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二年生(10)——夏期休暇


 トランタはのどかな田舎の町だ。


 王国の南西部にあり、気候は温暖。町の西側には大河メリコン川が流れていて町はずれの農業地帯に農業用水を引いている。町の中心部にはこじんまりとした食堂や居酒屋、衣料品店などが立ち並び、その東側にはパン屋、肉屋、野菜を売る店などが立ち並んでいる。その境ぐらいにこの町を管理する役場(馬車で三十分ほど離れたフェルザー伯領の領都サルバレーの役場の出張所)がある。


 周囲は自然にあふれ数時間歩けば花が咲き乱れる丘やちょっとした森などにも行ける。


 私たちは町の中心部にある宿屋に入り荷物を置いた後外に出た。


 まず向かうのはかつて私たちが住んでいた家だ。町の中心から少し南東部にあるらしい。

 商店が立ち並ぶ道をマリアと連れ立って歩く。

 後ろにエル兄様とジーク。護衛は少し離れてついて来てくれる。


「凄くいいところね、マリア」

 

 私がうきうきして言うとマリアが微笑んだ。


「住んでいる人たちものんびりして親切でとてもいい町ですわ」


「後であそこのパン屋さんでおやつを買いましょうよ。ゼリーが食べたいわ」


「ふふっそうですね」


 私は飛び跳ねるように歩き角を曲がった。

 少し歩くと見えてくる三角屋根の可愛いお家。小さな庭には手作りのブランコがある。


 その家の前まで歩いていくと急にドアが開いて小さな男の子が出て来た。

 その後を追うようにお兄ちゃんらしき男の子。


「カーク!先に行っちゃダメだろ。かあさん!カークと庭で待ってるね!」


 お兄ちゃんは男の子の腕を掴みながら家の中に向かって叫んだ。

 そして前を向き私たちに気が付いた。あんぐりと口が開く。


「にーちゃん、おうじさまみたいなおにいちゃんとおひめさまみたいなおねえちゃんがいる」


 うわっやっぱりジークの気品は鬘と眼鏡ぐらいじゃ隠せないわね。エル兄様も美形だし。

 私が感心していると戸口から母親が出て来た。


 私たちに気づき訝し気ながらも会釈してくれる。

 私たちはその女の人に話しかけた。


「こんにちは」






「まあ!以前この家に住んでいた方なんですか!」


 その人は事情が分かると顔をほころばせた。


「ええ。偶々この近くに来る用事があったので懐かしく思って来てしまったんです」


 マリアが答えるとその人は笑った。


「わかります!家は思い出が詰まっていますものね。庭のブランコはご主人が作られたんですか?」


「そうです。この子のために」


 マリアがヴィヴィを見るとその人はうんうんと頷いた。


「綺麗なお嬢さんねえ。お貴族様みたいだわ。ご主人物凄く可愛がっているんでしょう?」


「ええ。とっても」


 マリアは微笑む。

 その人は私を見て言った。


「お庭のブランコは今はこの子たちが使わせてもらっているわ。お父さんにお礼を伝えてくれる?」


 私は「はい」と小さな声で答えた。

『おとうさん』が私を愛してくれていた証拠がここにある。胸がいっぱいになった。




 


 家から引き返しパン屋さんで買い物をしている時だった。


 そのパン屋さんはパンのほかにゼリーやクッキー、飴などちょっとしたお菓子も売っている。トランタのような小さな町には高級な菓子店などないのでパン屋さん等でお菓子も売っているのだ。


「マリア……?」


 声に振り向くと恰幅のいいおばさんが立っていた。


「マリアだろ!まあ!何年ぶりだろう。元気でやっているのかい?」


「アルバおばさん!」


 マリアは相好を崩した。


「おばさんも元気そうでよかったわ。カティがせっかく紹介してくれたお勤め先に行けなくてごめんなさい」


「そんなのはいいんだよ。凄く偉い侯爵様のお家に勤めているんだろう?凄いじゃないか!」


 そこでおばさんは私たちを見て言った。


「はー!侯爵様のお屋敷に勤めている人はみんなお綺麗な顔をしているんだねえ!」


 その侯爵家の子供と王太子ですなんて言ったら目の前の人のよさそうなおばさんが腰を抜かしてしまうだろうから私たちは黙って微笑んだ。


「ヴィヴィちゃんは大きくなっただろう?」


 おばさんがマリアに話しかけるとマリアが笑って言った。


「いやだわおばさん、この子がヴィヴィよ」


 おばさんは私をまじまじと見て「ほえ―」と言った。


「綺麗になったねえ。でも髪の色が……?」


「あ、鬘なんです。私の髪色は目立つので」


 私が急いで言うとおばさんはうんうんと頷いた。


「マリアはこの辺では見ないくらいの別嬪さんだからねえ。ヴィヴィちゃんも別嬪さんに育ったねぇ」


 おばさんはそう言った後マリアを見て言った。


「そういえばマリアはまだその眼鏡をかけているのかい?」


「これは主人からお守りだから外さないように言われてますから」


「まあねえ。別嬪さんのマリアを隠しておきたいオリバーの気持ちもわかるけどさ。あんた、その眼鏡、壊滅的に似合わないからねえ。なんかあんたの印象がうすぼんやりしちゃうんだよ。もうオリバーがいなくなってだいぶ経つだろう?そろそろ新しい人でも——」


「あの人は帰ってきます!」


 マリアが強い口調で遮るとおばさんは眉を八の字にした。


「あんたも頑固だねえ。あっ、ああ。わかってるよ。オリバーが帰ってきたら必ずあんたに知らせるしあんたたちの居場所をオリバーに教えるから心配しなくていいよ」


 それを聞いてマリアはおばさんに頭を下げた。


「あ、それからお金の事なんだけど」


 人のよさそうなおばさんから出た『お金』という言葉に私たちは身構えたが、実際は真逆の内容だった。

 マリアは毎年アルバおばさんに送金をしていたらしい。


「マリア、私はあんたが好きだからあんたの力になりたいだけだ。だからお金を送ってくることはもう止めておくれ」


 そう言って微笑むと私たちがあと数日この町に滞在することを聞き出し、お土産にお手製のサクランボのジャムを渡すから是非取りに来るように念押ししてアルバおばさんは帰っていった。


 


 私はこの町に来てからのマリアの変化に驚いていた。

 もちろんマリアはいつも優しくて穏やかな雰囲気なのだけど、なんていうかもっと自然体で生き生きしていた。つい『おかあさん』と呼んでしまいたくなるほどに。






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