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ジークハルトの遠征と失踪(3)

残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。


 ガスパレはこの場に現れるなり「冤罪だ!」と喚きたてた。


 ジークたちを濁った眼でねめつけ馬鹿にしたように口を開いた。


「私は隣国であるヴェルヴァルム王国のことを快く思っているのだ。できれば親しく交流したいと思っている。その私が令嬢の誘拐や神聖な竜を密猟しようなどと思うわけがない。これはヴェルヴァルム王国と国交をしたいと思っている私を陥れる罠であろう」


 ガスパレの言い分など一つも通らないとばかりにフーベルトゥスが言った。


「そちらの事情など我々には関係ない。ただ我々は第三王子ガスパレが犯罪に関与したという動かぬ証拠を持っている」


「そんな証拠など捏造であろう」


「では確かめていただこう。そちらの宰相だったな。前に出てきてくれ」


 突然名指しされた宰相は恐る恐る歩を進める。


 フーベルトゥスは宰相に向かってウォンドを一閃させた。

 宰相は目に見えてたじろぐがフーベルトゥスは薄く笑った。


「心配しなくともよい。虚偽の報告をしないように魔術を掛けただけだ。正直に話をすれば何も起こらない」


 これは嘘だ。そんな便利な魔術などない。だが魔力が衰え王族と高位貴族しか魔力を持たないこの国の人間には真偽のほどはわからないであろう。


「これが証拠だ。渡すわけにはいかぬ、この場で確かめてくれ」


 フーベルトゥスが取り出した密書と指輪を宰相は確かめた。


「これは……確かにガスパレ殿下の紋章です。手紙に使われている印章も指輪に刻まれた紋章も……」


 冷や汗をかきながらも宰相はしっかり証言した。


「いや!冤罪だ!紋章は盗まれたのだ!」


 ガスパレは尚も醜く言い逃れをしようとしている。


「犯人の身柄を引き渡していただこう。それから国として賠償金も払っていただく」


 フーベルトゥスが第一王子サロモネに言い放った時であった。


 ガスパレの背後に控えていた大男が大刀を引き抜いた。



 ジークたちに緊張が走る。障壁に守られてはいるがフーベルトゥスはジークの前に出て盾になった。


 しかしその大男の目的は別の人物であった。


 大男が剣を一閃させるとガスパレの首が飛んだ。








 一瞬遅れて首のない体がドウッと地面に倒れる。


 辺りは静寂に包まれた。





 大男は静寂の中を何事もなかったように歩きガスパレの首を掴み上げた。




 ジークは吐き気を必死になってこらえていた。戦いになれたフーベルトゥスでさえ眉を顰めている。ジークはただ王太子として無様な姿は見せられないと気力を奮い立たせてこの場に立っていた。


「お見苦しいものをお見せした。わが王国は知らなかったことなれどガスパレは悪事を働いていたようだ。犯人の身柄、受け取っていただきたい」


 薄く笑いを張り付けながらサロモネは言った。大男が首を差し出す。





 サロモネは今回の事態を収束するにあたり国王からガスパレを粛正する許可を得ていたに違いない。


 もともとトシュタイン王国の王子は皆がライバルである。彼らは成人すると独自の宮と領地、軍隊を組織する権利を与えられる。その中で一番武功を上げた者、王国に利益をもたらしたものが次代の王になるのだ。兄弟間の争いは成人前から始まっている。足の引っ張り合いや暗殺など日常茶飯事である。現国王の王子は七人。そのうち第二王子は十二年前ヴェルヴァルム王国の王妃暗殺を企てルードルフに殺された。しかし第四、第六王子は兄弟間の暗殺によって命を落としている。第一王子サロモネは力をつけて来たガスパレを殺す機会を狙っていたに違いない。しかし公に殺してしまっては内紛の種になる。今回国王からガスパレ粛清の許可が下りてサロモネは狂喜したことだろう。


 尚も芝居がかってサロモネは言った。


「私とて血を分けた弟を手に掛けることは心苦しいが犯罪を犯していた者を許すことはできない。此度のことは第三王子一人の暴走である。この首をもって怒りを鎮めていただきたい」


 渋い顔をしながらフーベルトゥスは言った。


「我々は首が欲しいのではない。生きたままの身柄引き渡しを望んだのだ。それに王子のしたことを王宮が知らぬ存ぜぬは筋が通らないであろう」


「そうか。賠償金についてはガスパレの私財から後日送らせてもらうが、ガスパレの首で納得しないのであれば……おいっ!」


 サロモネは部下に指示を飛ばした。


 まもなく広場に連れてこられたのは中年から年若い女性たちとその子供とみられる身なりのいい子供たちだった。


「ガスパレの正妃、側妃、愛妾と子供たちだ」


 王宮の広場に引き据えられた豪奢な衣服を着た女性たちと子供たち。その者たちに向かって兵士が剣を振り上げた。


「ガスパレの首で足りないとあらば——」


「やめろ!!」





 サロモネの言葉をジークが遮った。


「剣を降ろせ!!」


 ジークが地を這うような声で言うとサロモネは目配せして剣を降ろさせた。


「女子供を殺して何になる。もうたくさんだ!賠償金は払ってもらう。その書類にさっさとサインをしろ!それを持って我々は引き上げる」


 フーベルトゥスは何も言わなかった。黙って書類を差し出しサロモネにサインをさせた。


「賠償金は近日中に届けさせろ。賠償金を持ってきた使者だけは入国を許可する」


 その通行許可証を宰相に渡すとフーベルトゥスはジークに語り掛けた。


「殿下、引き上げましょう」


 ジークは黙って頷き一行は竜に乗ると広場を飛び立った。











 胸糞の悪い思いを抱え一行は帰路に着いた。もとより素直に身柄を引き渡すとは思っていなかったがああもあっさりと弟を殺しその妻や子供たちも殺そうとする……トシュタインの王族の非道さは目に余るものがあった。

 あの場ではジークはガスパレの妻子を殺させるのを止めたが今後彼女たちが生き延びられるかはわからない。それはヴェルヴァルム王国の者が口を出すことではなかった。





 ジークたち一行は大陸の北側旧ゲレオン王国のあたりからトシュタイン王国に入っていた。帰路も同じコースである。


 ゲレオン王国はかつてトシュタイン王国の北側にあった王国で百年ほど前にトシュタイン王国に攻め滅ぼされた王国である。トシュタイン王国は南のルセック王国も滅ぼし領土を広げていた。



 旧ゲレオン王国であったトシュタイン王国北部のさびれた田舎町上空を飛行していた時だった。


 ドドドド……と地響きのようなものを感じてジークは地上を見下ろした。



 それは魔獣の大群だった。大きな長い尾と雄牛のような角を持つ茶色い硬い毛で覆われた魔獣。その数百頭もの群れがひなびた田舎町に襲い掛かろうとしていた。



 町中を右往左往する人々の姿が見えた。転んで蹲る老人や子供を守ろうと必死で抱きしめる母の姿が見えた。そんな光景が見えるほど低空を飛んでいたわけではない。でもジークにはその光景が見えた。いや見えたような気がしただけかもしれない。



 反射的にジークは進路を変えた。町の上空に向かって急降下する。


 と同時にウォンドから光線を放った。それは見事に魔獣の先頭の一頭に命中し魔獣が倒れるのが見えた。


 ジークは続けざまに光線を放つ。魔獣の群れの勢いは弱まったかのように見えた。





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