ジークハルトの遠征と失踪(2)
私たちは今王宮の会議室にいる。
二十人ほど入れる会議室に集まったのは国王陛下、宰相であるお父様、その補佐の文官としてフィル兄様ともう一人、王国騎士団の方が三名、竜騎士団の隊長が第一隊長を除く四名、帰還したフーベルトゥス騎士団長と竜騎士二名、そして片隅に私とエル兄様も出席を許されていた。
この会議室に入る前にフィル兄様が心配して私に言った。
「ヴィヴィ、ヴィヴィは部屋で待っていた方がいい。会議の様子は僕が後で教えてあげるから」
でも私は首を縦に振らなかった。ジークに何が起こったのか私は知りたい。そしてジークを助けたい。
「ありがとうフィル兄様。私は大丈夫、取り乱したりはしないわ」
会議室に入ると何人かの人がジロッと私を見た。小娘が何でここにいるんだ?という目つきだった。
予定の人達が集まると、いや集まるのを待たずフーベルトゥス騎士団長はすぐに国王陛下に報告を始めた。
フーベルトゥスは会議の場では気が急いていたのでかいつまんで事実を報告したのだが後日詳細に語られた事実を以下に記す。
ジークとフーベルトゥス、竜騎士団第一隊の五十名はトシュタイン王国に隊列を組んで向かった。
先頭に赤竜二頭その後ろに黒竜、黒竜を守るように五十頭の竜が隊列を組み空を飛ぶさまは壮観だった。
隊列を組んで飛ぶことに慣れていないばかりか竜に乗ったのも昨日が初めてであるジークにブルクハルト第一隊長は言った。
「殿下は前の二頭の赤竜だけ見て飛んでください。竜はこちらの意図を察してくれますので殿下が前の赤竜を見て進路をしっかり把握していればちゃんとついて行ってくれます。くれぐれもほかに気を取られて進路を逸れることのなきようお願いします」
いかに竜が速いと言っても一日でトシュタイン王国の王宮に着くことはできない。一行はソヴァッツェ山脈の中腹で一夜を明かし次の日にトシュタイン王国に入った。中腹とは言え標高の高いソヴァッツェ山脈は極寒の地である。防寒対策はしっかりとられていた。ただ竜に乗っている間は防寒は必要ない。竜の背は竜の魔力に守られているため風の影響も受けなければ寒さの影響も受けない。
トシュタインの王都上空に差し掛かると人々が空を指さしパニックに陥っている様がよく見えた。ヴェルヴァルム王国の民衆、特に王都民は竜騎士隊が隊列を組んで飛んでいるのは見慣れている。人々は歓声を上げて手を振る。もちろん自国を守ってくれているのだから当然だろう。
トシュタイン王国の民衆は竜を見かけることなど、ましてや隊列を組んで飛行する様など見たことがない。トシュタイン王国の民衆にとってはこの国を征服しに来る地獄の使者のように見えていることだろう。
と同時に竜は信仰の対象でもある。神々の使いのように感じ跪いて祈るものの姿も多々見受けられた。
五十頭を超える竜の隊列は見せつけるように王都の上空を旋回している。
やがてその中から五頭の竜が王宮に向かって降下を始めた。そのうちの一頭は黒竜である。漆黒の鱗がつややかに光り一際大きなその黒竜の堂々たる姿に人々は恐怖と共に畏敬の念を抱いた。
五頭の竜が王宮の広場に着陸する頃にはその広場には竜をぐるりと取り囲むように多くの兵士と高貴な身分だと思われるものの姿があった。
野生の竜に比べ契約竜の魔力は桁違いに大きい。弓程度では傷つけることはできない。それを知っているせいか広場には弓箭隊は見えなかった。しかし物陰から狙われていることも考えられるため竜騎士は自身たちの周りに障壁を張った。
ジークたちが竜の背から降りると彼らを囲んだ人々の中から一人の人物が進み出た。
「ヴェルヴァルム王国の方々とお見受けします。私はこの国の宰相ボニート・インサングと申します。此度の突然の訪問、無礼極まりない殴り込みは宣戦布告と取ってよろしいのでしょうか」
初老のその男は言葉は辛らつだが声音が震えていた。竜騎士の一団が「そうだ」と肯定してしまえば王宮を守る兵士たちではかなわないことは明らかである。
フーベルトゥス騎士団長が宰相に話しかけた。ジークは黙って立っているだけだ。その目は冷たく宰相を睨んでいた。
「いかにも我々はヴェルヴァルム王国のものである。この行為が宣戦布告となるのかはそちらの返答次第と言ったところだ。まずはこの国の国王、ないしはそれに匹敵する権限を持つ者を呼んできてもらおう」
「お待ちください。いきなりそんなことを言われても——」
「よい。下がれ」
宰相の言葉を遮り一人の人物が前に出た。年のころは四十前後の壮年の男である。すぐ後ろには屈強な騎士が二名控えている。騎士たちは剣の柄に手をかけていた。
「私はこの国の第一王子サロモネだ。貴殿たちとはゆっくり話がしたい。まずは部屋を整えるのでゆるりとご滞在願いたい」
「お断り申し上げる」
フーベルトゥスはにべもなく断った。
「我らはここを動くつもりはない。もっともあなたたちが我々の竜ごとくつろげるような部屋を用意してくれるのなら考えぬでもないが。それよりあなたがこの国の代表だとして話を進めて良いのか?それとも国王を呼んでくるのか?」
サロモネは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたがすぐに笑顔を張り付けた。
「我らは長旅をしてきた隣国の盟友をもてなしたいだけだ。しかしここを動くつもりがないのなら私が要件を承ろう。私は第一王子、国王からそれなりの権限は許されている」
フーベルトゥスはサロモネの心にもない言葉を鼻で笑ったが用件は伝えることにした。
「三か月ほど前我が国で竜を密猟せんとする者が捕えられた。その者たちは昨年の夏侯爵令嬢を誘拐したこともわかっている。そしてその者たちの隠れ家からこの国の第三王子ガスパレの指示であったという証拠が出て来た。そのことは既に書簡にて届けられているはずだ。一向に返事が来ないことに陛下はお怒りである。よって犯人であるガスパレの身柄引き渡しと賠償についての返事をいただきに参った」
「なんと!!」
サロモネは驚いたような顔をしたが知っていたに決まっている。フーベルトゥスは言葉を重ねた。
「貴殿が知らなかったのであれば貴殿はさほど重要な地位にはおられぬのであろう。やはり国王を——」
「いや、待たれよ」
サロモネはフーベルトゥスの言葉を遮った。自分がないがしろにされることは我慢がならないのであろう。
「私は今回の貴殿たちの訪問について全権を任されている。しばし待たれよ」
そうしてサロモネは後ろの騎士に何事かを囁いた。
騎士は急いでどこかへ出かけていった。
今まで黙っていたジークはフーベルトゥスに囁いた。
「待っていてもいいのか?国王を連れてくるようもう少し脅しをかけた方がいいなら……」
「多分あの第一王子は今回の事を上手く収めれば王太子にしてやるとでも言われているのでしょう。国王は出てきませんよ。臆病で狡猾だ。十二年前もそうだった。我々の目的は第一王子なり第三王子なりに責任を取らせて国王の手足をもぐことです。少なくとも第三王子の身柄は押さえましょう」
程なくしてこの場にもう一人の人物が現れた。豪奢な服装はしているもののどことなく自堕落な印象を受ける中年の男、第三王子のガスパレであった。