建国神話と大陸情勢
王国の成り立ちと現在の情勢に関する説明です。
固い話になります。読み飛ばしても物語の進行に影響は無いと思います。
はるか太古の昔——
大陸には魔獣がはびこり人々は魔獣を避けながら転々と生活し、なんとか細々と生を繋いでいた。
そんな生活を続ける人達の中に美しい乙女が一人。美しい乙女は毎日森の祠に祭られた竜神に祈りをささげていた。魔獣に脅かされない、魔獣に大切な人を奪われない生活がしたいと。
ある日その祠の前で魔獣に襲われそうになった乙女の前に見目麗しい一人の若者が現れる。
輝く銀色の髪、青空を切り取ったかのような真っ青な瞳のその若者は竜神が人に変化した姿だった。
瞬く間に目の前の魔獣を殲滅した竜神は乙女の祈りに応え魔獣を退けてこの地に人の国を作ることを決意し人々に奮起を促した。
やがて彼のもとに八人の若者が集う。
彼は八人の若者に魔力を分け与え魔獣を駆逐し人間の領土を広げていく。
領土を広げるにつれ彼のもとに人が集まり、百名の若者が集まった時、彼は最初に集まった八人を含む百名の若者を竜の森に連れて行った。
そして彼らに魔力を与え竜と契約を結ばせた。
竜に乗った百名の若者を見回し、彼自身は大きな輝く白竜に変身する。これこそが彼本来の姿である。
百頭の竜を従えた白竜は各地で魔獣を倒しこの大陸からほぼ魔獣の脅威を一掃した。
聖リードヴァルム大帝国の建国である。
初代皇帝になった竜神は祈りの乙女と結婚し二人の息子をもうけた。
最初に集った八人の若者を八大公爵とした皇帝は大陸中央に帝都を位置しその周囲を囲むように八つの公爵領を配した。しかしその更に東、ソヴァッツェ山脈以東は下の息子の領土とした。
竜神の二人の息子、兄のヴァイスは聖リードヴァルム大帝国の二代目の皇帝として大陸中央の皇都で育ち、弟のヴェルムは初代大公として大陸の東ヴェルヴァルム大公領の主となり、竜の森の守護者となった。
聖リードヴァルム大帝国が建国されて数百年、帝国は栄華を極めていた。
初代皇帝はいくつかの約束事を息子や魔力を分け与えた者たちに課していた。魔力を分け与えた者たちは率先して魔力を持たぬ人々を守る事、竜を大切に扱い心を通わせ竜との契約を優先すること等である。
しかしながら皇帝は権力に溺れ代を重ねるごとに暴虐の限りを尽くすようになっていった。
ヴァルム暦九百六十八年、皇帝の暴虐に耐えかねた八大公爵は一斉蜂起、八方から帝都に攻め入った。
この時、時のヴェルヴァルム大公は自身も何度も無理難題を突き付けられていた手前皇帝の味方をする気にもならず、さりとて先祖を同じくする皇帝の敵にもなる事が出来ずどちらの味方にもならないことを決めた。大陸中央とヴェルヴァルム大公領の間にはソヴァッツェ山脈が聳えており地理的要因もそれを可能にした。
ヴェルヴァルム大公が静観する中、八大公爵の軍勢は皇帝の直轄領を進軍し、帝都に迫る。あとわずかで帝都に差し掛かるその時、帝都の空が白く光った。
八大公爵の軍勢は赤竜以下の竜騎士で構成された竜騎士団が主軸である。その竜たちが一斉に制御不能に陥った。
帝都の空に君臨する一頭の白竜。皇帝の乗る一頭の白竜が八大公爵連合軍のそれ以上の進軍を阻んだのであった。
帝都は守られたものの帝国はその領土をほぼ失うこととなった。以後はリードヴァルム王国として帝都であった場所周辺を領土とする一王国として細々と存続し続ける。弱小王国ながら竜神の子孫を国王とするこの王国は長らく信仰の対象であり、不可侵の存在であった。ヴァルム暦千六百五十六年、トシュタイン王国の突然の侵略により攻め滅ぼされるまでは。
八大公爵はそれぞれが広げた領土を持って新たなる王国の創設者となる。
それぞれ公爵は新しい国の王となりその後数代は協調を保ったものの、次第に分裂、戦争や同盟を繰り返す。中でもトシュタイン王国は周囲の三国を武力を持って併合。強大な軍事国家となっていた。
八大公爵の武力蜂起時、どちらにも与することの間かったヴェルヴァルム大公は領土を閉ざし、その後公爵たちの建国に合わせヴェルヴァルム王国の建国を宣言するも、鎖国も同時に宣言。それによってヴェルヴァルム王国以外の魔力持ちと竜たちの契約を結ぶことはできなくなり現在に至る。
ヴァルム暦千六百八十六年の現在、この歴史を紡ぐのはリードヴァルム王国が滅亡した今となってはヴェルヴァルム王国ただ一国であろう。
リードヴァルム王国を侵略した国々にとっては竜神の子孫を攻めたという信仰に反する行為は伏せておきたいためだ。それそれの国が国民に公表する歴史はそれぞれの国にとって都合のいい内容に書き換えられていることだろう。
この大陸の唯一神は竜神でありその信仰は太古の昔から続くものである。
特にヴァルムの名を冠する二つの王国、リードヴァルム王家の契約竜は白竜であり、ヴェルヴァルム王家の契約竜は黒竜である。
この白竜と黒竜はそれぞれの王家の者が竜と契約したときにしか現れない。
リードヴァルム王家の白竜は失われて久しいが、鎖国以降唯一竜と契約をしてきたヴェルヴァルム王国。その王家の竜は代々黒竜であった。
一般的に竜と契約する場合、与える魔力量により、赤竜、青竜、緑竜、黄竜のいずれかになるのだが、ヴェルヴァルム王家の者が契約した竜は黒竜になる。しかし王弟などが臣籍降下し、その子供が竜と契約すると父の竜が黒竜であるにも関わらず決して黒竜にはならないのである。
ゆえに黒竜は竜神の末裔であるという王家の竜であり、王家の人々は人々の暮らしを支える統治者であるばかりでなく信仰の対象でもあった。
しかし、今から十八年前、ヴァルム暦千六百六十八年、先王の王太子の自殺をもって王家の血筋は途絶えた。
今現在のヴェルヴァルム王国の国王ヘンドリックは先先王の王弟を父に持つゴルトベルグ公爵家の嫡男である。もちろん王家の血は引いているが、竜と契約したときは公爵家の人間であったためヘンドリックの契約竜は赤竜である。
これはヴェルヴァルム王国始まって以来の事であり、心無い者たちによってヘンドリックは『赤の王』などと陰口をたたかれることもある。
ヴァルム暦千六百八十六年の現在、王の善政や資質に関係なく、王の竜が赤竜だというだけでヴェルヴァルム王家はかつてないほど求心力を落としている状態であった。