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二年生(8)——夏期休暇


 翌朝、朝食後に私たちは場所をサロンに移した。


 室内にいるのは私、お父様、エル兄様、フィル兄様、執事のオットー。

 全員がソファーに座るとオットーがお茶を入れてくれてそのまま部屋の隅に控えた。


「話があるのだったな。ヴィヴィ、話を聞こうか」


 お父様が私を見たので私はつばを飲み込んだ。

 一度下を向き決心するとお父様の顔をまっすぐ見た。


「私はお父様の娘ですか?」


 お父様は私から目をそらさず微笑んで言った。


「君は私の愛する娘だよ」


「それは——」弾かれたように私が腰を浮かしかけるとお父様は続けた。


「でも血縁上のことを言うのなら娘ではない」


 やっぱり。予想していたこととはいえお父様の口から直接言われると堪えた。


「私はどうして養女にしていただけたんでしょうか」


「君の魔力の多さ故……だな」


「魔力の多さ……」


 確かに私は魔力が多い。でもお兄様たちも魔力が多いアウフミュラー侯爵家は魔力が多いからと言って養女を迎える必要はなかったと思う。


「君は五歳の時に魔力暴走を起こしたんだ。私はちょうどその場所に居合わせた。そして君を連れ帰って養女にして魔力を封印した。君の記憶喪失は魔力暴走の後遺症だと思われる」


「魔力暴走……」


 私がそんな危険なことを?記憶が無いので実感がない。


「父上、それはおかしいと思います」


 黙って聞いていたエル兄様が口をはさんだ。


「ヴィヴィが魔力暴走を起こして魔力を封印したのは五歳の時と言いましたよね。なぜヴィヴィはそれまで魔力が発覚しなかったのですか?赤ん坊のうちにわかるでしょう?特にヴィヴィの魔力量なら」


「そうだ。それも謎なんだ。ヴィヴィが五歳の時に起こした魔力暴走は建物の三階部分にまで届くような竜巻だった。それまでヴィヴィが暮らしていた町に人を遣って調査したが魔力関連の事故は起こっていなかった。ヴィヴィに魔力があることを誰も知らなかった」


「そんなことが……?ヴィヴィは五歳で突如魔力が発現したんですか?」


 エル兄様が問いかけるとお父様は腕を組んだ。


「もちろんその可能性もゼロではない。でも何らかの方法で魔力が抑えられていた可能性の方が高いと私は思っている」


「背中に、いや身体のどこにも魔力封印の印は無かったんですか?」


 初めてフィル兄様が口を開いた。


「無かったよ。魔力封印の魔道具があることはあるが……」


 魔力封印の魔道具とは罪人に付けられる手枷だ。いくらなんでも五歳の幼児が手枷をつけて生活していたら目立つと思う。簡単に手に入るものでもないし。


「現実的ではないですね」


 フィル兄様も腕を組んだ。こうしてみるとフィル兄様とお父様も似ている。顔立ちはエル兄様とお父様が似ていてフィル兄様と肖像画の『お母様』が似ていると思っていたけれど、フィル兄様もお父様に似ている。親子なんだから当たり前だ。私は誰にも似ていない……そんなささいなことが悲しくなったが急いで打ち消した。

 お父様もお兄様たちも何度も私を愛していると言ってくれている。娘だ、妹だと言ってくれている。だから私はみんなの家族だ。


「ああ。それもあってヴィヴィをこの家の養女にした。そしてその事情は伏せておくべきだと判断した」


「事情はどうであれ僕はヴィヴィがこの家に来てくれてよかった。家族になってくれてよかった」


 フィル兄様が言うとエル兄様も頷いた。


「俺もそう思う」


 お父様は私を見て言った。


「君を養女にした経緯は今話した通りだ。でも私も君を養女にして良かったと思っているよ。家族の絆は血だけで結ばれるものではない。君と生活して笑ったり泣いたり心配したり喜んだり……そうして私たちは家族として絆を強めてきた」




