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ジークハルトの報告(1)


「黒竜だ!」


 誰かが空を見上げて叫んだ。


「黒竜が帰って来たぞ!」


 皆が空を見上げる。


 晴れ渡った王都の空を悠々と飛ぶ一頭の黒竜。

 その竜が王宮の上空を旋回し王宮の広場に向かって降下して行く様を見て人々は叫んだ。


「ヴェルヴァルム王国万歳!!」


「国王陛下万歳!!」


「王太子殿下万歳!!」


 その叫びは王都中を駆け巡った。

 人々が待っていた瞬間だった。

 ヴェルヴァルムの王家を黒竜が守護する。

 それは王家が竜神の子孫であることの証でありこの国が竜神に守られていることの象徴である。


 現在の王に国民が具体的な不満を持っているわけではない。多少の貧富の差はあれど人々は重税にあえぐこともなく福祉は行き渡り外敵からは王国騎士団や竜騎士団が守ってくれる。国王は善政を敷いていると言ってよいだろう。しかし国民から見ればそれが国王の功績であるかどうかなどわからないのだ。人々は王家に不満は無いが不安はあった。国王の竜が赤竜だからである。建国以来続いていた竜神の血筋が絶えてしまうことへの不安。

 もちろん現在の王は先々代の国王の孫であり王家の血を引いていることは周知の事実である。しかし人々にとって黒竜こそが王家の象徴であった。





 黒竜が王宮の前庭に下り立つ。


 王宮中の全ての人が集まったのではないかと思えるような出迎えの人数だった。

 黒竜の背から降りて来たジークは人々の中心に立つ人物、国王ヘンドリックに視線を向けるとくしゃりと笑った。ヘンドリックも泣き笑いの表情で息子を迎えた。


 ジークはヘンドリックに歩み寄り挨拶する。


「国王陛下、私ジークハルトは本日無事竜との契約を終えることが出来ました。これなるは私の契約竜、名をイグナーツと申します。まずはご報告申し上げます」


 ジークの挨拶に対しヘンドリックは深く頷くと「大儀であった」と声をかけた。

 もちろんそんな言葉では表せないほどの様々な思いが二人の胸のうちにはあったがこの場ではそれで報告は終わりジークは学院に引き返すはずだった。

 しかしジークは言葉を続けた。


「少々相談したき事があります。お時間を頂戴してよろしいでしょうか」


「もちろんだ。では執務室で待っている」


 ヘンドリックの返事を聞いてジークは踵を返した。イグナーツを王宮の北にある竜場で休ませ自身は国王の執務室に向かうためだ。今日は学院に戻らないつもりなので竜場の職員にその旨を話しイグナーツの世話を頼まなくてはならない。


 イグナーツの元へ戻り顔を寄せてきたイグナーツの首を抱いて頭を撫でた後イグナーツに乗ろうとした時に上空に一頭の竜が現れた。


 その赤竜は見る見るうちに降りて来てイグナーツと少し離れた場所に着地した。

 赤竜から降りてきたのは


「エルヴィン!」


「ジーク!!黒竜か!やったな!おめでとう」


 走ってジークに近づいたエルヴィンはジークの背をバンバン叩いた。

 それから小声でジークに言った。


「父上に挨拶をしてくるが報告したいことがあるんだ。付き合ってくれないか?」


「偶然だな、私もだ。今から竜を竜場で休息させてから国王の執務室に行くんだ」


 ジークが素早く言うとエルヴィンは頷いた。


「わかった。俺も同席させてくれ」


 そう言いおいてエルヴィンはルードルフに挨拶をしに向かった。








 国王の執務室にジークとエルヴィンはそろって入室した。


 室内にいたのは国王ヘンドリック宰相ルードルフ王国騎士団団長のフーベルトゥスそれと筆頭侍従のノルベルトの四名だ。

 ジークは父が既に人払いをしてくれていたことを感謝した。


 執務スペースの奥にある応接スペースのソファーに皆が腰かける。

 ノルベルトが皆にお茶を入れ腰掛けるのを待ってジークが口を開こうとすると先にルードルフが口を開いた。


「殿下、黒竜との契約おめでとうございます」


 ノルベルトとフーベルトゥスもお祝いの言葉を述べた。


「王都の人々は王宮に舞い降りた黒竜を見て狂喜乱舞しております。王室に対する不安も払拭されることでしょう」


 ルードルフがそう述べるとジークは面映ゆそうな顔をした。


「私が黒竜と契約できたのは父上のおかげだと思っているんだ。父上が努力してこの国に善政を敷いていたからこそ竜神様が認めてくださったのだと思う」


 ジークの言葉にヘンドリックは吃驚したような顔をしたがノルベルトやフーベルトゥスの「そうかもしれませんね」「私もそう思います」との言葉を受けて嬉しそうに礼を言った。


「皆ありがとう。そう言ってもらえると私が歩いてきた道は間違っていないと思うことができる」


 ヘンドリックは遠い眼差しをした。今は亡き妻、王妃ユリアーネに思いを馳せているヘンドリックを皆が静かに見守っていた。

 国王にならなければ失うこともなかった最愛の妻だった。妻を失った後もヘンドリックは歯を食いしばって国王の責務を果たしてきたのだった。そしてそれはルードルフも同じ思いであり、ジークとエルヴィンは幼くして母を失うという寂しさを乗り越えてきたのだった。


 国王と王太子、筆頭侯爵家の当主とその息子という高い身分でありながら愛する妻を、母を失いそれでも必死に辛さに耐え国のために尽くして来たこの人たちの力になりたい、最大限の助力をしようとノルベルトとフーベルトゥスは目を見かわした。


「それで、殿下のお話はヴィヴィアーネとの婚約のお話でしょうか?」


 気を取り直してルードルフが訊ねる。


「ああ、それについても後ほど話をしたいがまずは報告したいことがある」


「気のせいかもしれないが」と前置きしてジークは竜の森で生徒とは違う野営の跡を発見したことを伝えた。


 ヘンドリック以下四人に緊張が走った。


「ジーク、それは間違いないのか?」


 ヘンドリックの問いかけにジークは少し考えこんだ。


「先ほども申しました通り気のせいかもしれません。野営の跡は一応隠されていました。焚火の跡も狩りをして獣をさばいた跡も隠されていましたが後始末が杜撰だったのですぐ気が付きました。私たち生徒はこの三日間は携帯食料を所持し狩りは行いませんから違和感を感じました。私たちは全員個人行動ですから生徒の中で携帯食料でなく狩りをして食料を調達した者がいる可能性もありますが」


 そこまでジークが話した時にエルヴィンも言葉を挟んだ。


「陛下、私も野営の跡を発見したんです。気のせいかと思いましたが一応父に報告しようと思っていたのですが……ジーク、殿下も発見したとなると気のせいとは思えなくなってきました」


「三か月ほど前に竜の森に侵入者がいて捕えられただろう。その時の痕跡ではないのか?」


 ルードルフがエルヴィンに訊ねるがエルヴィンはかぶりを振った。


「いえ、もっと新しいものです。一週間は経っていないと思います」


「それについては私が責任もって調査をしよう」


 騎士団長のフーベルトゥスが力強く言った。


「しかし……三か月前の事件で門を守る騎士たちに調査の手が入ったはずなのだが……今回も侵入を許したとなると大々的に警備のあり方を見直さなくてはならないな」


 フーベルトゥスは難しい顔で呟いた。













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