ルードルフの調査(2)
ブルーノ・イェレミースは緊張しながら前を歩く騎士の背中を眺めた。
いつものようにルードルフの執務室に案内されるつもりで執務棟の受付に面会を申し込んだのだが、しばらく待たされた挙句現れたのは一目で近衛とわかる騎士だった。
そしてその騎士に案内されること数十分、明らかに王族のプライベートエリアとわかる場所に足を踏み入れたブルーノは豪華な装飾のある扉の前で足を止めた。
扉の左右に立っていた兵士が扉を開けると促されて入室した。
室内にいた人物は四人。一人は部屋の隅に控える騎士で一人は今お茶の準備をしてくれている侍従。それからいつも報告を上げている宰相のルードルフ。問題はそのルードルフの主人のような場所にいる人物だった。
宰相が付き従う人物など一人しかいない。(俺は今国王陛下と向かい合っているのか?)とブルーノは愕然とした。(オイオイ、国王陛下と向かい合った時の作法なんざ知らねえぞ?とりあえず跪いておけばいいか?)とその場に跪こうとしたブルーノを国王が止めた。
「よい。此度は非公式の会見だ。非礼は許す。席に座ってくれ」
ブルーノが恐縮しながら席に座ると向かいに国王、斜め前にルードルフ、そして横の椅子に騎士と全員にお茶を入れ終わった侍従が座った。
これも異例の事だった。
促されてブルーノは今回の調査で判明したことを話し始めた。
「今回、私はオリバーが孤児院を出てからマリアを迎えに行くまでの八年間の足取りを追ったわけですが」
ブルーノは舌で唇を湿らせ一気に言った。
「結論から言いますとオリバーはジョスランにある王立魔道具研究所で働いていました」
皆が驚くのが気配で分かった。訓練された男たちは驚きを露にしたりはしなかったが。
ジョスランというのは王都とヴァルム魔術学院のちょうど中間あたりにある都市だ。ここには魔道具研究所のほか魔道具を作る工房や商会が集まっていた。
魔道具というのは魔力を流すことによって効果が発揮される道具のことだ。魔力を持っているのが貴族である以上貴族しか使えない道具である。魔石を使うことにより魔力を持たない者でも使える物もあるが。従って魔道具の研究は国家主導で行われている。
「オリバーは平民の孤児で魔力は無い……だったな」
「はい」
手短に返事をしてブルーノは詳しく話し始めた。
「魔道具研究所の研究員の一人にレーベンの町の出身者がいまして、帰郷の際図書館でオリバーと知り合ったそうです。オリバーが孤児院を出るときに職について相談された彼はオリバーの優秀さを知っていたために研究所に連れ帰り下働きの職を斡旋したそうです」
「魔力は無くても勤められるのか?」
騎士フーヴの言葉にルードルフが答えた。
「王宮にも下働きの平民は沢山いるだろう。貴族だけで研究所が成り立っているわけではない。雑用を引き受けてくれる平民の存在は不可欠だ」
その言葉を受けてブルーノは話を進めた。
「オリバーは当初は小間使いのような役割だったそうです。十五の少年でフットワークが良く頭の回転も速い。皆に好かれていたそうです。そしてある時期から一人の研究員の専属になったそうです。その研究員はオリバーが専属になった後、様々な魔道具を発表しています」
「ほう。例えばどんなものだ?」
国王が興味を示した。
ブルーノは手元のリストを読み上げた。
「囚人に付ける魔力封印の手枷の改良版。防音、または防御の結界を広範囲に広げる魔道具。人や獣の認識をそらす盾。様々な物の色を変化させる魔道具。振動を弱める魔道具等です」
「オリバーは開発に携わったかはともかくそれを身近に見ることのできる環境にいたわけだな」
ルードルフは国王を見て言った。
「やはり、彼は只の孤児ではない。魔力のない平民ではない。というのが私の結論です」
「どこかの国の間者とか?」
フーヴの問いかけにルードルフはかぶりを振った。
「八歳から孤児院で暮らすオリバーに間者は無理があるだろう。その手の者と接触したという報告も今のところ上がっていない」
「では彼は何者だ?」
国王はルードルフに問いかけるも答えなど出ないことも知っていた。
「彼の正体はわかりませんが彼が魔道具の知識を欲したのはわかるような気がします」
国王ヘンドリックは黙ってその先を促した。
「彼は魔力持ちだった。それもかなり多い。でも彼はそれを人に知られたくなかった。彼自身は制御することが出来ても将来彼が結婚して子供が出来れば高確率で魔力持ちが生まれる。それを人に知られないために魔道具の知識が欲しかった。または他の目的もあって魔道具の知識を欲したのかもしれない」
「十五歳やそこらで自分の将来の子供の事なんか考えられるか?」
フーヴの言葉にルードルフも頷いた。
「そうだな。魔道具の知識を欲したのはほかの目的がありそうだ」
ブルーノは皆の意見が落ち着くのを待って言葉を発した。
「魔道具研究所に七年勤めオリバーは退職しています。研究員はずいぶん彼を引き留めたようですが『迎えに行かなきゃならない子供がいる』と言っていたそうです」
「マリアの事だろうな」
ブルーノは頷いて続けた。
「研究所を辞めたオリバーは暫く各地を転々とし、やがてトランタの町に落ち着くと職を得、マリアを引き取りにレーベンの孤児院に向かったようです。そこから先はマリアの話にあった通りです」
ブルーノの報告は終了した。
オリバーの孤児院を出てからの八年間を探り出せたことは大きな一歩だ。やはりブルーノは優秀な調査員であるとルードルフは改めて満足した。
そのブルーノはオリバーが孤児院に来る前を探ってみると言って帰っていったが、今回は期待はしないでくれと先に言われてしまった。三十年も前の子供や赤ん坊の足跡など洗い出すことは不可能に近いだろう。
今回ブルーノの報告を国王と共に聞いたことは良かったと思うが、この報告が何かの役に立つのか立たないのか、ジークとヴィヴィの将来にどうかかわってくるのか……
ルードルフには判断が付かなかった。