「だが……」


 お父様は珍しく言い淀んだ。


「我が家はそれで良いが、現在は王太子の婚約者問題が絡んでいる」


「父上、ジークはヴィヴィの事情を知っているんですか?」


 エル兄様の問いかけにお父様は頷いた。


「もちろん知っている。ヴィヴィの魔力暴走を鎮めたのは殿下だからな」


 ジークが……私は驚いたが嬉しくも感じていた。ジークが助けてくれていたんだ……


「殿下の婚約者となればヴィヴィはいろいろな視線に晒される。今回のように生まれのことで相応しくないと言ってくる者は必ずいる。そういうことも含めて殿下はヴィヴィを婚約者に望んだ。もしヴィヴィがそれに応えるならヴィヴィも覚悟しなければならない」


「そんな苦労はしなくてもいいんじゃないか?」


 フィル兄様が私を見て言った。


「ヴィヴィ、僕と結婚しよう」


「……え?」


 フィル兄様の言った言葉が理解できない。


「兄上、何バカなことを言い出すんだ」


 エル兄様が呆れた声を出した。


「今回の噂が広まったのは僕のせいだ。人に聞かれるかもしれない場所で不用意にヴィヴィのことを口にした。それは本当に申し訳ないと思う。でも僕の考えは変わっていない。僕はヴィヴィを一生守る」


 私は何も考えられない。フィル兄様との結婚なんてジーク以上に考えられない。

 エル兄様はため息をついて言った。


「兄上はさっきヴィヴィは妹だと言った」


「ああ。ヴィヴィは大陸一可愛い僕の妹だ」


「妹とは結婚できない」


「血は繋がっていない」


「血は繋がっていなくても妹だ」


 フィル兄様は私を優しい眼差しで見つめると言った。


「僕はヴィヴィが可愛い。ヴィヴィに辛い思いはさせたくない。僕と結婚すれば僕が守ってあげられる。僕には好きな女性もいないからヴィヴィをずっと可愛がっていられる」


 フィル兄様の気持ちはわかったけれど私にはフィル兄様との結婚なんてやっぱり考えられなかった。


「フィル兄様、私を守ると言ってくださって嬉しいです。でもフィル兄様は私にとってお兄様でお兄様との結婚は考えられません」


 フィル兄様はがっくりと肩を落とした。


「そうか……いい方法だと思ったんだけどな」


「ぶっ飛んでるよ」とエル兄様が呟いた。




「ヴィヴィは殿下から婚約の話は聞いたのかね?」


 お父様の問いかけに私は頷いた。


「くそっ。ジークの奴素早いな……」というフィル兄様の呟きは聞こえないふりをした。


「それでヴィヴィは了承したのかな?」


「卒業パーティーのパートナーを申し込むからその時までに返事を聞かせてくれと言われました」


「そうか。ヴィヴィの今の気持ちはどうなんだ?」


「その……よくわからないんです」


「纏まらなくてもいいから考えていることを言ってごらん」


「ジークのことは好きです。あ、愛してるとかはよくわからないけどずっと一緒に居たいなって思います。でもジークは王太子で将来国王陛下になる人でその人と結婚するってことは私が王妃になるっていうことだから私が王妃様なんてなっちゃっていいのかな?って気持ちはあります。でも、学院で酷いことを沢山言われてそんな人たちに負けたくないっていうか、そんな人たちの陰口を跳ね返すくらい立派な大人になってやるって気持ちもあります」


「そうか、わかった。ヴィヴィはしっかり考えて殿下に返事をしなさい。それから今回の噂に関しては何も喋らないようにしなさい」


 お父様はお兄様たちを見て言った。


「お前たちも何も言わないようにしなさい。噂について聞かれても肯定も否定もしない事」


「「「はい」」」


 私たちは口を揃えていった。


「ヴィヴィの本当の両親から話が漏れることは無いんですか?」


 エル兄様の質問にお父様は即座に「ない」と答えた。


「お父様は私の本当の両親のことを知っているんですか?」


 これも私が聞きたかったことの一つだ。私の本当の両親というのはどんな人なんだろう。


「ヴィヴィの父親は失踪中だ。私は会ったことがない。彼に関しては謎も多いのだがそれはおいおい話そう。そして母親だが……」


 そこでお父様は執事のオットーに目配せをした。

 オットーが部屋の扉を開けに行く。




 オットーに促されて入ってきたのは———


「マリア?」


 マリアが何か知っているの?それとも全然別の用事で私を呼びに来たのかしら?


「ヴィヴィ、マリアが君の母親だよ」




 




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