
私がイグナーツに共に乗って帰ってきたのを見て衝撃を受けている人は多いようだった。
人々の間から「王太子妃に相応しい」とか「黒竜が認めた王太子妃」という言葉が時折聞こえてきてちょっと恥ずかしい。
ジークが右側をフーベルトゥス騎士団長に支えられ左手で私の手を引いて国王陛下に近づく。
「父上、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。皆の助けを得てこうして無事戻る事が出来ました」
国王陛下は何も言わずジークに近づいた。そっとフーベルトゥス騎士団長が場所を明け渡すとフーベルトゥス騎士団長に代わってジークを支えながら陛下はジークを抱きしめた。
私もそっとジークの手を離した。
「ち、父上……あの……」
「よく、よく生きて戻ってきてくれた……」
陛下は涙ぐんでいるようだった。
暫くジークを抱きしめた後、陛下はジークをそっと放した。すかさずフーベルトゥス騎士団長がジークを支える。
「ジークハルト、此度の任務大儀であった。報告は後日改めて聞こう。今はゆっくりと休むがいい。それからフーベルトゥス騎士団長、ブルクハルト第一隊長以下竜騎士団第一隊の諸君も大儀であった。また、ジークハルトの行方不明の捜索でいらぬ苦労を掛けた。しかしそなたたちの働きにより無事王太子が帰国することができた。礼を言う。またギュンター第二隊長以下竜騎士団第二隊の諸君及びフィリップ・アウフミュラー宰相補佐官、ヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢もジークハルトの捜索大儀であった。皆の迅速な対応と懸命の捜索の結果王太子ジークハルトが生きてここに戻ってくることができた。……皆、ありがとう」
国王陛下のお言葉に皆が目礼した。目に涙を浮かべている人もいた。
私も陛下のお言葉を聞いて「ああ、ジークが本当に戻ってきたんだ……」と実感が湧いてきてウルっとしてしまった。
皆疲れているだろうとその場で解散になり私は報告の為王宮に留まることになった為客室を用意してもらった。
王宮の上級メイドさんたちの手を借りて湯あみを済ませ軽食も食べてやっと人心地着いた私は部屋でまったりしているとノックの音がした。
この部屋でお世話してくれていたメイドさんが扉を開けてくれると入ってきたのはエル兄様だった。
「良かったなヴィヴィ。お疲れ」
エル兄様は労ってくれたけどどこか悔しそうでもあった。
「はあー、俺もジークを探しに行きたかったよ。お前よく行ったな」
「うん……フィル兄様と許可をくれた陛下のおかげね」
「いやまあそうなんだけど、俺は学院からここに来るときもトシュタイン王国に行きたいと言った時も……お前の迫力に驚いたんだ。てっきりお前はジークのことは兄の一人ぐらいの気持ちだろうと思っていたからな」
そう、私もそう思っていた。いったいいつからジークが特別な存在になったんだろう?ほんの少し前までは王太子の婚約者なんて私には荷が重すぎると思って尻込みしていたのに。
「私……ジークがトシュタイン王国に行ったと聞いて不安で堪らなかったの。そしてジークが行方不明だって聞いてなんとかしてジークを助けたいって思ったら今まで王太子妃なんて分不相応だとか陰口を言われることだとかいろんなことが全部吹っ飛んじゃってジークを支えたい、ずっと一緒に居たいって強く思ったの。私はジークが困難な目に遭った時すぐ支えられる距離に居たい。苦労するなら一緒にしたい。王太子妃に相応しくないんだったら相応しくなるように努力する。ジークの隣を誰にも譲りたくないの」
エル兄様は私の気持ちを聞いて「そうか……そうか」と頷いていた。
「俺はヴィヴィを応援するよ。ジークを一番支えられるのはお前だろう。そして俺がお前とジークを守ってやる。俺は卒業したら王国騎士団に入団してジーク付きの近衛騎士になるつもりだからな」
「ふふっ、ありがとうエル兄様」
そこでふと気が付いた私はエル兄様に聞いてみた。
「エル兄様は意中の人はいないの?」
エル兄様はふっと笑って言った。
「さあどうだろう?卒業パーティーまでにははっきりするよ」
やっぱり誰か意中の人がいるのね。私は確信を持った。でもエル兄様は教えてくれそうもない。私は卒業パーティーまで楽しみに待つことにした。
「俺なんかより早く結婚を決めなくちゃならない人が我が家にはいるけどな」
その言葉には大いに頷いたのだった。