ジークハルトの遠征と失踪(5)
「殿下が落ちた崖下の周辺を今第一隊が捜索しておりますが私が向こうを発つ時点では痕跡も何も見つかっていませんでした。黒竜も見当たらないことから場所を移動したことも考えられます。取り急ぎ私は現地に戻り捜索を再開するつもりです」
フーベルトゥス騎士団長が締めくくるとともに竜騎士隊第二隊の隊長が立ち上がった。
「捜索は我が隊が引き継ぎます。いろいろと準備がありますのでこれで失礼します」
「わかった。第二隊は急ぎ準備に取り掛かってくれ。竜騎士隊以外の随行者は追って知らせる」
国王陛下の言葉を受けて隊長は退出していった。
「ヴィヴィ、大丈夫か?」
エル兄様が気遣ってくれるが私は上手く呼吸が出来なかった。
何故今回はこんなにも不安だったんだろう。どうして学院で待っていることができなかったんだろう……その答えがこれだったような気がしてならない。
私には予知能力なんて無い。でも私が今回不安に思ってここまで来たということは私にも何かできることがあるのかもしれない。
知らず私は立ち上がっていた。
国王陛下が私を見た。
「私も行かせてください」
国王陛下は痛ましげな顔をしていた。陛下の方こそ最愛の妻の忘れ形見、自らの息子の安否が心配でならないだろうに。
「ヴィヴィアーネ嬢……気持ちはわかるが……」
「私も行かせてください」
私は繰り返した。
「すみません陛下、発言をしてよろしいですか?」
騎士団の方が口を開いた。この場にいるのだから地位の高い人なのだろう。
「彼女はどちらの令嬢でしょう?まだ子供に見えますが。どうしてこの場にいるのですか?」
「これは私の——」
お父様が発言しようとしたのを陛下が遮った。
「彼女はヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢、ジークハルトの婚約者として内定していた令嬢だ」
「陛下!そのことはまだ決定したわけでは——」
抗議の声を上げたのは遅れて入室してきたアウグスト・ゴルトベルグ公爵だった。
「いや決定だ。ジークハルトの意志は固かった。その抗議を跳ね除ける力をつけるためにジークハルトは今回の使者を買って出たのだ」
「私も行かせてください」
陛下に向かって私は繰り返した。
「無理だ。ピクニックと違うんだぞ」
騎士団の方の嘲るような物言いも気にならなかった。
もう一度陛下に向かって繰り返す。
「私も行かせてください」
陛下は私を見て静かに言った。
「ヴィヴィアーネ嬢、気持ちはわかるが現実的ではない。もちろん向こうに着いてからの捜索も過酷で貴族令嬢が耐えられるものではないが、そもそも君は竜と契約していないだろう。現地に行く手段がないのだよ」
「許可さえいただければ山越えしてでも——」
私がそこまで行った時フィル兄様が「あっ」と声を上げた。
皆に注目されたフィル兄様は小さく「コホン」と咳払いして陛下に言った。
「ヴィヴィアーネは私の竜に乗れるかもしれません」
その言葉にはこの場にいた全ての人が驚いた。
竜は絶対に契約者以外の人間を乗せないからだ。
「フィリップ・アウフミュラー、どういうことかね?」
陛下の問いかけにフィル兄様は答える。
「ヴィヴィアーネは九歳の時に私の竜ウルバンに乗っています。領地に帰る途中で盗賊に襲われけがをしたヴィヴィを私の竜ウルバンで屋敷まで運びました」
「あり得ない!!」
騎士団の方が吐き捨てるように言ったがフィル兄様は冷静に返した。
「しかし事実です。屋敷の者たちなど証言者は大勢います」
「証言者を呼んで証言させるより手っ取り早い方法があるだろう。今から竜場に行きウルバンを呼んでヴィヴィを乗せるのか確かめてみればいい」
お父様の言葉に全員が頷いた。
しかしフィル兄様はその前に陛下に言った。
「陛下、もしヴィヴィアーネが私と一緒に竜に乗る事が出来たら私とヴィヴィアーネの随行を許可していただけますか?」
私は驚いてフィル兄様を見つめた。
「ヴィヴィアーネは僕の最愛の妹だ。僕はヴィヴィが望むことなら何でも叶えてあげたいんだ」
これは後でこっそりフィル兄様が私に囁いた言葉だ。
陛下は暫く逡巡していたが最終的に「許可しよう」と言った。
数名の人達は不満げな顔をしたが他人の契約竜に乗れることなどないと高をくくっていたようだった。
正直私も自信なんてない。フィル兄様は九歳の時私がフィル兄様の竜に乗ったと言ったが私はその時は気絶していたので覚えがないのだ。
でもこれはフィル兄様がくれたチャンスだ。絶対ものにしたかった。
「今から竜場に場所を移す。フーヴ、竜騎士団第二隊の準備も今しばらくかかるだろう。王宮に客間を用意するのでしばらく休んでくれ」
国王陛下の言葉にフーベルトゥス騎士団長はかぶりを振った。
「俺ならに三日徹夜しても大丈夫だ。それよりこんな面白い……いや、不謹慎だな、興味惹かれる事柄を見逃すわけにはいかない」
そう言った後で「申し訳ありません、言葉遣いが不敬でしたな」と反省した素振りを見せたが国王陛下は苦笑しただけだった。
私たちは竜場に移動した。
フィル兄様が念ずると暫くして上空に赤竜の姿が見えた。
契約した竜は自らの魔力を介して呼ぶことができる。
赤竜は悠々と竜場に着地した。フィル兄様が駆け寄ると恨めし気な目で見つめる。
「すまんウルバン。最近は君に乗る機会も滅多になかったな」
フィル兄様がウルバンを撫でると頬を擦り付けて来た。そんなウルバンを愛おし気に見つめフィル兄様は言った。
「ウルバン、ヴィヴィを覚えているか?またヴィヴィを乗せて欲しいんだ」
フィル兄様が私を手招きする。
私はウルバンに近づいた。
「こんにちはウルバン。私を乗せてくれる?」
私がウルバンの眼を見ながらそう言うとウルバンは私を大きな舌でひと嘗めした。
「わっっぷ!」
私の様子を見てウルバンはグルルルル……と喉の奥で笑ったような声を上げ、前足を折り首を垂れた。
これは竜が人を乗せるときのポーズだ。
周囲の人達からどよめきが漏れた。
私とフィル兄様はウルバンに乗り空高く舞い上がった。