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二年生(11)——夏期休暇


 宿に帰って買ってきたゼリーを取り出しているときにエル兄様がボソッと言った。


「ヴィヴィ、記憶が戻ってきているんじゃないか?」


 その言葉に皆が一斉に動きを止めた。

 私自身は自覚がないのできょとんとするばかりだ。

 エル兄様は取り出したフルーツゼリーを一口スプーンですくって食べると私を見た。


「ヴィヴィはあのパン屋でゼリーを売ってるってどうして知ったんだ?」


 聞かれて私は考えた。どうして私は知っていたんだろう?


「エルヴィン様、こういう田舎町はケーキショップなどあまりありませんからパン屋などにちょっとしたお菓子も置いているところが多いのです。ですから……」


 エル兄様が珍しくマリアの言葉を遮った。


「うん。だから何故それを知っていたのかということなんだ。少なくとも俺はパン屋を見て店内にお菓子が置いてあることなんて想像できなかった。ジークはどうだ?」


「ああ。私も確かにヴィヴィの言葉に違和感を覚えたな」


「確かにそうだわ!!」


 私はエル兄様に指摘されて初めてそのことに気が付いた。


「何故だかわからないけれどあのパン屋さんを見たときに店内の様子が頭の中に浮かんできたの。私……記憶が戻るかもしれない!」


 急いでマリアを振り返るとマリアも私を見ていた。


「マリア……私……」


「ヴィヴィ様、焦らなくていいんです。明日はメリコン川を見に行きませんか?お弁当を持って。主人のお休みの日に三人でよく行ったんです。木陰でお弁当を広げると川風が気持ちよくて。ヴィヴィ様はお花を摘んだり主人と追いかけっこをしたり。なにか思い出すきっかけがあるかもしれません」


「そうね。宿の厨房が借りられたらお弁当を作るわ」


 私が言うと、ジークが一言言った。


「激辛サンドイッチだけはやめてくれ……」





 皆でゼリーを食べ終えた後、ジークが口を開いた。


「私はもう一つ気になっていることがあるのだが……マリア、その眼鏡はいつから掛けているんだ?外すと見えなくなるのか?」


「あ!それ!俺も気になってた」


 ジークとエル兄様に指摘されマリアはそっと眼鏡に触れた。


「これはお守りなんです。これを掛けていると主人が守ってくれているような気がして。度は入っていません」


「その、外してもらっても……いいか?」


 ジークの要望にマリアは頷き私、ジーク、エル兄様が注目する中、マリアはゆっくり眼鏡を外した。


「「なっ……」」


 ジークとエル兄様が言葉を失ってしまうくらいマリアは美女だった。


 いつもはひっ詰めている髪の毛もトランタの町に来てからは緩く結んで流していたのだが、その髪の毛は眩いばかりの金髪で、白くきめ細やかな肌に澄んだブルーの瞳。整った顔立ちは誰かに似ていた。


「ヴィヴィにそっくりだ……いや、ヴィヴィがマリア似なのか」


 ジークが呟く。エル兄様も茫然としていた。


「眼鏡一つでここまで印象が変わってしまうものなのか?」


 私は……ただマリアの顔を凝視していた。誰かに似てると思ったのは私だったのか……


「……おかあさん」


 私が呟くと三人がガバッと私の方に迫って来た。


「ヴィヴィ!思い出したのか!?」


「えっ?えっ?」


 エル兄様の勢いにのけぞりながら動揺する。


「ヴィヴィ、今『おかあさん』って言っただろ?」


 ジークが私を抱きしめエル兄様の勢いを躱しながら優しく聞いてくれたけど私は自覚がなかった。


「私……『おかあさん』って言った?」


「自覚がないのか……それよりマリア、その眼鏡見せてもらっていいか?」


 ジークはマリアから眼鏡を受け取ると調べ始めた。エル兄様も横からのぞき込む。


「これは……魔道具だと思う。掛けただけでこんなに印象が変わるなんて普通の眼鏡ではありえない」


「でもジーク、こんな魔道具見たことあるか?」


「いや、私は無い。多分……一般には出回っていない魔道具だ」


 二人の話を聞いてマリアが青ざめた。


「あ、あの……殿下、エルヴィン様、その眼鏡は主人から贈られたお守りで……その……魔道具なんていう御大層な物じゃなくて……」


「ああ、マリア。無理に取り上げたりしないから安心して」


 ジークが微笑むとマリアは安心したように息を吐いた。


「とりあえず学院にいる間はマリアはその眼鏡が必要だろう。外したらヴィヴィにそっくりなことが一発でわかる」


 エル兄様の言葉にジークも頷いた。


「そうだな。ただ専門家にその魔道具を調べてもらう必要がある。なるべく秘密裏に学院に来てもらうようにするし、マリアの眼鏡を調べているとばれないように気を配るので協力してくれるか?」


 マリアに眼鏡を返しながらジークが言うと、マリアはその旨を了承して眼鏡を掛けた。


 途端に今までの見慣れたマリアが戻ってきたのだった。








 次の日、お弁当を持って私たちはメリコン川のほとりに出かけた。


 メリコン川はゆったりと流れる大河で、あまりに大きすぎて対岸はうすぼんやりとシルエットが見えるだけだ。

 川に沿って遊歩道が作られ、木々が植えられ、芝生のちょっとした広場があったりベンチが置いてあったりする町の人の憩いの場所だ。

 しかし遠くに見える塔は騎士団の詰め所で、九年前のトシュタイン王国の襲撃以来王国騎士団が日々警戒に当たっている。


 お弁当は手作りできなかったが、宿の心づくしのお弁当を受け取って私たちは川辺の遊歩道まで歩いてきた。

 今日はマリアは眼鏡を外している。その方が記憶が戻りやすいんじゃないかというジークの提案を受け入れたのだった。


 暫く川に沿って散策し、大きな木の木陰を見つけて私たちは腰を落ち着けた。

 太陽は眩しいくらいに輝いているけれど川を渡る風がとても心地よい。空を見上げるとちっちゃな雲が一つだけぽっかりと浮かんでいた。


『ねえおとうさん、あのくもみて!』


『ああ。くまさんの雲かな?』


『ちがうの』


『じゃあネコさんかな?』


『ちがーうの。とまとさんなの』


『ふふっヴィヴィはお腹が空いたのね。サンドイッチ食べる?』


『おかあさんのさんどいっちだいすき!』


『ヴィヴィ、髪飾りが外れそうだよ。お父さんが付け直してあげよう』


『おとうさんからもらったかみかざりもだーいすき。だってかわいいもん』


『お父さんも可愛いヴィヴィが大好きだ。それからマリアも大好きだ』


『ふふっ……あなたったら』




「ヴィヴィ!ヴィヴィ!どうしたんだ?」


 気が付くとジークに身体を揺さぶられていた。


 私はゆっくりマリアを……ううん、おかあさんを振り返った。


「おかあさん、おとうさんに貰った髪飾りどこ行っちゃったんだろう……」


 おかあさんは目を見開いて息を呑んだ。


「……ヴィヴィ……記憶が?」


「うん。長い間辛い思いをさせちゃってごめんね」


 私はおかあさんの胸に飛び込んだ。おかあさんは暫く私を抱きしめて静かに涙を流していた。






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